老舗の矜持と極限レース「THE KNOCK OUT」。富山「マンゾク」3代目・澤田始の挑戦【Run the World 170】

立山連峰を背後に控える富山県に、一風変わったトレイルランニングイベントがあります。その名も「THE KNOCK OUT(ザ・ノックアウト)」です。

1周約1km、累積標高100mの特設コース。急登とテクニカルな下りが凝縮されたゲレンデを息つく暇もなく駆け上がり、規定タイム内に戻れなかった者は容赦無く「ノックアウト(脱落)」となります。ヒートが進むごとに制限時間は容赦なく削られ、ランナーたちは心臓をバクバクさせながら極限状態へと追い込まれます。タイムリミットを告げる時計の針と闘いながら最後の力を振り絞るその苦悶の表情は、観客の目の前で克明に晒されることになります。

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この、ある種「過酷の極み」とも言える前代未聞のサバイバルレースを仕掛けたのは、富山市で1955年から続く老舗アウトドアショップ「スポーツのマンゾク」の3代目社長、澤田始さんです。

なぜ、伝統ある老舗の若き店主は、あえてこんな尖った規格外のイベントを創り出したのでしょうか。DogsorCaravanのポッドキャスト「Run the World」でのインタビューから、澤田さんが抱く「万の足」を支える哲学と、地域への熱い思い、そしてトレイルランニングという文化の交差点としてのショップの役割を紐解きます。

🎥 フルバージョンのインタビュー音声・動画はこちらからご視聴いただけます。

「万の足」を支える。職人の祖父から受け継ぐマンゾクの哲学

「スポーツのマンゾク」は、来年2027年で創業70周年を迎えます。そのルーツは、澤田さんの祖父が靴職人として立ち上げた「マンゾク靴店」にあります。当時、祖父は登山靴やスキー靴を重厚な一枚革から自作する生粋の職人でした。店名には、単なる顧客満足(Satisfaction)という意味だけでなく、靴職人としての深い矜持と途方もないスケールの願いが込められていました。

「祖父は『万人の足元を支える』という信条を持っていました。万(よろず)の足と書いて、マンゾク。それがうちのルーツなんです」

時代とともに革靴の製造から既製品の小売業へ、そして一般的なスポーツ用品から登山・スキーといった専門性の高いアウトドアギアへと、店は柔軟に形を変えてきました。大学卒業後に一度異業種で社会経験を積んだ澤田さんは、2010年頃に家業へ戻りました。自身を「完全なプレイヤーではない」と客観視するからこそ、顧客のリアルな声に真摯に耳を傾け、現場の知恵を貪欲に吸収してきました。祖父の代から続く「万人の足を支える」という根幹の哲学は、3代目である澤田さんにも色濃く受け継がれています。

昨今のトレイルランニング界では、シューズをはじめとするギアの「軽量化」が至上命題として語られる傾向にあります。数グラムの軽量化がタイムに直結する競技の性質上、それは当然の進化とも言えます。しかし、立山の麓に店を構える澤田さんのアプローチは少し異なります。店頭では顧客の両足の長さやボリュームを正確に実測することはもちろん、その人が「どんな山を、どんなペースで歩き(走り)たいのか」を徹底的にヒアリングし、一人ひとりに最適な一足を提案しています。

「軽さが絶対善ではありません。うちは立山の麓の店ですから、『山で安全に使えること』を第一に考えています。時には、流行りの最軽量モデルではなく、少し重くても岩場でグリップがしっかり効き、足を守ってくれる剛性の高いシューズをあえて提案することもあります。使う人の力量やシーン、そして山に潜むリスクのバランスをどう取るか。そこを対面でしっかりお伝えするのが、私たちの役割だと思っています」

かつて、立山の山小屋関係者から「最近のトレイルランナーはすごい軽装備で来て、大丈夫なんか」と心配の声を寄せられたこともあったといいます。重厚な装備で山と向き合ってきた伝統的な登山のカルチャーと、スピードと身軽さを求める新しいトレイルランニングのカルチャー。老舗としての信頼は、流行に流されることなく両者の間を取り持ちながら、一人ひとりのランナーの「足」と誠実に向き合い続けることから生まれています。

「マンゾクらしくない」挑戦。観戦特化型レースの熱狂

そんな堅実な老舗の店主が、なぜ「THE KNOCK OUT」という異端のレースを生み出したのでしょうか。澤田さんは、従来の長距離トレイルランニングレースが構造的に抱える「観戦のしにくさ」に、一つの明確な答えを出したかったと語ります。

「トレイルランニングって、ひとたび選手が深い山の中に入ってしまうと、応援する側からは誰がどこをどう走っているのか見えにくいんですよね。だからこそ、リフト2本程度のコンパクトなスキー場の中にコースと動線を集約して、『見て応援して楽しめる』レースを作りたかったんです」

1レースは30分以内で決着がつきます。コースがコンパクトにまとまっているため、観客はあちこち移動することなく、会場の中心からレースの全貌を見渡すことができます。目の前で繰り広げられる選手同士の激しい駆け引きや、タイムリミット数秒前に飛び込んでくるドラマチックな生還劇、そして限界まで追い込まれる生々しい表情を、まるでスタジアム競技のように連続して目の当たりにできるのです。

「ロゴのデザインも、心臓バクバクで限界まで追い込むというメッセージを込めて、あえて少し尖ったものにしました。昔からのお客さんには『マンゾクらしくないね』なんて驚かれたりもしますが(笑)」

この規格外の挑戦の背景には、情報化社会における地方専門店の強い危機感もありました。かつては良質な商品を置いておけば口コミだけで顧客が集まる時代もありましたが、今は自ら体験の場を創出し、店の存在意義やカルチャーを広く発信しなければ生き残れません。「モノ売り」から、イベントを通じた新しい体験価値を提供する「コト売り」への大胆なシフト。澤田さんの型破りな挑戦は、老舗の暖簾を未来へ繋ぐための、極めて戦略的な一手でもあったのです。

あわすのスキー場への恩返し。そして15年後の未来へ

「THE KNOCK OUT」の舞台となる富山市の「あわすのスキー場」。数あるフィールドの中からこの場所を選んだのには、澤田さんの強い「地域への思い」があります。

あわすのスキー場は6年前、深刻な経営難から一度は閉鎖の危機に瀕しました。しかし、長年この場所を愛してきた地元の有志たちが立ち上がり、NPO法人の運営という形で奇跡的な再建を果たしたという背景を持っています。

「地元のスキー場をなんとかして応援したい。この大会を通じて、あわすのスキー場に人が集まり、その魅力を改めて知ってもらい、少しでも収益の機会を作ることができればと思ったんです」

興味深いことに、このスキー場は周辺の里山への登山口としての顔も持っています。第1回の大会中には、通りがかりのハイカーたちが足を止め、息を切らして駆け上がるランナーたちに驚きつつも温かい声援を送る姿が見られたといいます。クラシックな登山のカルチャーと、新しいトレイルランニングの熱狂が、この山の斜面で自然と交差しているのです。

今年4月19日に開催される第2回大会では、新たに「キッズコース」が新設されます。これも昨年の大会で、過酷なレースが繰り広げられる会場の片隅で、子どもたちが無邪気に泥だらけになって遊んでいる光景を目にしたことがきっかけでした。

「今、小学生の子どもたちが、15年後、20年後に大人になった時、富山の山でこういう遊びを当たり前のように楽しんでくれていたら最高ですよね。目の前の盛り上がりだけでなく、未来を見据えて、いろんな人に山での経験をしてもらう場を作っていきたいんです」

靴職人の祖父から受け継いだ「万の足」を支える実直さと、限界を楽しむ熱狂的なレース。一見相反する二つの要素の根底に力強く流れているのは、山を愛するすべての人々への深いリスペクトと、富山の豊かなフィールドの未来を次世代へ育もうとする、温かな情熱なのです。

🏃‍♂️ 大会情報 & 店舗情報

第2回 THE KNOCK OUT(ザ・ノックアウト)

有限会社スポーツのマンゾク

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