TDS 2024:UTMBからのもう一つの挑戦に応える【松永紘明の世界トレイルランの旅・1】

【編者より・松永紘明 Hiroaki Matsunaga さんはプロトレイルランナーであり、トレイルランナーズ代表として新潟県を拠点に各地でアウトドアスポーツイベントを主催しています。2009年にUTMBを初めて走って以来、松永さんは海外のトレイルランニングイベントに参加した経験から多くを学んできたといいます。その松永さんから昨年2024年に走った海外のトレイルランニング大会の経験について、3回にわたって寄稿していただきます。第一回は、昨年8月に開催されたUTMBのレースの一つ、TDSについてです。】
(本文と写真・松永紘明、編集およびコラム・岩佐幸一<DogsorCaravan>)

DEEP JAPAN ULTRA 100 は2月28日までエントリー受付中

日本の深いところ、手付かずの自然の中に入り、自分の深い所を見つめ、なぜ生きるのかを考える経験を提供する、というコンセプトのもとに、松永紘明さんが率いるトレイルランナーズが2022年に立ち上げたのが「DEEP JAPAN ULTRA 100」です。
今年は160km、80kmに新たに30kmが加わって、新潟県魚沼市、長岡市、三条市、加茂市にまたがる広大な山岳エリアで6月27-29日に開催されます。
エントリーは2月28日日曜日まで受付中。詳細は大会ウェブサイトや大会公式SNSアカウント(Instagram, Facebook, X)でご覧ください。

TDSはトレイルランナーへの挑戦状

HOKA UTMB Mont-Blanc で100マイルのUTMBや100kmのCCCと並んで開催されるレースが、TDS(Sur les Traces des Ducs de Savoie)です。イタリア・クールマイユールをスタートし、フランス・シャモニーをゴールとするこのレースは、テクニカルな岩稜帯や急峻な登り下りが続き、コースの難度は100マイルのUTMBをも凌ぐといわれます。2019年にコースに新たなセクションが加わり、2024年は距離148km、累積標高差9,306mD+というさらに過酷な挑戦となりました。しかし、コースからの息を呑むような絶景と地元の住民の皆さんに温かい応援で迎えられる経験から、100マイルのUTMBとは一味違う魅力があるレースです。
毎年シャモニーに足を運ぶ松永さんは、2024年のレースにTDSを選びました。

2024年のTDSを走り終え、頭に浮かんだのは「もうこれでTDSは卒業だ」という言葉だった。レースを完走した後に、これで卒業でいいと心から思ったのは久々のこと。

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主催者は一体、何を目指しているのか。UTMBのレースの中でも年を追うごとにコースが変化しているのはTDSだけだ。「TDSたるや、この斜度がなければ!」と主催者の誰かが「TDSスタンダード」を設定しているに違いない。

前回TDSを走った2023年は、標高2,000m以上のエリアでは寒気の影響でコースに雪が積もった。このため、コース上の最高標高付近のテクニカルなセクションは、舗装道路や里山トレイルへ変更となった。私は2018年にもTDSを走ったことがあるが、その時も天候の影響でコースが変更されていた。

今年こそはオリジナルのコースを走りたい。そう考えて昨年に続いてもう一度TDSを走ることにした。

UTMBウィークは1週間にわたるトレイルランニングのフェスティバル

毎年8月下旬に開催されるHOKA UTMB Mont-Blanc はUTMBワールドシリーズのグランドファイナルとして、世界のトレイルランニングのトップアスリートが集まる大会です。8月に入ると、世界各地のトレイルランニングファンがシャモニーをはじめとするモンブラン山麓のエリアに集まりはじめます。

今年も大会本番の約2週間前に現地に入った。それから10日間は付近のトレイルを走る。トレーニングというよりは、幸せに浸る時間であり、縦横無尽に天国を往く思いで夢中になって走る。



地元のランナーに教わったコースを進むのも、地図を見ながら明日はどこに行こうかと考えるのも、楽しい。最高の日々であり、自分はこの地を走るために全てを捧げているのだと気づく。ここは私にとってまさに理想郷なのだ。


2009年に初めてUTMBを走って以来、15年間毎年シャモニーに通っている。それは純粋にこの素晴らしい天国を走りたいから。それだけ。

夢の時間を過ごしたのち、自分のレースの5日前からは回復の時間に充てる。

UTMBでは1週間にわたって数多くのレースが行われる。月曜日の朝、300km近い距離をペアで走るPTLがシャモニーをスタートして、今年もUTMBウィークが開幕した。

夜のスタート、深い山の中へ分け入る

月曜日の深夜、23時50分にTDSがクールマイユールをスタートする。148kmのトレイルの旅の始まりだ。

午前6時30分ごろの日の出までは夜を通して進み続ける。2つ目のエイドとなる、ラック・コンバル Lac Combal (14km)まではUTMBと重なるコースをUTMBとは逆方向に登っていく。そこからは南へ大きく回り込み、サヴォワ地方に深く入り込む。ここからしばらくは山深い場所を走る。コースがつなぐ町は地図上の直線距離ではシャモニーから遠くないように見えるのだが、よく見ると道路は大きく蛇行している。地元の人によれば、公共交通機関で向かうのはほぼ不可能で「あそこは車じゃないと行けない、さもなければヒッチハイクしかないね。」とのこと。

そんなエリアの中にあるブール・サン・モーリス Bourg St. Maurice (49.8km)に到着したのは午前7時ごろだった。今回もシャモニーに住む友人、ジェロームがレース中のサポートを引き受けてくれた。預けていたKODA NUTRITIONの補給食を受け取る。

ここまで、最初の約50kmに7時間をかけている。次にサポートを受けるボーフォール Beaufort (91.2km)まではおよそ40kmだから、今から7時間足らずで着けるだろう。

こんな楽観的な予想でエイドを後にした。しかし、スタートからの50kmはTDSで唯一スムーズに進めるボーナス区間だったと、まもなく気づくことになる。

大きな登り下りと険しい山岳エリアが立ちはだかる

ブール・サン・モーリスを出るとすぐに標高差2,000mのアップが始まる。登りのトレイルは視界が開けていて景色は最高だが、日が昇ってくると次第に強くなる日差しがジリジリと肌を焦がす。

ブール・サン・モーリスから登ったフォート・デ・ラ・プラット Fort de la Platte にて。

ブール・サン・モーリスから登ったフォート・デ・ラ・プラット Fort de la Platte にて。

長い登りの斜度が緩くなり、コースは幅の広い砂利道を経て、池の畔のテクニカルなトレイルへと続く。登りのピークとなる標高2,587mのパスール・ド・プラログニャン Passeur de Pralognan の手前で再び急な登りとなるが、登り切った先の景色は最高だ。2018年にここを一度試走した時の記憶が甦った!この峠を越えてからの1km程度はUTMBのそれぞれのコースの中でも最も注意が必要な下りとなる。TDSでは過去にレース本番でコースからの滑落により選手が亡くなる事故も起きており、決して侮ることはできない。

約65kmにあるコルメ・ド・ロズラン Cormet de Roselend のエイドに到着。日差しを浴びながら、応援の観客の皆さんから元気をもらう。100人ほどの人たちがいただろうか。ここは標高1967mに位置するが、あのツール・ド・フランスの舞台としてもよく知られていて車でアクセスすることもできる。

ここからはサポートのジェロームの待つエイドであるボーフォール Beaufort (91.2km)を目標にして進む。深く美しい谷の先にあるラ・ジッタス La Gittaz のエイド(72.4km)を経てからは、登りとトラバースの連続となる。登り切ったと思ったらトラバースで、その先に新たな登りが現れるという繰り返しなのだ。時間と距離がじれったく進む、この感覚が私にとってのTDSの一番の特徴だ。

やがてボーフォールまで続く長い下りが始まる。標高差1000m以上の下りを一歩一歩下っていく。今、この瞬間に集中することだけを意識する。前進あるのみ。

この間、強い日差しが太ももをジリジリと焦がす感覚がした。標高が下がるにつれて気温が上がるのを感じる。ボーフォールの町が見えてからも、じれったい下りが続く。これもTDSらしい感覚だ。

まるで無限に続く登りに主催者の意図を探る

「今さらだけど、TDSのスタートはここからなのか。」やっと着いたボーフォール(91.2km)のエイドで思わず呟いた。

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今朝、50km地点のブール・サン・モーリスを出た時には7、8時間でここまで来るつもりだったが、実際には10時間をかけることになった。加えて、この先は昨年走ったTDSのコースから一部が変更されている。友人のゲディミナス(・グリニウス Gediminas Grinius、2016年UTMB準優勝)がそこをトレーニングで走っており、よりテクニカルなコースになっているとのことだった。

これでは明日の夜明け前にゴールするのは難しい。ここから先のプランを変更する判断をした。

ボーフォールにて

ボーフォールにて

選手のサポーターや応援でにぎやかなボーフォールは早めに出て、次のオートルース Hauteluce(97.8km)のエイドへ向かう。そこで2時間程度の仮眠のあと出発した。さあ、TDSの正体を見に行こうじゃないか。

暗闇の中、無限に続く登りとトラバースを繰り返すうちに、これがTDSスタンダードと呼ぶべきTDSの本質なのだろうか、と思うようになった。

私はTDSのコースディレクターの意図を探りながら、ただ前へ進む。

なぜ毎年のようにTDSのコースは変更されているのだろうか。UTMBや CCC、 OCCのコースは完成されていていじれないから、コースを作る楽しみをTDSに求めているのだろうか。

TDSは他のUTMBのレースと違って、こんなふうに歩いてしか登れない角度なんだぞ、と言いたいのか。

このコースはランナーに対して「登り切れるもんなら登ってみろ」という挑戦状なのか。

次のエイドとなるル・シナル Le Signal(114.6km)までの16.7kmに6、7時間をかけながら、私の頭にはそんな思いが去来していた。

ここで再び約2時間の仮眠の後、2度目の明け方となる頃にレ・コンタミン Les Contamines (122.3km)に到着した。

レ・コンタミンにて

レ・コンタミンにて

ここからシャモニーまでは何度も走ったことがある。よく知っているルートだと安心していると、右に進むはずなのにコースマーキングは左を指し示している。その先は初めて足を踏み入れる沢の下りと登り返しとなっていた。ここで標高差にして300mほどの追加だ。

こんなところまでコースを変えて「さすがTDS」と言わせたいのか。

シャモニーの町とモンブランの山容を左右に見ながらレ・ズッシュ Les Houches(140.7km)まで下ってきた。

TDSスタンダードに従って設けられた無数の試練を全て乗り越えて今、ゴールへ向かっている。困難が多いほど学びも多いと、ようやく思えるようになった。

水曜日の午後2時、シャモニーはいつものように賑やかだ。やった〜!と思わず声が出る。開放感に満たされる。

なぜ毎年シャモニーに来て、UTMBを走るのか

私が毎年シャモニーを訪れるのは、純粋にこの地で走りたいからだ。ここで走るのが楽しくて、気持ちいいから。

UTMBという大会は素晴らしいが、シャモニーの魅力はこの大会の枠に止まらない。アルプスの氷河を見ながら走る経験は、自分の人生で本当に大事なことに気づく経験になるに違いない。人生に迷いを感じるなら、一度、シャモニーへ足を運んでみてほしい。

付け加えると、私の場合、なぜ大会に出るのかといえば一人では出来ないことに挑戦したいから。なぜ主催者として自ら大会を開催するのかといえば、参加者はもちろん、その家族や観客に勇気と感動を与えるためだ。

TDSは2009年に始まってからおよそ距離で120kmほどのコースで続けられていたが、2019年にボーフォールを通るセクションが加わって約145kmのコースとなった。その後もコースの細部が変更されているようで、年々過酷さは増している。来年のTDSはどんな変更があるのだろうか。

UTMBを6回完走した経験を持つ私から見ても、その過酷さにおいてTDSは群を抜いている。もしUTMBを完走しているランナーで、次の目標を探しているならTDSは一考の価値があるレースに違いない。

今回のシャモニー滞在の最後の夜は、友人のパティが自宅でのディナーに招いてくれた。彼女もシャモニーに魅せられてパリから移り住んで37年になるという。テーブルの手料理を囲みながら仲間たちと今回の滞在について言葉を交わす。私にとってかけがえのない時間が穏やかに過ぎていく。みんなありがとう!

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