【インタビュー】賞金総額1000万円。「日本TRGP」が描くトレイルランニングのプロ化と未来へのロードマップ ─ 後藤哲也ディレクターに聞く【ポッドキャスト Run the World 167】

2026年1月29日、日本のトレイルランニング界に大きなニュースが駆け巡りました。「日本トレイルランニンググランプリシリーズ(日本TRGP)」の発足。その衝撃は、国内史上最高額となる賞金総額1000万円(シリーズチャンピオン各300万円)という数字だけにとどまりません。

【詳細発表】中央アルプス、野沢、白馬を転戦する「日本TRGPシリーズ 2026」。1000万円の賞金を懸けた30kmスピード決戦の全貌

2026.01.29

中央アルプス、野沢温泉、白馬国際という長野県の3大会を舞台にしたこのシリーズは、なぜあえて「ショートディスタンス」を選んだのか。そして「日本一を決める」ことと「世界への開放」をどう両立させるのか。

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この新しいシリーズのディレクターを務める後藤哲也さんに、その構想の全貌を語っていただきました。本記事は、ポッドキャストでの対話をベースに、その詳細な文脈とビジョンをお伝えするレポートです。

インタビュー・ハイライト:TRGPにこめられたビジョン

1. 起点:100年前の記憶と、現代の挑戦

後藤さんの原点は、約10年前に故郷である長野県駒ヶ根市へUターンしたことにあります。東京のスポーツメーカーでアドベンチャーレースに携わっていた経験を持つ後藤さんは地元・中央アルプスの歴史を調べる中で、大正14年(今から約101年前)に「西駒登山競走」が行われていた記録に出会います。

「地元の山を使って、かつて行われていた熱狂を現代に蘇らせられないか。それが全ての始まりでした」

その構想は2019年に始まった「中央アルプススカイラインジャパン」の開催となって花開きました。地元の歴史と山への敬意、そして自身のスポーツビジネスの経験が結びつき、今回の壮大なシリーズ構想へと繋がっていきます。

2. 「1000万円」の真意:プロフェッショナル・ヒーローの創出

なぜ、こうした高額な賞金を設定したのか。後藤氏はその狙いを明確に語ります。

「トレイルランナーのプロフェッショナル化、そしてヒーロー化を進めたい。同時に、他のフィールドで活躍しているアスリート、例えば駅伝やマラソンの選手たちに『この世界に挑戦してみたい』と思わせる強力なきっかけを作りたかったのです」

日本のランニング界には、世界屈指の層の厚さを誇るロードランナーたちがいます。彼らがトレイルランニングという新たなフィールドに目を向け、参入することで、日本の競技レベルを一気に底上げする。1000万円という金額は、そのための投資であり、招待状となります。

3. 戦略的な意味を持つ「ショートディスタンス」、五輪とエンタメを見据えて

TRGPは30-40kmのレースで構成されます。100マイルや100kmが人気を博す中で、なぜショートなのか。そこには「世界標準」と「観るスポーツ」という二つの視点があります。

「一つはオリンピックです。2032年のブリスベン大会などでトレイルランニングが競技化される可能性が議論される中、放送のしやすさを考えれば、ショートディスタンスが採用される可能性が高い。我々もそこを見据えています」

さらに、後藤氏は神戸トレイルやゴールデントレイルシリーズでの経験から、ショートレースのエンターテインメント性に着目しています。

「トップ選手が数分の差で次々とフィニッシュに飛び込んでくる。そのせめぎ合いを間近で見られるドキドキ感こそが、トレイルランニングを『観て楽しむスポーツ』へと進化させます。ライブ配信や会場演出も含め、応援する側も熱狂できる空間を作りたい」

4. 「NIPPON」ブランドで国内の強化と海外への発信を

シリーズ名に「JAPAN」ではなく、あえて「日本(NIPPON)」を冠した理由について、後藤氏は「相乗効果」を強調します。

「まずは国内の選手に日本一を目指してほしい。しかし、海外の強豪を排除するわけではありません。むしろ海外選手が参戦し、日本の選手と競い合うことで、日本のレベルが引き上げられる。そして海外の選手には、日本の山岳フィールドの素晴らしさを体感して帰ってもらう。その循環を作りたいのです」

シリーズを構成する3つの舞台

初年度となる2026シーズンは、運営実績があり、後藤氏とも連携の深い長野県内の3大会で構成されます。

開幕戦となるのは7月開催の中央アルプススカイラインジャパン。シリーズ最長の38kmを誇るこのコースについて、後藤さんは「(中央アルプスは)とにかく急峻にそびえ立つ山という非常に急な上り坂があり、テクニカルなコースにはなっているんですが、途中、林道も含んでいて走れる部分も多くあります。見応えのあるレースができるんではないかな」と、技術と走力の双方が試される総合力の戦いになることを示唆します。

続く第2戦は同月開催の The 4100D マウンテントレイル in 野沢温泉(37km)。「スタートすると、野沢温泉の温泉街を抜けていきます。非常に日本の雰囲気が感じられるレース」と後藤さんがが評するように、日本情緒あふれるコース設定が魅力です。観戦しやすい周回型のレイアウトですが、真夏の開催ゆえに「毎年のことですが野沢温泉は暑さがあります」と語る通り、酷暑への対応力が勝負の鍵を握るタフなサバイバルレースとなりそうです。

そして9月の最終戦、白馬国際クラシック(29km)はシリーズ最短のスピード決戦となります。「スピードレースになってくることは間違いないと思いますが、白馬八方尾根スキー場のゲレンデ脇を直登するいわゆる激しい登りを持つコース」という言葉通り、単なるスピード勝負では終わらせない、圧倒的なパワーも求められるフィナーレにふさわしい舞台が用意されています。

共存への誓い、トレイルは誰のものか

高速化するレースにおいては、ともすれば大会とは関わりなくトレイルを楽しむハイカーの皆さんと共存できるかどうかも気がかりなところです。これについて、後藤さんは慎重かつ断固とした姿勢を示しました。

「大前提として、トレイルはレースが占有しているものではありません。トップ選手であっても、すれ違い時の歩行ルールなど、定められたマナーを守ることは絶対条件です。それができなければ、このスポーツの未来はありません」

競技性の追求と、山のルール・マナーの遵守。この難しいバランスをどう保つかが、シリーズ成功のもう一つの鍵となります。

Analyst Note:DogsorCaravanの視点

1. 「駅伝からトレイルへ」の可能性

TRGPが提示したフォーマットは、日本の「駅伝文化」とトレイルランニングを接続するパイプラインになり得ます。箱根駅伝を目指すことで培われた圧倒的なスピードと心肺機能を持つランナーたちが、もし本気でトレイルへ向かったらどうなるか。数時間の高速レースであれば、彼らのポテンシャルはトップクラスのトレイルランナーに対しても即座に脅威となります。このシリーズは、日本のトレイルランニングの勢力図を塗り替える可能性を秘めています。

2. 試される「モラル」と「運営力」

賞金がかかった極限状態のレースで、本当に選手はハイカーの前で足を止められるのか。これは選手個人のモラルに委ねるだけでなく、運営側のコース設定やルールの運用力が厳しく問われる部分です。「プロ化」とは、単にお金が動くことではなく、競技を取り巻く環境や意識が成熟することを意味します。TRGPがその試金石となることを期待します。

3. レガシーを未来へつなぐ

後藤氏が語った「100年前の記憶」から「2032年の五輪」までを繋ぐストーリーは日本TRGPの起源であると同時に、日本のトレイルランニングの進化の物語です。DogsorCaravanは、このシリーズが日本の山岳スポーツ文化の新たな章として定着していく過程を、記録していきたいと思います。

この変革について、皆さんはどう感じますか?このインタビューが投稿されているYouTubeのコメント欄やその他のSNSで聞かせて下さい。

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