[report, WS100] 100マイルレースの難しさとアメリカのトレイルランニング・コミュニティの底力を実感・Western States Endurance Run,2012を完走(その1)

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“And I thought “What can I do?”… I asked myself that question. And the answer came to mind: I can still take one more step. And so at that point I decided to take one more step until I could no longer take one more step. And today we would say that is suicidal,you know. We tell people not to think that way since there is always another day to come back. Well,there isn’t always another day,because a lot of times life gives us one opportunity at something.”

– Quote of Gordy Ainsleigh, the pioneer of , in the movie “Unbreakable“. Scripted by Andre Bloomberg.

6月23日(土)ー24日(日)にかけてアメリカ・カリフォルニア州で行われた100マイルのトレイルランニングレース、(WS100)から1週間がすぎようとしている。

当方はアメリカに数多くある100マイルレースの先駆けであり、「トレイルレース・ウルトラマラソンのスーパーボウル」ともいわれるこのレースに幸運にも今回参加することができ、結果として25時間27分7秒でフィニッシュすることができた。ブログやTwitter, Facebookなどを通じてたくさんの方に応援していただき、ありがとうございました。

Western States 100 2012

完走したうれしさと余韻に浸りたいところだが、レース直後の足のダメージは大きく、それどころではなかったのが正直なところ。膝と足首、左足すね外側の下の方の腫れで歩くのもままならず、3昼夜ほどは夜は眠くなるのだが足の痛みで何度も目が覚めてしまうし、昼間の行動中はクルマの運転にも差し障るほど(停車時のサイドブレーキのために左足でペダルを踏むたびに痛みが走る)。水曜日夜に帰国してからはお仕事や日常の雑事に追われつつも、盛大な時差ボケで午後から夜は使い物にならない。

そんな一週間だったが、あの土曜日のレースのことを考えるとうれしさもどこへやら、次第に一つの目標であった24時間以内の完走を果たせなかったことが悔しくなり、これからどうすれば24時間以内で完走できるようになるだろうか、と考え始めている。また、レース中に起こったこと、出会った人々、思いがけないサポートなどを思いだすと、これまで自分が出たどのレースでも経験しなかったことを今回経験したのはなぜなのだろう、と考える。

これからWS100の紹介をかねて、スタートからフィニッシュまでの経験を思い出せるだけ詳しく振り返ってみたいが、その前にいくつか結論めいたことを最初に記しておきたい。

(続きます)

・100マイルレースはやはり身体能力を超えたメンタルな強さを試されるレース

当方にとって100マイルのトレイルレースは昨年のUltra-Trail du Mont Blanc(UTMB)、今年5月のウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)に続いて3回目となる。コースとしてみれば、累積高度6500mD+ほどのWS100はUTMB(同9500mD+)やUTMF(同8500mD+)に比べれば「フラットな」コースだといえる。またエイドの数が多く、必携品も特に定められていないWS100はほとんど手ぶらで走れ、少なくない荷物を背負わなくてはならないUTMBやUTMFよりは「負担が少ない」レースだといえる。

しかし、「フラットな」コースで「負担が少ない」コースを30時間という制限時間内で、あるいは栄誉ある24時間以内での完走を目指そうとすればどうだろうか。

当方はUTMBを39時間近く、UTMFを32時間半で完走したが、その時間にはエイドでの休息、しかも1回ないし2回の30分ー1時間の仮眠が含まれている。さらに途中で大きくペースを落として5ー6時間はロスしている。WS100でこのような時間の過ごし方をすれば、24時間にせよ30時間にせよ、完走という目標を達成することは難しくなる。制限時間が46時間(UTMB)、48時間(UTMF)なら、相当の部分を歩いても十分完走できるが、WS100では走ることができなくなったら、完走もおぼつかなくなる。

100マイルレースについて事前にいろいろな記事を読んだり話を聞いたりするうちに、次のようなことがいわれていることに気づく。「100キロ過ぎ(あるいは60ー70マイル)まではどんなランナーでも走ることができる。そこから先はどんなランナーでも脚は重くなり、痛みに耐えかねるようになる。それでもそれを受け入れて走り続けることができるかどうかが勝負の分かれ目となる」と。

今回のWS100で自分もForesthill(62マイル地点、約100キロ地点)までは着実に足を進めることができたが、変調はその先で起きた。胃の具合が変で、脚の重さを急に実感するようになった。訪れた夕闇に意欲がそがれ、ペースは落ちていく。途中のGreen Gate(79.8マイル地点、約128キロ地点)で思いがけずペーサーについてもらってからは、走れるパートで必ず走るようになったが、ペースは上がらない。

走れなくなるようなケガを負ったわけではない。100マイルレースで最高のパフォーマンスを上げようとするなら、あの残りの40マイル(あるいは60キロ)で、やる気を萎えさせる全ての要因を封じ込め、目の前の一歩に、今走っているこの1マイルに、集中して全力で走る強さを持たなければならなかった。

制限時間の短さゆえにWS100では普通のランナーであっても、最後まで追い込む強さを求められる。もちろん、スタミナ強化や疲れた脚でもスピードを維持できるようなトレーニングも必要だが、自分を萎えさせる全ての要因に打ち克つメンタルの大事さを痛感した。

・WS100はトレイルランナーのトレイルランナーによるトレイルランナーのためのビッグイベント、とてつもなく厚いトレイルランナー・コミュニティが支えている

WS100のスタート地点のSquaw Valleyは1960年に冬季オリンピックが開催されたリゾート地だが、小さな町だ。フィニッシュ地点のAuburnはかつてゴールドラッシュの時代に交通の要所として繁栄し、現在は静かで小さな街だが、WS100の他にもランニングや自転車の様々なレースが開催され、”Endurance Capital of the worldとして知られている。その途中は大半がWestern States Trailと呼ばれる、かつて西部開拓時代にシエラネバダ山脈を越えて東西に往来するための路として利用されたトレイルで、途中に目立った町に下りることはない。エイドステーションの多くはトレイル上にぽつんと設けられており、中にはクルマで物資を持ち込むのに一苦労しそうなエイドもある。

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(雨のRobinson Flat <Mile30>にてエイドのスタッフの方に汚れた足を拭いていただいている当方。Photo by Sabrina Hiroko Okada)

このようなコースで24カ所もエイドステーションを設置して100マイルのレースを行うことがいかに大変なことか、と思うのだ。UTMBではエイドは山を下りた町に置かれていることが多く、準備もしやすいだろうし、地元の町の皆さんの協力も得やすいだろう。町に下りれば、地元の皆さんが選手を応援してくれることも期待できるだろう。しかし、WS100ではそのようにトレイルランニングには関わっていない地元の皆さんにサポートしてもらうことは期待しにくい。

では、どのようにして24カ所ものエイドの運営や、事前の長大なコースの整備などが行われているのか。結局のところは、それらはトレイルランナーのコミュニティがメンバーの自発的な貢献を束ねることで行われている、ということのようなのだ。

エイドステーションはそれぞれランニングショップやランニングチーム、個人などが何年にもわたって運営を引き受けている(たとえば44マイル地点・Last Chanceのエイドステーションは31年にわたってStevens Creek Stridersというランニング・クラブが運営している)。コース整備もランナーを募集してのコース整備イベントが開催されており、こうしたコース整備(trail work)への参加はレースまでに満たしておかなければならない要件の一つにもなっている。むろん、エイドステーションは引き受けている団体や個人がボランティアを集めるだけでなく、カネで人を雇っていることもあるかもしれないし、コース整備は素人だけでできるはずはなく、地元の業者さんに頼ったりしているかもしれない。それでも基本的にはランナーのコミュニティがこうした実務を負担している。

さらに、WS100を走る400人のランナーには、途中のエイドステーションでランナーに必要な物を渡したり、着替えや荷物の世話をしたりするクルーや62マイル地点から先を一緒に走るペーサーがついているのが普通だ。これらはランナーの家族だったり、ランナー仲間が引き受けていて、レースを走るランナー一人につき、2、3人がサポートについていることが多いようだ。ここでも、レースは選手であるランナー以外にランナーのコミュニティがランナーをサポートすることで成り立っていることになる。

選手としてレースを走るランナーを、ランナー仲間やその家族が属するコミュニティが束になって支え、役割を分担してレースを運営している。それがWS100なのだ。選手が走るのを支えるために、レース前後に休みを取り、何時間もかけてクルマを運転してこの地に集い、分担されたレース運営のための仕事をしたり、仲間の選手をサポートしたり、応援したりする。より大きくいえば、400人の選手はランナーのコミュニティの一員としてコミュニティに支えられて完走を目指す。

・WS100の経験を通じて日本のトレイルランニングレースのあり方を考えてみる

このWS100のようなレースのあり方は日本ではもちろん、欧州のUTMBでも経験しなかった。日本のトレイルランニングレースでも、選手はエイドでサポートを受け、仲間や家族に応援されてフィニッシュを目指す。しかし、基本的に選手は選手であってレースに出るのが自分の役割だ。予定外に故障したというのでもなければ、自分が選手として走らないレースでボランティアや仲間のサポートや応援のために何時間もかけて現地までいく、などということは考えにくい。ましてやレースの前からコース整備に参加したり、エイドの手伝いだけではなく運営そのものを責任もって引き受ける、などということは考えられない。それらは「主催者の仕事」であってランナーが関わることではない。聞こえは悪いがランナーはお客さんという立場だ。

ではこの「主催者の仕事」は誰がするのか。それは実行委員を引き受けた一部の限られたメンバーが骨身を削って、地元の自治体や有力者の方々にお願いをして協力をしていただくことになる。その際には、見返りとして「地元の振興」とか「観光地の活性化」といった貢献が話題に上ることもあるだろう。

レース運営のあり方でアメリカ流と日本流でどちらがいいというつもりはない。アメリカ流のレース運営は仲間内を想定しているせいか、WS100のような伝統あるレースであっても簡素なところは驚くほど簡素だ(受付やレースガイダンスがどこで行われるかは曖昧にしか知らされていないので、時間になったら自分でそれらしい場所に行って周りの人にどこで行われるか聞くしかないとか、フィニッシュ地点には豪華なステージやスクリーンなどは用意されない、とか)。ただ、日本流のレース運営がきしみを起こしている話も聞くことが多い。

では日本でアメリカ流のレース運営はできないのだろうか。ランナーがお客さんではなく、自分が属するコミュニティの一員としてレースをはじめとするイベントを運営する、という意識を持てないだろうか。

結局のところは、ランナーのライフスタイル、人生の価値観に帰着するのだろう。もちろん、ランナーはトレイルランニングを愛しているだろう。ある程度経験を積んだランナーにとっては、仲間と出かけるトレイルのツーリングやレースはこの上なく貴重な時間に違いない。でも、平日に時間を割いてレース運営のための打ち合わせに毎週参加してほしいといわれたら?月に一度は週末を自分が出ないレースのボランティア、あるいは運営の責任者として、仲間の応援のために何時間もかけて出かけなければならないとしたら?そんな時間はとてもとれないというのが普通だろう(当方もそうだ)。雇われの身分を維持するには週一日といえども定時に仕事を切り上げるのは負担が重い。ましてや月に何度も有給休暇をとるなんて職場が許してくれない。家族は仲間とトレイルに出かけて週末をつぶしているのを今でさえ苦々しく思っているのに、これ以上週末をつぶせるはずがない。そう考えるランナーが大半ではないか。

もしこういうライフスタイルを少しでも変えることができるなら、ランナーはお客さんという意識だけでなく、トレイルランニング・コミュニティの一員という意識を持てるようになるかもしれない。自分が走るレースのために、仲間が走るレースのために、何か貢献をしよう、レース運営を分担して自分の責任で引き受けよう、と思えるかもしれない。もしそんなことが可能になれば、トレイルランナーはもっと自由にトレイルランニングを楽しめるようになるに違いない。

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いささか長くなったが、上のような思いを抱くに至ったのは、6月23日土曜日午前5時(日本時間同日午後9時)から翌日24日日曜日午前6時27分(日本時間同日午後10時27分)までの長いような短いような道のりでの経験を通じて。その経験のいくつかは予想もしないことだった。次の記事以降で、そんな道のりを時間を追って振り返ります。

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  • ランナーズ1992年9月号に詳しいレポートを書いてます。以来90年代は毎年レポートをランナイング雑誌に書き、最近では『ランニングの世界』第8号にWS100について書いています。一度ご覧ください。

  • 以降の記事 楽しみにしてます!

  • クルーですが、私はランニング仲間のCalvinのクルーの一員として参加しました。ランニングクラブの仲間7人、2台の車でコースをカバーする予定でした。(私は予備クルーメンバーでしたので、仲間と離れて、独自行動したわけです。また、Calvinは岩佐さんに30-45分ほど後ろをずっと走っていましたので、タイミング的にも可能でした。)
    1人ですべてのエードステーションをまわることは、時間的に無理です。理想的には、二台の車でdivide and conquerすることです。
    レース前には、誰がどこのエイドステーションでスタンバイし、どこのエイドステーションでどの着替えが必要で、どの食べ物が必要で、と緻密な?計画をたてます。クルーメンバーもトレイルランナーですので、ランナーの体調については把握していますし、何が必要になるかもしれない、とお互いに理解しあっています。家族、ボーイフレンド、ガールフレンドのサポートの場合、相棒もランナーの場合が多いです。
    ほとんどのクルーは金曜日休みをとり、バンで現地に向かい、夜中は交代でバンの中で仮眠をとります。ですので、通常1人のランナーにつき、たぶん、5人以上のクルーがついていると思います。少なくともペーサーが二人、その他クルーは二カ所に別れてエイドステーションに向かわなくてはなりませんので。
    ペーサーは1人、というランナーもいます。但し、40マイルペーサーすることになりますので、よほどランナーのことをよく知っている、優れたトレイルランナーでなければなりません。40マイルをペーサーする人は、ほとんどの場合、過去にWS100を走った事のあるランナー、あるいは、抽選にもれて今年は走れなかった人、のようです。
    また、ペーサーを自分で調達できない場合、レースの主催者に頼んでおけば、マッチングしてくれます。私の別の友人も、全く知らないランナーのペーサーをしました。20マイルだけでしたが。彼女自身もWS100を走ったことのある、20代の女性です。
    そういう意味では、ランナー1人が参加するレース、というよりは、ランニングコミュニティ総出のイベント、と言う方が近いかもしれません。

    エイドステーションの運営ですが、50km, 50マイルレースでも、個人的、あるいは、ランニングクラブでエイドステーションを長年にわたって、運営している場合がかなりあるようです。

    Sabrina Okada

    • サブリナさん、
      クルーやペーサーについての情報をありがとうございます。今回、新鮮で驚いたのが、ランナーにペーサーやクルーがついてエイドが盛り上がっていることでした。おっしゃるように物資の調達や移動は大変なことだと思います。貴重な経験でした。