2026年2月14日、バレンタインデーの午前6時。テネシー州フローズンヘッド州立公園に、例年より1ヶ月以上も早くあのホラ貝の音が響き渡りました。40年の大会史上、最も早いカレンダーでの幕開けとなった2026年バークレーマラソン Barkley Marathons は、「バレンタインデーの虐殺」と呼ばれるにふさわしい、無慈悲な結果に終わりました。
バークレーマラソンは、テネシー州のフローズンヘッド州立公園で毎年開催される、世界で最も過酷なトレイルレースの一つです。1977年に起きたジェームズ・アール・レイの脱獄事件に着想を得たこのレースは、ラズ Laz (ラザラス・レイク Lazarus Lake、本名 ゲイリー・カントレル Gary Cantrell)らによって創設されました。公式距離は100マイルとされていますが、実際にはそれを遥かに上回る過酷なオフロードのループを5回繰り返す構成です。制限時間は60時間。コース上に隠された本から自分のゼッケン番号と同じページを破り取ることが完走の証明となる独自のルールや、極めて秘密性の高い参加プロセスなど、カルト的な人気と難攻不落の伝統で知られています。
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今年は完走者は一人も現れず、伝説のイエローゲートはこの40年間で26回目となるコースの完全勝利を宣言しました。
ラザラス・レイクの巧妙な罠:史上初の反時計回りダブル
2024年に5人の完走者を許したオーガナイザー、ラズが用意した今年のコースは、もはや走るという行為を拒絶する設計でした。
最大の変更点は、最初の2ループを連続して反時計回りで行わせたことです。通常、反時計回りは急峻な登りが多く、より困難な方向とされています。金融アナリスト的な分析視点で見れば、この「連続反時計回り」は過去の完走データに基づくペース配分の再現性を構造的に破壊するものでした。疲労が蓄積する前に高い技術的負荷を強いることで、ランナー側の戦略的マージンを奪い去ったのです。この戦略的トラップにより、第1ループ終了時点で40名のうち12名しか残らないという、記録的な脱落率を叩き出しました。
泥の潤滑油と極寒:母なる自然の逆襲
今年のコンディションを、ランナーの一人は泥の潤滑油と表現しました。雪に変わることのなかった冷たい雨は、急斜面を の滑り台へと変貌させたのです。現地からの発信者であるキース・ダン氏によれば「泥がひどすぎる。これは何でできているんだ? グリースか?」と漏らすランナーもいたそうです。
気温は4℃前後まで下がり、深い霧が視界を完全に遮りました。この厳しい環境下で、2022年のUTMB準優勝者である マシュー・ブランシャール Mathieu Blanchard (FRA) は3周目で寒さに屈し、アメリカのトレイルランニング界のレジェンド、 マックス・キング Max King (USA) も第3ループの途中でリタイアを余儀なくされました。現地からのレポートによれば、ダミアン・ホールは渡渉でシューズを濡らさないために裸足で挑み、マックス・キングは足をビニール袋で覆ってシューズを履く、という普通のレースでは考えられないような泥臭い試行錯誤をしていたとのこと。どんなにフィジカルや経験があったとしても、極限環境における知恵が試される場面がある、ことを思い出させてくれます。
セバスチャン・ライション Sébastien Raichon (FRA) の意地:唯一のファンラン達成
この地獄のようなコンディションの中、唯一3ループ完走を意味するファンランの称号を手にしたのは、 54歳のベテラン、 セバスチャン・ライション Sébastien Raichon (FRA) でした。
ライションはイタリアの超長距離レース「Tor des Glaciers」で三度の優勝を誇る圧倒的なタフネスの持ち主であり、先月もイギリスの「Winter Spine Race」を制したばかりでした。不眠不休の活動に対する耐性は群を抜いており、漆黒の闇と降り続く雨の中、38時間05分46秒で第3ループを完走。昨年の第2ループまでの完走から一歩前進しました。54歳という年齢で極寒の地獄を耐え抜いた彼の姿は、数字上のリザルト以上に、一人のアスリートの脆弱性と強さが交錯するドラマとして記憶されるでしょう。
ダミアン・ホール Damian Hall (GBR) の悲劇:足りなかった1ページ
バークレーの残酷さを象徴したのは、 ダミアン・ホール Damian Hall (GBR) の結末でした。彼は「Winter Spine Race」優勝などの実績を持ち、2023年と2024年には第5ループまで進んだ、最も完走に近い男の一人です。
今回もライションに肉薄するペースで第3ループを終えて帰還しましたが、手元にはすべてのページが揃っていませんでした。霧と疲労によるナビゲーションエラー、あるいは極限状態での判断ミスか。百戦練磨の彼にとって、今回のページ不足による失格は、バークレーという競技が持つ不条理を改めて浮き彫りにしました。
分析:なぜ「完走者ゼロ」が続くのか
バークレーマラソンは、人間の限界をテストする社会実験の側面を持ちます。2024年に史上最多の5名が完走した際、コミュニティには攻略法が確立されたという空気が流れたかもしれません。しかし、続く2025年、そして今回の2026年と2年連続で完走者が一人も現れなかった事実は、このレースの本質が依然として不条理であり、自然への敬意を強いるものであることを再定義しました。
「スピードはナビゲーションの解決策にはならない。」ラズが残しというこの言葉を、世界最高峰のアスリートたちは泥にまみれながらその身をもって体験することになりました。
2026年2月15日午後8時すぎ。ダミアン・ホールが失格となったことで、今年のバークレーは静かに幕を閉じました。
完走者ゼロという結果は、単なる敗北の記録ではありません。それは、過度な商業化やプロ化の波の中で失われがちなトレイルランニング本来の「野生」や「魂」を再認識させ、コミュニティを成熟させる体験でもあります。私たちは来年、再びあのゲートが口を開くとき、再び深化した物語を目撃することになるのでしょう。今年のフローズンヘッドの森は、再び深い沈黙の中へと戻っていきました。














