気候変動へのアクションが喫緊の課題となるなか、アウトドア・コミュニティからもアクションを起こす人たちが増えています。パタゴニアでは今年3月から4月にかけて、全国5か所の直営店でトークイベント「やりたいことのために、いまやる。」を開催しました。それぞれの地域で自然と共に生き、その変化を感じて行動を起こしている人たちや、気候危機に脅かされない未来のために社会に直接働きかけようと声を上げた若者たちが登壇しました。
当サイトも4月14日にパタゴニア東京・ゲートシティ大崎で行われたこのイベントに参加しました。
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この日のイベントの前半には、アウトドアスポーツや農業を通じて日常的に自然と深く関わる方たちが自らの経験や自分が起こしているアクションについて話しました。後半は気候変動問題に対して訴訟という手段で立ち向かう若者たちが自らの言葉でなぜ行動を起こすのかを熱く語りました。
自然と共に生きる実践者たちが気候変動対策のために社会の仕組みに挑む
イベントの前半には、スノーボーダー、有機農家、地域おこし協力隊員として、日々自然の中で活動するゲストたちが登壇しました。
雪の変化から気候危機を訴える:小松吾郎さん(Protect Our Winters Japan 代表理事)
トークセッションの最初に登壇したのは、Protect Our Winters Japan(POW JAPAN)代表の小松吾郎さん。プロスノーボーダーとして活動しながら「冬を守る」をスローガンに気候変動対策の啓発活動を行うほか、脱炭素とサステナブルを目指すスキー場への支援、脱炭素化社会を実現するための政策への働きかけを行なっています。スノーボーダーが自らのフィールドである雪山に気候変動が与える影響に危機感を抱いたことから始まったPOWについて「2007年にアメリカで始まった活動で、日本支部は2019年にスタートしました。世界14カ国に支部があります」と小松さんは話します。

小松吾郎さん(Protect Our Winters Japan 代表理事)
現在、小松さんは長野県大町市を拠点に活動していますが、今年の雪の状況について「今年は長野県では記録的に雪が多かったのですが、北海道のニセコでは逆に少なかったんです。単純に『雪が多い年だった』と感じがちですが、視野を広げると少ないところもあったということです」と気候危機の状況を単純に判断することは難しいことを説明しました。
プレゼンテーションでは、2024年が観測史上最も暑い年であったこと、このままでは多くのスキー場が営業できなくなる可能性があることなどを示しました。
気候変動対策として小松さんが特に強調したのは、個人の努力だけでは不十分だということ。「個人の努力が100%達成されたとしても、CO2排出量は10%しか減りません。社会の仕組みを変えないといけないんです」と訴えました。
また、日本は7割を火力発電に頼っており、先進国の中で新たに石炭火力発電所を建設しているのは日本だけだと指摘。一方で、太陽光発電の可能性も示しました。「森林や山を切り崩したメガソーラーをつくらなくても、屋根や壁など既存の建物を利用すれば多くの電力を生み出せます。ポテンシャルも十分にあります」といいます。
最後に、小松さんはアウトドアコミュニティが持つ潜在的な影響力について触れました。日本のアウトドア人口の規模に匹敵する「人口の3.5%が本気で動けば社会は変わる」というデータがあるといい、アウトドアコミュニティの中で気候変動に対して行動を起こす仲間を増やしていくことへの期待を語りました。
小松さんは会場に集まった参加者がすぐにでもできる具体的なアクションとして、自宅の電気を再生可能エネルギーに切り替えることを挙げました。「携帯を乗り換えるよりも全然簡単にすぐできるので、ぜひやってもらえたらいいなと思います」と呼びかけました。
農業への影響と地域からのアクション:橋本容子さん・拓さん(有機農家「晴耕雨読」)
橋本容子さん・拓さんの夫妻は埼玉県ときがわ町で有機農業を営んでいます。
容子さん気候変動の厳しい現状について学んだ12歳の息子から「気候変動に対して、お母さんはどうするつもりなの?」と問われたことをきっかけに、自ら行動を起こしました。地域の仲間とともに「サステナブルタウンときがわ」というチームを立ち上げ、町に対して気候変動対策について働きかけたり、住民向けの勉強会を開催しています。「息子の言葉を聞いてから、自分ひとりではなく地域全体で行動する必要性を感じました。地元の『暮らしやすさ』と『脱炭素』を同時に実現する方法を模索しています」と語ります。
拓さんは農業の現場で感じる気候変動の影響を生々しく語りました。「ここ2年ぐらい秋と春が暑いんです。9月は冬野菜の種をまく時期なんですが、種は30度以上だと芽が出にくく、植えても枯れたり虫に食べられたりします。10月まで待つと今度は冬が来てしまい、ちょうどいい気温の時期がなくなってしまっています」。また、高温が続くことで害虫の世代交代が増え、数が急増する問題も指摘。「虫は通常、第二世代で冬を迎えるのですが、秋も暖かいと第三世代まで生き残り、どんどん数が増えていく」と現状を紹介。最初は、気候変動のための活動に出かける容子さんと息子を見送って仕事に励んでいたといいますが、自分も行動を起こさなくてはいけないと拓さんも加わって3人で参加するようになったそうです。
容子さんはこの日のイベントに集まった参加者に、忙しい日々の中でも「未来への投資」として時間を作り、行動することの大切さを訴えました。

左から橋本容子さん・拓さん(有機農家「晴耕雨読」)と土屋彰さん(千葉県匝瑳市 地域おこし協力隊)
脱炭素先行地域・匝瑳市の挑戦:土屋彰さん(千葉県匝瑳市 地域おこし協力隊)
元パタゴニアスタッフで、現在は千葉県匝瑳市の地域おこし協力隊として脱炭素の取り組みに関わる土屋彰さんは、同市の先進的な事例を紹介します。匝瑳市は環境省の「脱炭素先行地域」に選定されており、農地の上で太陽光発電を行う「ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)」や、植木の剪定枝を炭にして土壌改良などに活用する「バイオ炭」の製造など、地域資源を生かしたユニークな取り組みを進めているといいます。これらの事業は市民の有志による働きかけから始まったといい、土屋さんは市民活動の重要性を強調します。
一方、土屋さんはプライベートではライフワークであるトレイルランニングを楽しんでいますが、夏の猛暑や大雨によるトレイルの荒廃、大会の中止などから、気候変動の影響を実感しているそうです。
未来を賭けた若者たちの訴えと気候訴訟
この日のイベントの後半では、気候変動問題に対して「若者気候訴訟」という形でアクションを起こしている原告の若者2名と、その弁護団の弁護士が登壇しました。
司法を通じて気候変動対策の強化を:山本さん、二本木さん(若者気候訴訟・原告)
現在、日本に住む16人の若者たちが日本の主な火力発電事業者10社に対し、少なくともIPCC (国連気候変動に関する政府間パネル)が示す水準までCO2排出を削減することを求めて、訴訟を提起してしています。2024年8月に名古屋地裁に提訴されたこの「明日を生きるための若者気候訴訟」は現在進行中で、2月には150名の傍聴希望者となり抽選となりました。5月22日には3回目の口頭弁論が予定されています。
原告団からこの日のイベントに登壇した山本さんと二本木さんは集まった参加者を前に、なぜ気候変動問題の解決のために訴訟という手段を選んだのか、その経緯と思いを語りました。山本さんは高校生の時に気候変動問題を知り、2019年の台風19号による多摩川の氾濫などを目の当たりにします。その後はボランティアとして災害に見舞われた各地に通いました。この経験から気候変動は単なる環境問題ではなく、人々の命や健康、人権に関わる根源的な問題だと考えるようになった、といいます。これまで、政策提言などの活動も行ってきたものの、司法の場で気候変動への対策を権利として主張することの重要性を感じて訴訟に加わります。
二本木さんは、自分と同世代の環境活動家、グレタ・トゥーンベリさんが世界中に出向いて活動する姿に触発されます。二本木さんもデモやスタンディング、政治家への働きかけなど様々なアクションを試みる中で、より強制力のある司法の判断を求める必要性を感じることになります。「裁判だと公的に訴えられます。多数の個人の被害をちゃんと伝えていくことができれば、社会を変えられる、政策にも動かせるし、企業も動かせると思いました」とその理由を話しました。さらに「この訴訟は原告団だけのものではなく、気候変動の影響を受ける全ての人々の声と共にあるべきだ」と、単なる裁判を超えて、社会的なムーブメントとしていきたいと力強く訴えました。

「明日を生きるための若者機構訴訟」原告の山本さん、二本木さん
気候訴訟は社会システムを変革する有効な手段になりうる:小出薫弁護士(若者気候訴訟・弁護団)
「明日を生きるための若者気候訴訟」の原告弁護団の小出薫弁護士は、世界で2700件以上も起こされている気候訴訟の動向や、日本での取り組みについて解説しました。こうした気候訴訟の背景には、地球の気温上昇を1.5℃に抑えるために残されたCO2排出量の上限(カーボンバジェット)は非常に少なく、早急な排出削減が必要である、という認識があるといいます。訴訟の結果、「オランダでは石油会社シェルに対する訴訟があり、一審では削減義務が認められました」(小出弁護士)といいその意義は大きいものです。
「明日を生きるための若者気候訴訟」では、日本のCO2排出量の約3分の1を占める大手電力会社10社に対し、科学的根拠に基づいた排出削減目標の設定と実施を求めています。小出弁護士は「この裁判は、排出の責任を排出した人が負う仕組みがなく、外部の人がしわ寄せを受けるという『外部性』の問題を問いかけています。公害と同じ構造が気候変動でも起きています」と、この訴訟が社会システムを変えるための一つの有効な手段になりうることを指摘しました。
気候変動問題は、一人一人の気づきを超えて社会の仕組みの変革に目を向ける時に
今回のイベントでは、気候変動という地球規模の課題に対し、自然との共生を目指す地域での実践から、司法の場で未来を問う訴訟まで、多様なアプローチが存在することを浮き彫りにしました。登壇者それぞれが自らの体験から語った言葉からは、参加者一人ひとりが気候変動を「自分ごと」として捉え、仲間とともに社会を変えるための具体的なアクションを起こすことが重要なのだと、改めて認識させられました。

イベントの最後に小松吾郎さんは「若者たちが未来のために立ち上がっていることは素晴らしいが、本当に行動を起こさなければならないのは私たち大人だ」と強調しました。高い志を持つ意欲ある若者たちを支援することに加えて、大人は情報発信や地域での活動といったアクションが求められている、と感じました。
(取材協力・パタゴニア)