【追記しました】OCC女子優勝のジョリーン・チェプンゲノが語る、貧困と苦難を乗り越えたランニング人生【UTMB 2025 Champions Walk】

【追記・9月9日、ワールドアスレチック World Athletics 傘下のアンチドーピング機関である Athletics Integrity Unit(AIU)はケニアのアスリート、ジョイリーン・チェプンゲノ Joyline Chepngeno (KEN) に対し、8月9日のシエル・ジナール Sierre-Zinalでの優勝した際にアンチ・ドーピング規則違反があったとして、2年間の資格停止処分を科したと発表しました。この結果、2025年8月9日以降のすべての競技成績・受賞・ポイント・賞金等も失効となりました。UTMBワールドシリーズは8月28日に開催されたOCCでの成績についてもチェプンゲノの優勝を取り消し、新たな女子選手の順位を発表しています。以下の記事はOCCの直後の取材により書かれた記事であることをご留意ください。20250910】

【編者より・UTMBウィーク最終日の8月31日日曜日、シャモニー Chamonix の空は快晴に恵まれました。レースの興奮が冷めやらぬ中、恒例の「チャンピオンズウォーク Champions Walk」が開催されました。ライブ配信のMCの一人として今年のHOKA UTMB Mont-Blancを見届けたマルタン・ガフリ Martin Gaffuri 氏が聞き手となって、UTMBワールドシリーズファイナルの三つのレースのチャンピオンたちとともに、ここまでの歩みと今回の経験を振り返りました。そのチャンピオンたちとの会話を紹介します。】

Sponsored link


今回のUTMBで、ひときわ大きな注目を集めたのがOCC女子カテゴリーで劇的な優勝を飾ったケニアの ジョリーン・チェプンゲノ Joyline Chepngeno (KEN)です。レース後のインタビューに応じた彼女の口から語られたのは、勝利の喜びだけではありませんでした。それは、貧困、家族の反対、そして絶望の淵からトレイルランニングによって人生を切り拓いた、一人の女性の壮絶な物語でした。

(Photo © UTMB® / Nils Charles Oddoux)

自己最長レースでの勝利と、それを支えた壮絶な過去

チェプンゲノにとって、OCCはこれまでのキャリアで最長のレースでした。レース終盤には激しい脚の攣りに見舞われ、一度は立ち止まるほどの苦痛を味わいます。「フィニッシュできるとは信じられませんでした。脚が完全にロックされてしまったのです」と彼女は振り返ります。しかし、彼女は諦めませんでした。「これは私のためのレースじゃない、私の子供たちのためのレースなんだ」と自らを奮い立たせ、再び走り出し、見事に優勝を勝ち取ったのです。

この驚異的な精神力の源泉は、彼女が歩んできた人生そのものにありました。

チェプンゲノはケニアのナクル Nakuru のケリンゲット Keringet にある貧しい家庭に生まれました。父を10歳で亡くし、シングルマザーの母が7人の兄弟のうち3番目である彼女を育てる厳しい環境でした。時には学費が払えず学校に行けないこともありました。しかし、彼女にはランニングの才能がありました。学校で走り始めるとすぐに頭角を現し、800mでケニア代表としてウガンダの国際大会に出場し、2分4秒という記録を出しました。奨学金で高校を卒業しますが、そこで支援は途絶え、住む場所や食料の確保が困難になり、ランナーとしてのキャリアを断念せざるを得ませんでした。

その後、子供たちの母となった彼女の生活は困窮を極めます。彼女には8歳の息子と3歳の娘カールがいます。「日雇いの仕事を探すために朝4時に起きる日もありました。一日中働いて、ようやく子供たちのためのわずかな食料を手に入れる、そんな毎日でした」と彼女は語ります。

友人の一言が転機に、トレイルランニングとの出会い

人生のどん底にいた彼女に転機が訪れます。高校時代の友人で、自身もランナーとして活躍していたエヴリン・チルチル Evaline Chirchir (KEN) (UTMB開催の週末はシドニーマラソンに出場中) が、「ジョリーン、あなたはもっと速いはず。もう一度走るべきよ」と手を差し伸べてくれたのです。チルチルの家に身を寄せ、子供たちを故郷の母親に預けて、チェプンゲノは再び走り始めました。

しかし、その道は平坦ではありませんでした。家族、特に兄弟からは「また子供を産んで帰ってくるだけだ」と猛反対され、精神的に追い詰められます。「夜中に泣きながら、神様に子供たちを守ってくださいと祈るしかありませんでした」。練習でも結果が出ず、ロードレースでは限界を感じていました。

そんな彼女に、ある女性が「トレイルランニングを試してみないか」と声をかけます。これが彼女の人生を大きく変える出会いとなりました。「私の人生は最悪でしたから、木に登ることだって何でも試すつもりでした」と、藁にもすがる思いでトレイルの世界に飛び込みました。

74kgから45kgへ、驚異の減量と才能の開花

ランニングを再開した当初、彼女の体重は74kgありました。「周りの人たちは、私が本当に走りに来たのかと笑っていました」。そこから彼女の猛烈なトレーニングが始まります。

OCCに向けて、彼女のコーチは長距離向けのプログラムを組み、最長50kmのトレーニングランをこなし、山岳地帯では40kmの上り下りをこなすこともありました。「朝20km、10時に10km、夕方4時に10km。毎日40km走る生活を2ヶ月続けました」。

その結果、彼女は45kgまで減量することになりました。驚異的な努力の末に、彼女の体に眠っていた才能が再び開花します。コーチのジュリアン Julian が率いるチーム、Milman Runnersに加入すると、その才能は一気に花開きました。そして、シャーロッツビル Charlottesville で開催されたレースで優勝。この勝利が、彼女の人生を劇的に好転させたのです。

「レースに勝てて、本当に幸せでした。子供たちも、母も喜んでくれました。今、神様に心から感謝しています」。

さらなる高みへ、そして次世代へのメッセージ

OCCという大きなタイトルを手にし、チェプンゲノはすでに次を見据えています。「短いレースも好きですが、これからはもっと長い距離に挑戦したいです。攣りは辛かったですが、初めての経験でしたから。もっと長い距離を練習すれば、きっと克服できます」。彼女は、このレースの主催者にも感謝の意を表しました。

来年もこのシャモニーの地に戻ってくることを力強く約束してくれた彼女には、大きな夢があります。「いつか、私の子供たちをレースに連れてきたいです。私が飛行機に乗っているというと『ママは空を飛んでいる』と喜ぶんです。彼らがここで私の走りを見てくれたら、本当に幸せです」。

インタビューの最後に、彼女はかつての自分と同じように困難な状況にいる若い女性たちへメッセージを送りました。

「トレイルランニングは素晴らしいスポーツです。そして、走ることは多くの人を助けます。だから、決して諦めないでください。私は一度、すべてを諦めかけました。70〜74kgあった体重が45kgまで減りました。でも、走り続けて今があります」。

ジョリーン・チェプンゲノ。彼女の力強い走りと、その背景にある深い物語は、世界中のトレイルランナーに大きな感動とインスピレーションを与えてくれました。彼女の次なる挑戦から、目が離せません。

https://www.youtube.com/live/tmqTlOaSkkg

Sponsored link