6月23日土曜日の午前五時(日本時間同日午後九時)にスタートしたWestern Stetes Endurance Run(WS100)。いよいよスタート。
- セクション1:High Country – start to Robinson Flat(29.7マイル地点<47.8キロ地点>)– beautiful, easy running, eat, eat, eat
(スタート)
用意を済ませて、午前4時頃、ホテルの部屋を出る。スタート地点と同じ施設にあるホテルに宿泊しているので5分も経たずにスタート地点に着く。同じホテルで同じエレベーターに乗り合わせた人たちと今日の天気について話しながらスタート地点に向かう。
スタート地点の目の前にある建物で朝食が摂れる。まずは同じ建物でナンバーカードと計測用のチップを受け取る。チップはネオプレーンのバンドに取り付けて、足首に巻いてベルクロで留める形式。シューズに付けるよりは合理的だ。朝食にカップケーキ、ベリー類、リンゴ、ヨーグルト、コーヒーなどを摂る。
ここで、FacebookつながりでやりとりがあったChihpingさんと出会う。WS100は2回目というカリフォルニア在住のChihpingさんは台湾出身とのこと。バックパックを背負った姿が日本のトレイルランニングレースのような雰囲気で親しみを感じてしまう。この後、Chihpingさんとはレース中、レース後にも出会う。またFacebookつながりでは先月のUTMFでつながりのできた香港のAndreさんつながりでシンガポールから来たJoseさんとも出会った。南アフリカでComradesを走ってきたというJoseさんは寒さに備えてしっかりした装備だ。
(スタート直前、Photo by Chihping Fu)
外は寒いので皆、ぎりぎりまで建物の中で粘っていたが、スタートまで10分を切ると徐々にスタートラインに並び始める。当方もChihipingさんと一緒に並ぶ。並んでいるとバイザーに付けた日の丸を見てか、片言の日本語で話しかけてくるランナーも。
まだ夜は明けていないが、空は暗い雲に覆われて風が強い。当方は念のため用意したアームカバーとウィンドジャケットを着用。
特段盛り上げるMCなどはなく、徐々に午前5時が近づき、あっけなく号砲がなってスタート。スキー場の照明が照らす中を進み始める。早朝だが見送りの応援の人たちも多い。
(スタート直後、Photo by Chihping Fu)
(あまりの寒さに動揺)
標高1900mのスタート地点から、3.5マイル(5.6キロ)で標高2532mの最初のエイド、Escarpmentへ向かう。最初はスキー場のダートの登りなので走ろうと思えば走れるが、予定通り無理せず早歩きに徹する。とにかく風が強い。土ぼこりが目やのどに入ってくる。
高度が上がるにつれて風に雨が混じりはじめ、ボトルを持つ手がかじかんでくる。スキーリフトの駅があるEscarpmentのエイドの手前の登りトレイルは草地になっていて風を遮るものがなく、手の感触はなくなり、真っ赤になってグローブのような感覚しかない。片手ずつランパンの中に突っ込んで温めようとするがあまり効果がない。その後もこのときの手のかじかみで両手はむくんだまま、一週間経った今も指先に少ししびれが残る指があるほどで軽い凍傷になっていた。
Escarpmentのエイドではさすがに何もとらず、そのままEmigrant Passの急な登りに取りかかる。高度が上がるほどに風も寒さも強まる。ウィンドジャケットでは全く十分ではなかった。少なくともこの区間については防水ジャケットが必要だった。雨はあられに変わり、小さい氷の粒が顔や太ももに打ち付けてくる。
一体どうなるのだろうか、このままの天気が続けば、とてもまずいことになる。
不安ではあったが、この後コース最高地点(標高2656m)のEmigrant Passを通過すれば、徐々に高度は下がってくる。寒さも雨も、今が一番酷くてこれから回復するはず。そう考えながら、Emigrant Passを通過。木曜日にきた時はよく晴れてこの先のルートが見渡せたが、今日は濃い霧で何も見えない。それでも周囲はすっかり明るくなった。
先を進むが天気は相変わらずで風が強く、雨や霰が横殴りで吹き付けてくる。手も冷たいまま。コースは緩やかなアップダウンを繰り返すがなかなか高度は下がらない。概ねシングルトラックのトレイルで緩やかなアップダウンを繰り返していたと思う。雪は全く見当たらないが、雪解け水が流れたりぬかるみになっているところがあり、シューズの中まで濡れてくる。
相変わらず雨と風は続くが、手がかじかむほかは動き続けていれば何とかなりそうだ。Craigのアドバイスに従って無理にスピードを上げず、下りもステップを小さくして丁寧に下りる。そして開始から2時間も経たないうちからジェルで積極的に補給を始める。30-40分に一個のペース。
10.5マイル地点(16.9キロ地点)のLyon Ridgeのエイドの記憶はあまりなく、たぶんコーラを一杯飲んだくらい。次の16.0マイル地点(25.7キロ地点)のRed Star Ridgeのエイドではこちらに在住の日本人の女性に話しかけられた。この後もいくつかのエイドでは日本人の方がエイドにおられて応援していただいた。ジェルをいくつか取って出発。このあたりも標高2000mを超えており、雨、風も治まらず厳しいコンディションが続く。集団は既にばらけており、前に人影を見ながら一人で走る。ペースを無理に上げることをしていないのでどんどん順位を上げるということはなく、時折前後の人と抜いたり抜かれたりすることが続く。かなり長時間、同じ人を見かけながら進んでいた。
(Red Star Ridgeの手前、Cougar Rockへ登る)
稜線上を徐々に高度を下げていく。登りは無理に走らず、心拍数を150までに抑えるようにしてテンポよく歩いて上るパワーハイクを交える。下りはステップを小さくして無理にジャンプして着地することは避ける。テクニカルな岩場や木の根の出っ張りは少ないので、スムーズに下りることができる。
やがて人の声が聞こえてくるとエイドステーションが近づいている知らせだ。23.8マイル(38.3キロ)地点のDuncan Canyonだ。ここはスタートから最初に現れるクルーがアクセスできるエイドのため、少しにぎやかだ。
当方は今回はエイドでもコース上でも、周囲の人たちにはできるだけ笑顔で楽しそうに振舞おうと考えていた。無論それは周囲の人たちへ感謝の気持ちを示すためなのだが、同時にポジティブな態度を保つことでレースに対して積極的な姿勢を維持しようというねらいもあった。
エイドステーションは選手のサポートをするクルーが入ることができるかどうかでにぎやかさに違いがあるが、備えられている補給食や飲物についてはどのエイドも十分に備えられていた。エイドに近づくとスタッフの皆さんからの”Good job!”の声に応えて当方は大きく手を振ったり時にはジャンプしてみせたり。エイドに着くと、スタッフの方がボトルを預かるという。そこで水を入れてほしいか、スポーツドリンク(GU Brew)を入れてほしいか、氷も入れてほしいかを告げる。
するとランナーは手ぶらで好きなものを補給できる。ビスケットやクラッカー、オレオ、M&Mのような甘いお菓子もあれば、ポテトチップスやプレッツェルもある。小さく切られたサンドイッチもある。バナナ、スイカ、メロンなどのフルーツも。そして温かいChicken Broth(チキンスープ)もある。さらにジェルはブランドはスポンサーであるGU社のものに限られるが、好きなだけ持っていくことができる。そして日本ではあまり一般的ではないが電解質補給のためのサプリメント(S!Cap)も置かれている。飲物は水とスポーツドリンクのほか、コーラや7-upなどが用意されている。 当方はまずは食べやすいバナナやスイカをいくつか口にし、口直しに塩気のあるスナックをつまむ。さらに一口大のPBJサンドイッチ(ピーナツバターとジャムのサンドイッチ。アメリカの典型的な手作りランチで日本でいえば梅干入りおにぎりのようなもの)を食べる。飲み込みづらいときにはコーラで流し込む。またこの日は寒かったので、温かいチキンスープは本当にありがたかった。ジェルは次のエイドまでの分の2,3個を確保しておくほか、補給が足りていないと思ったときはエイドでも一本分を補給しておく。
Craigの解説ではエイドの先が登りになっている場合は、エイドで取った補給食をジップロックの袋に入れて、登りを歩きながら食べてエイドの滞在時間を減らす、ということも勧められている。合理的ではあるが、今回当方は準備はしていたもののここまではできなかった。
(Robinson Flatに到着)
Duncan Canyonのエイドを出ると、コースで最初のキャニオンへと下る。標高差では200m程度でさほど深い谷ではない。あまりペースを上げすぎないように樹林帯のトレイルを下ると谷底の沢が現れる。ここは石伝いに濡れずに渡れた。後ろのランナーから”Good Job!”の声。 谷底から登り上げると29.7マイル(47.8キロ)地点のエイドステーション、標高2050mのRobinson Flatに到着。11時18分到着でこれは大会本部が24時間完走ペースの標準タイムとしている11時20分とほぼ同じ。貯金こそないが悪くないペースだ。
Robinson Flatのエイドは比較的交通の便がいいこともあって、ランナーを待つクルーもたくさんいてとてもにぎやか。当方も笑顔で声援に応えながらエイドに到着。ただ、空には厚い雲が立ち込め、時折強い雨が降ってくる。
(Robinson Flat, Photo by Keith Blom)
(Robinson Flat, Photo by Keith Blom)
(Robinson Flat, Photo by Keith Blom)
(Robinson Flat, Photo by Keith Blom)
エイドに到着するとまるで当方の専属クルーのようにスタッフの方がドロップバッグを持って待ってくれていた。椅子に座り、濡れた足のケアをしようとすると、何がしてほしいかと矢継ぎ早に聞いてくれる。食べ物を、というと紙皿に載せて持ってきてくれる。シューズをソックスを脱いで、マメができていないか確認すると、ウェットティッシュで汚れた足を拭いてくれた。ワセリンを塗り、新しいソックスを履いてシューズを履きなおすと靴ひもを結びなおそうとしてくれる(さすがにこれは自分で結んだ)。ペーサーはいるのか、と聞かれて、いないと答えると、ペーサーをつけた方がいい、探しておいてやる、というおじさんまで。
あわててバナナやメロンをほおばるが気が急くほどには飲み込めない。他の選手のクルーがこっちをみて笑っている。あたたかいチキンスープが腹にしみる。
聞いても仕方がないこととは思いながら「これから天気はどうなるでしょうか、キャニオンまでいけば暑くなるでしょうか」とスタッフの方に聞いてみる。「暑くはならないだろうけれど、標高は下がるから今よりも温かくなるはず」との答え。
この序盤でのエイドのスタッフの皆さんの行き届いた配慮が当然のことのように繰り出されてくることに感動してしまった。ランナーがどんな気持ちでここにやってきて、何を必要としているか、よく理解して、献身的なサポートをしてくださる。むしろ、必要ないことを断るように決めておかなくてはいけないほどだ。トレイルランニングのことは知らない善意のボランティアというのではなく、このレース以外にもいろんなランナーのサポートしたりという経験がなくてはこうした対応はできないはず。トレイルランニングを介したコミュニティの分厚さを体感した。
さらにここで日本語で「何かできることがあれば手伝いますよ!」との声。ランニング仲間がランナーとして走っているのをサポートするために来ているというサブリナさん。足のケアをしながら、日本からは今年は自分だけが参加している話、サポートクルーやペーサーはいないこと、などを話す。この後も、大きなエイドでは何度かお目にかかり、今回の当方の経験の忘れがたい一部分となる。
(Robinson Flat, Photo by Sabrina Okada)
座っていると寒さで身体が震えてくる。ともかく前に進むしかない。大きな声援に送られてエイドを出発。
エイドを出てもしばらくは標高2000m当たりの緩やかなのぼりのトレイル。天候は厳しいまま。しかし、Robinson Flatのエイドで受けた手厚いサポートや応援を思い出しながら思った。WS100はカリフォルニアのトレイルランニングのコミュニティが育ててきたビッグレースだ。トレイルランニングを愛する人たちがあるときはこうしてレースを走り、あるときはエイドやランナーのサポートでレースを支えている。そして自分は日本からこのレースに応募して、幸運にも今こうしてランナーとして走っている。このアメリカのトレイルランニング・コミュニティに支えられてこのトレイルを走っている。自分は恩恵をこうむっているが、それを直接コミュニティに返すことはできない。何か返せるとすれば、このレースを存分に楽しみ、最後まで力を出し切ること、その経験を日本のトレイルランニング・コミュニティに伝えること、しかない。
まだレースは始まったばかり。雨と風に吹き付けられながらフィニッシュまで進み続ける決意を新たにした。
関連