トレイルランニング界の絶対王者、キリアン・ジョルネ(Kilian Jornet)が自身のInstagramを更新し、2026年シーズンのレーススケジュールを発表しました。今年のターゲットとして挙げられたのは、ウェスタンステイツ(Western States Endurance Run)、シエール・ツィナル(Sierre-Zinal)、そしてUTMBの3レースです。
過去2年間、アルプスやヒマラヤでの壮大な登山プロジェクトに注力してきたキリアンですが、今年は再び「純粋な競争」の舞台に戻ってきます。特に、かつてボイコットを呼びかけたこともあるUTMBへの劇的な復帰宣言は、世界中のトレイルランニングコミュニティに大きな衝撃と歓喜をもたらしています。
Sponsored link
家族との時間を優先し、プロジェクトからレースへ回帰
キリアンは先月末に公開した「Athlete Progress Report 2025」の中で、自身のライフスタイルの見直しについて言及していました。「プロジェクトは意義深いものですが、準備と回復に長い時間を要し、家を空ける期間も長くなります。今は、家族と過ごす時間をもっと大切にしたい」と語り、今年は準備期間が比較的短く済むレースにフォーカスする理由を説明しました。
選ばれた3つのレースは、彼にとって特別な意味を持つものです。
ウェスタンステイツは、キリアンが2011年にアメリカ人以外で初めて優勝という快挙を成し遂げた、彼のアメリカでの挑戦を象徴するレースです。昨年は酷暑の中で体調を崩しながらも3位でフィニッシュしており、「あの環境下で自分の体がどこまで対応できるか掴みかけた」と、かつて頂点に立った舞台での完全復活と雪辱を誓っています。
また、シエール・ツィナルは過去10勝を挙げた相性の良いレースであり、「1970年代から続く、純粋な競争が味わえるアルプスの美しい舞台」と評しています。
さらに彼は、出場するすべてのレースを「環境保全アクション(象徴的なものではなく、実質的なもの)」と紐付けることも宣言。アスリートとしての活動を持続可能なものへと進化させていく強い意志を示しています。
ボイコット騒動から1年、対話を経てUTMBと和解
今回の発表で最大のトピックは、間違いなくUTMBへの復帰です。
キリアンにとってUTMBは、2008年に若くして初優勝を飾って以来、2009年、2011年、そしてケガを抱えながらもコースレコードを叩き出した2022年と、過去4度の優勝を誇る象徴的なレースです(2023年はケガで欠場)。
しかし2024年1月、キリアンとザック・ミラー(Zach Miller)がトップ選手たちに宛てて「UTMBの運営方針や商業化に対する懸念から、ボイコットを検討しよう」と呼びかけたメールがリークされ、コミュニティで大きな議論を巻き起こしました。
それから約1年。今回の投稿でキリアンは、「すべての点で意見が一致してきたわけではありませんが、私たちが愛するスポーツのより良い未来に向けて、重要な部分では考えが一致しています」と関係の修復を明言。さらに「過去1年間、PTRA(プロトレイルランナー協会)とともにUTMBが行ってきたことには感銘を受けている」と述べ、組織を交えた対話が実を結んだことを明らかにしました。
「王の帰還」に沸く海外コミュニティとメディア
この「UTMBとの和解」と「王の帰還」のニュースに、海外のトレイルランニングコミュニティは即座に反応しました。
Redditのトレイルランニング関連フォーラムでは、「ついにUTMBに戻ってくる!」「WSERでの雪辱とUTMBへのカムバックを同年に狙うなんて、どれだけタフなんだ」といった驚きと期待の声が溢れています。2022年に彼が成し遂げた「Hardrock 100優勝・Sierre-Zinal 4位・UTMB優勝」という史上最強シーズンの記憶が蘇るファンも多いようです。
フランスの『Esprit Trail』やスペインの『MARCA』などのメディアも、「対立を乗り越え、4度優勝したレースに帰ってくる」と、単なる出場発表を超えた“カムバック・ストーリー”として大々的に報じています。
Analyst Note:岩佐の視点
今回のキリアンの発表は、現代のトレイルランニングというスポーツが、文化的にも競技的にも新たな成熟のフェーズに入ったことを象徴しています。
最も印象的なのは、彼が単に「不満を表明して立ち去る」のではなく、PTRAというプロ選手の組織を通じて大会側と正面から対話し、状況を改善した上で再びスタートラインに戻ってくるという事実です。急速な商業化が進む中で、アスリートと大会運営がどう健全に共存していくべきか、一つの理想的なプロセスとリーダーシップを示したと言えるでしょう。DogsorCaravanとしても、こうした「対話による関係構築」はスポーツの未来にとって非常にポジティブなニュースだと捉えています。
また競技面に目を向けても、彼のチャレンジは常軌を逸しています。真夏のカリフォルニアの灼熱と走れるコースが特徴のウェスタンステイツに対応し、そこから数週間でアルプスの超高速短距離レース(シエール・ツィナル Sierre-Zinal)へピーキングを合わせ、最後に秋の過酷な山岳100マイル(UTMB)を制する。それぞれのレースで求められるフィジカルとタクティクスは全く異なります。
「家族との時間を大切にしたい」「環境に配慮した選択をしたい」という、一人の人間としての等身大のメッセージを発信しながら、同時にこれほどまでに苛烈な競技的ハードルに挑む。2026年は、キリアン・ジョルネというアスリートの奥深さを、私たちがまざまざと見せつけられるシーズンになるに違いありません。カリフォルニアのオリンピックバレー、スイスの美しい街であるシエール、そしてアルピニズム発祥の地であるシャモニーのスタートラインに彼が立つとき、どんなドラマが続くのか、世界が固唾を呑んで見守ることでしょう。













