【編者よりお詫びと訂正のお知らせ・この記事の中で田和康太氏と呉地正行氏のプレゼンテーションの内容の一部が、編集部のミスにより入れ替わっていました。箇所を明示した上で以下のとおり修正しました。お詫び申し上げます。2025.12.01】
2025年11月27日、パタゴニア日本支社主催による「リジェネラティブ・オーガニック・カンファレンス2025」が東京都内で開催されました。
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DogsorCaravanの記事でお伝えしたとおり、この日、福島県郡山市の老舗酒蔵・仁井田本家とパタゴニア日本支社が共同で、日本初の「リジェネラティブ・オーガニック認証」を取得した日本酒「やまもり 2025」の発売を発表しました。この製品誕生の背景には、2021年から約5年にわたる実証プロジェクトがあり、その過程で日本の水田稲作に特化した国際認証ガイドラインが新たに制定されました。
これまでリジェネラティブ・オーガニック認証は、アメリカの大陸型畑作農業を中心に構築されてきたため、アジアモンスーン地域特有の水田稲作システムには適用が困難でした。しかし今回、パタゴニア日本支社の協力により水田稲作ガイドラインが制定され、エコサートジャパンによる国内監査体制も確立。「やまもり 2025」は、作れば作るほど土壌や生態系が再生される革新的な農法を、日本の水田で実証した成果として誕生しました。この日の「リジェネラティブ・オーガニック・カンファレンス2025」ではこのマイルストーンの発表に続いて開催されました。アウトドア業界でも注目される環境再生型農業が、日本の伝統的な稲作システムとどう結びつくのか、このイベントの中でその可能性が示されました。
畑作中心の認証に「水田」が加わった意義
リジェネラティブ・オーガニック(RO)認証は、土壌の健康、動物福祉、社会的公平性を三本柱とする世界最高水準の有機農業認証制度です。パタゴニアが設立に関わり、現在も運営組織のボードメンバーを務めています。しかし、これまでのRO認証は大陸型の畑作農業を中心に構築されてきたため、アジアモンスーン地域特有の水田稲作システムには適用が困難だったといいます。

パタゴニア日本支社の木村純平氏
パタゴニア日本支社の木村純平氏は、畑地システムと水田システムの根本的な違いを指摘しました。畑地は陸域で自律的に管理でき、面積拡大も容易なため、輪作など農地内の工夫で生物多様性保全と気候変動対策を「一石二鳥」的に達成できます。一方、水田システムは水域と陸域のコントラストがあり、古くから構築された水路ネットワークを継承する必要があるため、流域とのつながりの中で共生する形となり、個別最適の積み重ねだけでは全体最適にならない特性を持っている、という違いがあります。
今回制定された水田稲作ガイドラインは、こうした水田特有の多面的価値に目を向け、国際認証にアラインさせた初の試みとなります。連作が認められたこと、水管理において生物多様性保全や流域治水への協力が要件化されたことなど、数千年続く日本の稲作システムの知恵が国際基準として認められた形です。
失われゆく湿地を代替する水田の生態系価値

国立環境研究所気候変動適応センター特別研究員・兵庫県立大学地域資源マネジメント研究科客員研究員の田和康太氏
続いて登壇した、国立環境研究所気候変動適応センター特別研究員・兵庫県立大学地域資源マネジメント研究科客員研究員の田和康太氏は、日本の水田水域が持つ生物多様性の重要性を強調しました。日本の湿地は過去100年間で61%が減少し、その多くが水田に転換されてきました。宮城県では100年間で92%の湿地が消失しましたが、氾濫原に生息していた生き物の一部は、水田を新たな住処として適応してきました。
水田水域には約6000種以上の生き物が生息し、150種以上の鳥類が確認されているとのこと。水田本体に加え、ため池、用排水路、小水路などが有機的につながり、一時的水域と恒久的水域が混在することで、ドジョウやイシガマキリなど多様な生物が生活史に応じて使い分ける複雑な生態系を形成しています。
近世日本では169種類もの多様な農法が地域ごとに発展しており、中干しを奨励する地域もあれば否定する地域もあるなど、地域の気候風土に応じた知恵が蓄積されてきました。こうした多様性こそが、水田システムの持続可能性を支えてきた本質だという見方を示しました。【追記・このパラグラフを差し替えて修正しました。2025.12.01】
世界に発信すべきアジアの基層文化

NPO法人ラムサール・ネットワーク日本理事で日本雁を保護する会会長の呉地正行氏
NPO法人ラムサール・ネットワーク日本理事で日本雁を保護する会会長の呉地正行氏は、水田をアジアモンスーン地域の基層文化として位置づけ、その世界的理解を深める必要性を訴えました。水田は数千年にわたり持続可能性が歴史的に証明されており、利用しながら湿地環境の回復・復元も可能な農地なのだといいます。
呉地氏は2008年のラムサール条約締約国会議での「水田決議」採択に起草段階から貢献し、2022年にはラムサール賞ワイズユース部門を受賞しています。今回のカンファレンスでも、気候変動対策を入口にすると生物多様性へのトレードオフが大きくなりますが、生物多様性を入口にすればトレードオフが緩和されると指摘しました。水田の生態系サービスには、害虫を捕食する天敵効果などの農業資源、食用資源、心を育む文化資源があり、これらを統合的視点で捉える必要がある、と語りました。
しかし、圃場整備による乾田化やパイプライン化により、この生態系は危機に瀕しています。田和氏は特に水田から発生するメタンの削減策として推進されている「中干し延長」を懸念材料として挙げました。水田の湿地機能を劣化させるこの手法は、生物多様性への影響が未調査のまま推進されており、気候変動対策と生物多様性保全のトレードオフ問題を象徴しているのだそうです。【追記・このパラグラフを差し替えて修正しました。2025.12.01】
日本初のRO認証、50年の無農薬への挑戦
福島県郡山市田村町金沢に蔵を構える仁井田本家は、創業1711年の老舗酒蔵です。当主の仁井田穏彦氏は「日本の田んぼを守る酒蔵になろう」をミッションに掲げ、無農薬での稲作・酒造りに取り組んできました。

仁井田本家の仁井田穏彦氏
同社の自然栽培の歴史は古く、1965年に先代の父が「無農薬のお米で自然酒を作ってほしい」という依頼を受けたことがきっかけでした。地元の農家とともに自然栽培を開始し、2003年には自ら田んぼを借り受けて米作りを本格化させました。現在は約7ヘクタールの田んぼで全て自然栽培を行い、契約農家とあわせて約2000俵の有機・自然栽培米を使用しています。
「田んぼを守る」活動として、2004年から20年間続けているのが「田んぼの学校」です。自然栽培を学びたい人々が毎年集まり、田植えから草取り、稲刈りまでを体験します。仁井田氏の夢は「金沢村の60ヘクタールの田んぼが全部自然栽培になること」だといいます。子どもたちはイモリやゲンゴロウ、カエルなどの生き物を追いかけ、かつての田んぼの豊かさを体験しています。
さらに特筆すべきは「山を守る」活動です。仁井田本家は50ヘクタール強の山林を所有しており、祖父の代には林業も営んでいました。2021年には、創業310年を機に、祖父が80年前に植えた杉の木を使って木桶を製作するプロジェクトを開始。木桶は100年近く使用でき、最終的には土に還る持続可能な道具です。切った木の場所には新しい苗を植え、さらに広葉樹の植林も計画しています。
「木桶でできたお酒が売れれば、得た利益を山に還元できます。山を元気にすることで水を守り、田んぼから出た温室効果ガスを山の木が吸ってくれれば、環境にも貢献できます」と仁井田氏は語ります。
RO認証が出てきた時、仁井田氏は「いち早くパイロット農家として協力します」と声を上げました。2021年にパタゴニアとRO認証での協業を開始し、今回、田んぼと日本酒の両方で日本第1号の認証を取得しました。RO認証は農地管理だけでなく、労働者の公平性も重視する包括的な認証です。仁井田本家では、全社員が生活賃金(リビングウェイジ)をクリアし、契約農家には「息子に後を継がせられる金額」での取引を目指しているとのこと。
「まだまだ課題はたくさんあります。完璧を求めるのではなく、ゴールに向けて一つずつ積み上げていきます。創業400年、500年、600年と、あと300年、酒造りを続けることで、地域のお役に立てる会社になりたいです」。50年以上にわたる無農薬栽培への挑戦が、日本の水田農業の新たな可能性を示しています。
国内監査体制の確立で開かれた扉
もう一つの大きな進展は、エコサートジャパンが日本国内でRO認証監査サービスを開始したことです。これまで日本国内に監査機関がなかったことが認証取得の障壁となっていましたが、この扉が開かれたことで、今後日本の農家や企業がRO認証にアプローチしやすくなります。
パタゴニア日本支社インパクト部門ディレクターの近藤勝宏氏は「これは決してゴールではなく、ようやくスタートラインに立ちました」と述べ、日本の農業を再生し、自然と共生する未来を築いていくことへの期待を示しました。

世界の農用地の96%は畑地システムですが、水田は3%と稀有な存在です。だからこそ、日本を含むアジアモンスーン地域が当事者として主体的に進める必要があります。数千年続く持続可能なシステムを劣化させるのではなく、豊かに保全再生させながら次世代へ継承していく。その道筋が、今回のRO水田稲作ガイドライン制定によって、見えてきたといえるでしょう。壮大な目標を掲げた挑戦も、一歩一歩進むことで必ず動かすことができる。少し未来が明るく見えるようになった一日でした。















