王者の執念と劇的な逆転劇。Transgrancanaria 2026「Maraton」はアントニオ・マルティネスとイクラム・ハルサラが制す

スペイン・カナリア諸島で開催中の「Transgrancanaria 2026」。ワールド・トレイル・メジャーズ(WTM)の一戦として世界中から熱視線が注がれる中、3月6日(金)午前に行われた距離47km、累積標高(登り)1,800m/(下り)2,800mの「Maraton」カテゴリーは、予測不能な天候と激しい順位の入れ替わりが交錯する、大会史に残る名勝負となりました。

Photo: David Delfour and Miguel Travieso)

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気候のコントラストと筋肉を破壊するハイスピードなコース設定

過去最多規模となる1,800人が参加したこのレースは、島の中央部に位置する内陸部の村テヘダ(Tejeda)をスタートし、南部の海岸沿いであるマスパロマス(Maspalomas)を目指すワンウェイのコース設定です。特徴的なのは、登りよりも下りが1,000mも多い「下り基調」であること。これはランナーの大腿四頭筋に想像を絶するダメージを与え、後半の走力を容赦なく奪い去ります。

さらに選手を苦しめたのが、カナリア諸島特有の激しい気候のコントラストでした。スタート地点のテヘダは雨に見舞われ、冷たい強風により体感温度は8度という厳しい寒さ。多くの選手が厚手のレインウェアを着込んでのスタートとなりました。しかし、標高を下げてゴールに近づくにつれて雲は晴れ、灼熱の太陽が降り注ぐ気候へと一変します。数時間の中で「冬から夏へ」と移動するような劇的な環境変化により、選手はウェアの着脱によるレイヤリングや繊細な水分補給の戦略を求められることになりました。

女子:イクラム・ハルサラの圧倒的スピードと、母となったヌリア・ヒルの粘り

女子レースは、前回王者であり、2025年に出産を経て母となってからのビッグレース復帰戦となったヌリア・ヒル・クラペラ Nuria GIL CLAPERA (ESP)と、ロードレースでも非凡なスピードを持つイクラム・ハルサラ・ラクタブ Ikram KHARSALLA LAKTAB (ESP)の一騎打ちとなりました。

序盤の登り基調のトレイルでは、連覇を狙うヌリアが力強くレースを支配しました。途中のエイドステーションで夫が抱く我が子にキスをしてから飛び出していく姿は、母としての新たな強さを感じさせるシーンでした。

しかし、中盤に待ち受けるテクニカルな石畳の下り区間「銀の道(Vía de la Plata)」で、後方を虎視眈々と伺っていたイクラムが鮮やかに逆転します。イクラムはその後、下り基調から緩やかなダートへと変わる平坦区間に入ると、ロードランナーとしての類まれな推進力をいかんなく発揮。振り返ることなくペースを上げ続け、最終的にヌリアに4分以上の差をつける3時間46分21秒で圧勝しました。

敗れはしたものの、ヌリア・ヒルは終盤に激しい足の痙攣に襲われながらも決して歩みを止めず、笑顔で2位を守り抜き、トップアスリートとしての強靭な精神力を証明しました。3位には、ウィンドサーフィン競技から転向したという異色の経歴を持つイタリアのカテリーナ・ステンタ Caterina STENTA (ITA)が入りました。

男子:アントニオ・マルティネス、5度目の正直で悲願の頂点へ

男子レースは、この距離で過去4回出場しながらも最高位が2位と、あと一歩で優勝に届いていなかったアントニオ・マルティネス・ペレス Antonio MARTÍNEZ PÉREZ (ESP)の執念が実を結びました。彼は当初、同週末にメキシコで開催されるUTMBワールドシリーズのレースに出場予定でしたが、現地の事情で大会が直前キャンセルとなり、急遽このグランカナリアに参戦したというドラマを背負っていました。

序盤の登り区間では、大会初日の「エル・ヒガンテ KV」を制した登りのスペシャリスト、エンリ・アイモノド Henri AIMONOD (ITA)が先行します。しかし、アップダウンを終えて本格的な得意の下りに入るとアントニオが猛追し、首位を奪還します。そのままベテランの技で独走するかと思われましたが、レース後半、乾いた岩場が続く過酷な地帯で驚異的な追い上げを見せたのが23歳の若き才能、ミゲル・ベニテス Miguel BENÍTEZ (ESP)でした。

フルマラソン2時間14分のスピードを誇るミゲルは、今年1月のケニア合宿で腸チフスに倒れ、長期間トレーニングから離脱するという絶望的な状況から見事に復活。一時期は王者のアントニオに並び、さらには抜き去ってトップに立つという波乱を巻き起こしました。

しかし、幾多の国際レースをくぐり抜けてきたアントニオは冷静さを失いませんでした。巧みなペーシングで再びミゲルを捉え、終盤のフラットな区間でスパート。3時間26分42秒で悲願の初優勝を飾りました。さらにドラマチックだったのは、最後に2位に食い込んだフラン・アングイタ・バヨ Fran ANGUITA BAYO (ESP)の存在です。昨秋に不整脈を治療する心臓の手術を受けたばかりの彼は、終盤の難所「ビセンテスの峡谷(Barranco de los Vicentes)」で鬼気迫るスパートを見せ、疲労の色が見えたミゲルをかわして見事なカムバックを果たしました。結果として、スペイン勢が表彰台を独占する形となり、地元ファンの大歓声に包まれました。

【DC Analyst Note】

Transgrancanariaの「Maraton」は、その名が示す通り単なる山岳レースの枠に収まらず、ロードマラソンに匹敵するスピード展開と、筋肉を破壊するダウンヒルへの耐性が同時に問われる特異なレースです。今年もそのスピード感は健在でしたが、それ以上に目を引いたのは、選手たちの「背景にある物語」から湧き立つような情熱でした。

ミゲル・ベニテスはケニアで病に倒れ、フラン・アングイタは心臓の手術というキャリアの危機を経て、このスタートラインに立ちました。彼らが絶対王者アントニオ・マルティネスを限界まで追い詰め、三つ巴の死闘を演じたことは、近年のデータ主義や科学的なトレーニングだけでは決して測ることのできない、「人間の魂」の存在を改めて教えてくれました。

また、女子のレースで見せたイクラム・ハルサラの圧倒的なパフォーマンスも特筆に値します。テクニカルなセクションでの巧みな足捌きと、フラットな区間でのロードランナーとしての推進力の融合は、多様なフィールドを横断する現代の「ハイブリッド・アスリート」の一つの完成形と言えます。出産を経て再び表彰台に立った準優勝のヌリアの姿も、女性アスリートのキャリアにおける新しい可能性を示してくれました。

この47kmで繰り広げられた極限の熱狂は、今夜深夜にスタートの号砲が鳴るメインイベント「Classic」(126km)への、これ以上ない最高のプロローグとなりました。

Transgrancanaria Maraton リザルト

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Maraton 47 KM 男子 TOP 6

  1. アントニオ・マルティネス・ペレス Antonio MARTÍNEZ PÉREZ (ESP) 3:26:42
  2. フラン・アングイタ・バヨ Fran ANGUITA BAYO (ESP) 3:27:49
  3. ミゲル・ベニテス Miguel BENÍTEZ (ESP) 3:28:31
  4. ユホ・ユリネン Juho YLINEN (FIN) 3:30:21
  5. マルツェル・ファビアン Marcel FABIAN (POL) 3:31:45
  6. ジョニー・ルナ・リマ Johnny LUNA LIMA (BRA) 3:32:21
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Maraton 47 KM 女子 TOP 6

  1. イクラム・ハルサラ・ラクタブ Ikram KHARSALLA LAKTAB (ESP) 3:46:21
  2. ヌリア・ヒル・クラペラ Nuria GIL CLAPERA (ESP) 3:50:44
  3. カテリーナ・ステンタ Caterina STENTA (ITA) 4:02:49
  4. ヘマ・アレナス・アルカサル Gemma ARENAS ALCAZAR (ESP) 4:11:18
  5. オリヴィア・アンバー Olivia AMBER (USA) 4:30:59
  6. ハンナ・キャンベル Hannah CAMPBELL (USA) 4:35:56
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