最高のランニングは瞑想のように日々の活力や創造性を高める・半世紀を経て初邦訳の「ほんとうのランニング」(マイク・スピーノ著)


同じ2時間走るにしても、ロードで一定のペースを刻んで走るのは退屈に感じるのに、トレイルで岩を手でつかんだりしながら走るとあっという間に過ぎてしまう。朝からずっと走り続けているうちに、身体は疲れているのに集中力が増してきて思いがけないペースで走ってみたり、わけもなく気持ちが昂ってきて涙があふれてきたりする。

ランニング、特にトレイルランニングやウルトラマラソンを経験すると、走ることは単に脚の動作で前に進むことではなく、上半身と脚、身体全体と気持ち(マインド)の相互作用であることを体感することになります。このことをカウンターカルチャーが真っ盛りのカリフォルニアで体験したランニングコーチが1976年に著したのが「ほんとうのランニング」(マイク・スピーノ著、近藤隆文訳、木星社)です。

このマインドフル・ランニングの名著の初めての日本語訳が来月12月18日に発売されます。

『ランニングとは芸術の一つの形式』

著者のマイク・スピーノは学生時代に陸上競技のアスリートとして自ら競技に取り組み、シラキュース大学を卒業。その後、フランスのリール第二大学で博士号(PhD)を取得。ジョージア州立大学の教育・人間開発学カレッジの大学院プログラムで教壇に立つほか、1970年代からはエサレン・インスティテュートのスポーツセンターのディレクターを務めます。カリフォルニア州のエサレン・インスティテュートは人間の意識や心理の可能性についての研究や実践で知られ、ニューエイジ運動、ヒューマン・ポテンシャル運動といった1970年代を象徴するムーブメントの発信地でした。

こうした経験の中でスピーノが著した本書は当時、ベストセラーとして全米の「ジョギング」愛好家に受け入れられたといいます。『ランニングとは身体を鍛える手段であると同時にひとつの芸術形式(アートフォーム)だと私は考えている。』(本書より、以下同じ)というスピーノは、ランニングは修行のようにいつも同じコースを走り続ける退屈な行為にとどまらず、『肉体的かつ精神的な驚き』のチャンスに満ちた行為だといいます。

ただスピーノはメンタル面の説明を重ねるだけではなく、具体的に脚の動きだけでなく上半身の動きや呼吸の仕方に意識を向けることが大事だと説きます。これによりランニングのパフォーマンスだけでなく、ランニングから精神的な安定や大きな満足感、あるいは今日ではマインドフルネスと呼ばれる心とからだが一体となる経験ができる、というのです。

こうした説明をするためにスピーノが『足運び(ゲイト)』を区別する言葉として使うのは『側対歩(アンブル)』、『襲歩(ギャロップ)』、『駈歩(キャンター)』、『速歩(トロット)』といった具合。本書の表紙に描かれているランナーのイラストもこうした全身の動作を意識したランニングフォームの実践をしているところなのです。

さらにランニングによって得られる身体の状態を瞑想やヨガの超精神(スーパーマインド)に喩えたりしているところは、70年代のアメリカの時代精神やスピーノがエサレン・インスティテュートで活動していたことの反映なのでしょう。とはいえ、今日からは古めかしく思える言葉が羅列されているばかりというわけではありません。トレーニングの具体的なメニュー作りや、集中的に強度の高い練習に取り組む時期と疲労の回復を優先する時期を意識して切り替えるといった具体的でわかりやすいアドバイスには、アスリートとして、そしてランニングコーチとしてキャリアを重ねたスピーノならではの説得力があります。

マインドフルネスが注目される今こそ、ランニングが求められている

45年前、心と身体のさまざまな可能性を拓こうというムーブメントが盛り上がる中で世に出た本書は、2018年に復刻版が出版されたことで再び注目されます。カリフォルニアでスポーツブランド「District Vision」を率いる二人の若い起業家が、半世紀前にスピーノが記した心と身体の深い結びつきやランニングから得られる解放感に深く共感し、この本を今日に蘇らせたのです。

それから数年後、世界は新型コロナウィルスのパンデミックに襲われます。大きなストレスにさらされる中で、多くの人が身近なエクササイズとしてランニングに取り組んだと言われています。それは単に運動不足を解消するためではなく、全身を動かすことでメンタルのバランスを取り戻し、マインドフルな状態を取り戻せることを人々が直感で知っているからかもしれません。だとすれば、スピーノの言葉は今こそ私たちに響くでしょう。

さまざまな路面や天候の変化の中を走るトレイルランニングやウルトラマラソンは、ランニングの中でもとりわけ自分自身と向き合うアクティビティです。スピーノもきっと、私たちの人生や経験を豊かにするスポーツだというのではないでしょうか。

本書を出版する木星社のnoteには今もランニングに情熱を傾け続けるマイク・スピーノのインタビュー動画が紹介されています。

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