ルース・クロフト Ruth Croft 、UTMBで悲願の初優勝、学びと成長の2年間【UTMB 2025 Champions Walk】

【編者より・UTMBウィーク最終日の8月31日日曜日、シャモニー Chamonix の空は快晴に恵まれました。レースの興奮が冷めやらぬ中、恒例の「チャンピオンズウォーク Champions Walk」が開催されました。ライブ配信のMCの一人として今年のHOKA UTMB Mont-Blancを見届けたマルタン・ガフリ Martin Gaffuri 氏が聞き手となって、UTMBワールドシリーズファイナルの三つのレースのチャンピオンたちとともに、ここまでの歩みと今回の経験を振り返りました。そのチャンピオンたちとの会話を紹介します。】

2025年のUTMBワールドシリーズファイナル、100マイルカテゴリーのUTMBで、ニュージーランドのルース・クロフト Ruth Croft (NZL)がついに頂点に立ちました。昨年の初挑戦で2位となっており、今年はその経験と学びを活かして見事優勝しました。クロフトの歩みは、トレイルランニングの進化とともにある「学びのプロセス」そのものでした。

Sponsored link


(Photo © UTMB® / Franck Oddoux)

初挑戦から優勝まで、UTMBでの成長

クロフトは昨年、初めてUTMBモンブランに挑戦し2位でフィニッシュ。初挑戦は「学びの場」と位置づけ、コースの特徴や夜間走行、標高差など多くの課題を体験しました。彼女は元々、ニュージーランドでクロスカントリーや陸上競技を経験し、米国での奨学金を経て台湾で本格的にトレイルランニングに出会いました。当初は競技目的ではなく、アジア各地を旅する手段として活用。最初の50kmレースは、参加予定だった15kmレースが満員だったため、やむなく選択したものでした。未知の距離への挑戦に大きな不安を感じつつも、彼女は同じイベントや距離を繰り返すことに飽きやすい性格から、この「未知」を楽しむようになりました。

今年はその経験を活かし、より積極的なレース展開を目指してスタート。序盤は計画通りのペースで進みましたが、レ・シャピユー Les Chapieux 付近で天候が悪化し、「夜をサバイブする」ことに集中するようマインドセットを切り替えました。昨年の経験と、今年5月のトランスバルカニア Transvulcania(カナリア諸島)での低体温症によるDNFから学び、重量を犠牲にしてでも厚手のゴアテックスジャケットやスキーグローブなど、万全の装備を整えて臨みました。過去にはヨーロッパで6週間で5レースに出場し燃え尽きた経験から、特定のレースに集中することの重要性を学び、今回の勝利に繋げました。

チームの力と専門性の融合

クロフトの成功の背景には、専門家によるサポートチームの存在があります。彼女は「自分にできないことは専門家に任せる」という考えで、ヴァル・バーク Val Burke とモニカ Monica がストレングス&コンディショニングを、ジョセフ・ミゼレル Joseph Miserele がペース戦略を、スコット・ジョンストン Scott Johnston がコーチとして日々のトレーニングを、ポール・ブース Paul Booth が栄養プランを担当しました。

特にジョセフは、過去のUTMBで女性選手がクールマイユール Cormayeur 以降でペースを落とす傾向があることに着目し、最適なペース配分を考案。栄養面では、ポールがレース中のセクションごとの運動強度に応じて炭水化物摂取量を90g/時から110g/時へと調整するなど、細やかな戦略が功を奏しました。

トレイルランニングへの情熱と「アウトカム・インディペンデント」の精神

クロフトは「結果に依存しない」という考え方、「アウトカム・インディペンデント」なマインドセットを大切にしています。この考え方は、タイのムエタイ選手が結果に依存せず楽しむことで最高の結果を出したという話から影響を受けています。

勝利や契約を目指すのではなく、純粋に走ることへの情熱と楽しみを原動力にしてきました。スタートラインに立つ際には、急性骨髄性白血病や心臓発作、骨髄移植などを経験した友人ジョシュからの手紙を読み返し、走れる体があることへの感謝と謙虚な気持ちを抱くことで、外部からのプレッシャーを感じすぎないようにしています。

また、レース中の友人や家族、エイドステーションでの応援など、外部からのサポートが大きな喜びをもたらすと語っています。

ニュージーランドでの「バックカントリーミッション」と家族の影響

シーズンの半分をニュージーランドで過ごすクロフトは、地元のコミュニティや自然の中での「トランピング(バックカントリー遠征)」を楽しみます。

ニュージーランドのトランピングでは、食料や調理器具、寝袋など全ての装備をバックパックに入れて持ち運び、山小屋で食料を調達できないため、自給自足で数日間の野営を行います。幼少期から家族とともに、時には競争しながら山を歩いた経験が、彼女の競争心とタフな精神を育みました。特に兄との競争は、彼女に強い精神力を与えたと振り返っています。

トレイルランニングの進化と若い世代へのメッセージ

クロフトは、トレイルランニングがよりプロフェッショナルなスポーツへと進化していることを実感しています。自身もかつては仕事をしながらレース遠征費を捻出していましたが、今では多くの若手選手がサポートを受けて競技に集中できる環境が整いつつあります。

彼女は、自身がフルタイムのプロアスリートになるまでに長い時間と「ハッスル」が必要だったと語り、若い世代へのアドバイスとして、「契約や結果を目指すのではなく、まずは情熱を持って楽しむことが大切」と語ります。

UTMB優勝の瞬間へ、「自分のレース」を貫いた展開

レースの後半に入ると、クロフトはラ・フーリー La Fouly への下りで、カミーユ・ブリュヤ Camille BRUYAS (FRA)、そしてコートニー・ドウォルター Courtney Dauwalter (USA)を追い抜き、トップに立ちました。「良い感覚があれば迷わず攻める」という彼女のスタイルが、勝利を引き寄せました。

シャンペ Champex Lac への登りでは体調が悪化し、フィニッシュまでたどり着けるか不安を感じましたが、トリアン Trient やヴァロルシーヌ Vallorcine でのクルーや応援団との再会を目標に、ひたすら前進しました。

昨年は「ロバのようにスタートし、馬のようにフィニッシュした」と表現しましたが、今年は逆で、最後の下りでは非常に苦しみ、思うように動けなかったと振り返っています。レース後には失神し、ドーピング検査も受けたため、まだ優勝の実感が湧いていないと語りました。

女性トレイルランナーとしてのロールモデル

彼女は、今回のUTMBでの優勝で、UTMBワールドシリーズファイナル3つ(UTMB、CCC、OCC)を制覇した初の女性アスリートとなりました。

クロフトは、コートニー・ドウォルターやケイティ・シャイド Katie Schide (USA)といったトップアスリートの活躍が、女子のトレイルランニングの注目度を高めていることに感謝を示します。彼女たちの存在が、自身のランナーとしての向上心を刺激していると語りました。自身も「自分らしく走る」ことで、次世代のランナーに刺激を与えたいと語りました。

「自分らしく、情熱を持って走る」

UTMB優勝という偉業を達成したルース・クロフト Ruth Croft の歩みは、失敗と学び、仲間との絆、そして何より「自分らしく走る」ことの大切さを教えてくれます。トレイルランニングの未来を切り拓く彼女の今後の活躍に、DogsorCaravanとしても引き続き注目していきたいと思います。

https://www.youtube.com/live/tmqTlOaSkkg

Sponsored link