[DC] 熊野古道・小辺路 トレイルランニング・フィールドガイド

先週末の10月12日〜14日に奈良県が株式会社ゴールドウィンなどとともに開催された「トレイルランニングアカデミーin熊野古道小辺路」。高野山金剛峯寺から1000m級の3つのピークを、それぞれ700~900mの標高差を登って越えて熊野本宮大社に至る約70キロ。この小辺路の行程をトレイルランニングで巡る「旅」に当サイトも約50名の参加者の皆様、奈良県やThe North Faceアスリートの鏑木毅さん、横山峰弘さん、大内直樹さん、松永紘明さんを初めとする関係の皆様に同行させていただきました。その模様はThe North Face (Japan)のTwitterアカウントやFacebookベージを通じてお伝えしました。

ここでは、今回の「旅」をふり返って、トレイルランナーの視点からこの熊野古道・小辺路の歴史、コースのポイントやツアーを計画する上で参考となる情報を紹介します。

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熊野古道という世界遺産となっているトレイルに足を踏み入れてみたいランナーは多いと思いますが、交通のアクセスやエスケープする場合のプラン、宿泊などの情報はあまりまとまっておらず、実際に足を踏み入れるのはためらわれることも多いと思います。そんなランナーの皆様が小辺路に足を運ぶきっかけとなれば幸いです。

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ツアースタート前の奈良県、TNFの皆様

 

熊野古道・小辺路とは

2004年に「紀伊山地の霊場と参詣道」としてユネスコの世界遺産に登録された熊野古道。神聖なみち、いわゆる「パワースポット」として知られる熊野古道について知るには、熊野信仰に遡ることになる。

大まかにいえば、古くから修験道の修行の地とされてきた熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)を仏教でいう浄土とみなすのが熊野信仰であり、古くは皇族や高貴な人物が、のちには民衆が熊野三山を参拝するようになった。山岳信仰と仏教、神道が入り組んでいるわけだが、江戸時代後期から神仏分離が進められると熊野信仰から盛時の勢いは失われる。逆にいえば、200年ほど昔までは現在よりもずっと熊野信仰は活発だったわけだ。

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(図は熊野古道|熊野本宮観光協会より)

熊野三山への主な参拝道として、紀伊路、小辺路、中辺路、大辺路、伊勢路がある(大峯奥駆道は参拝道というよりは修験道の修行の場という性格が強い)。最も参拝者が多かったのは田辺から熊野本宮大社へ至る中辺路だった。

小辺路は高野山から熊野本宮大社へ至る約70キロの道のりで、そのルートは大峯奥駆道についで、参拝道の中では最も険しい山道だ。しかし、京都や大阪方面から弘法大師が開いた真言宗の本山・高野山金剛峯寺という聖地に向かい、そこから熊野に向かうのはハードなルートではあっても短い期間に多くの聖地をたどれるお得なルートであったに違いない。

また、小辺路は熊野信仰が盛んになる以前から、地域の住人の生活道路として様々な物資が往来していた。

 

トレイルランニングのコースとしてみた小辺路

こうした歴史を経てきた小辺路は、現代では一部が舗装道路となっているが、道標などもよく整ったハイキングコースとして整備されている。約70キロの累積獲得高度は3,300mD+ほどのロングトレイル。下で紹介するように大きな三つの峠越えがあり、登り下りのメリハリの利いた手応えのあるルートだ。今回のツアーでご一緒した鏑木毅さんによれば、UTMBに現れるセーニュ峠などの大きな峠越えを思い出させるという。

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また、参詣道、生活道として利用されてきたことから途中にはいくつかの集落や山中の集落跡、信仰の場などがあり、これらの歴史をたどって来し方に思いを馳せるのも楽しい。

ただ、京阪神方面から登山道へのアクセスにはかなりの時間がかかることから、70キロの道のりを全てたどるならかなり力のあるトレイルランナーで一泊、通常なら余裕をもって二泊は途中でする必要がある。途中でエスケープ、あるいは熊野本宮大社まで完走した場合でもそこから京阪神方面へは4-5時間はかかるとみる必要がある。そのせいか、今回のツアーでも一般のハイカーは野迫川村の大股あたりで一組に出会っただけだった。また、ルートの途中に幕営地はない(無人の避難小屋は2カ所あった)ので、基本的には宿泊地を予め決めて宿を予約しておくことが必要になる。

十分準備と計画を練った上で、まとまった休みが取れる時にチャレンジしてみてはどうだろうか。

 

小辺路のルート紹介

今回の「トレイルランニング・アカデミーin熊野古道小辺路」の行程をもとに、小辺路の概要を紹介すると以下の通りとなる。

    1. スタートの高野山
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小辺路のスタートは高野山。ガイドマップなどでは金剛峯寺の目の前にある千手院橋バス停をスタート地点としている。この高野山は金剛峯寺を中心にたくさんの寺院や宿坊が集まる宗教都市。これから走る小辺路だけでなく、女人道、町石道、転軸山周遊ルートなど周囲には多くのハイキングルートがあり、宿坊に泊まって参詣かたがたこれらのルートを巡るのも楽しい過ごし方になりそうだ。

今回のツアーでは午後に参加者の皆さんが集合して、午後2時半頃に小辺路の旅をスタート。

 

    1. 水ヶ峰越え〜野迫川村・大股まで

最初のうちの高野山の門前町を抜けるまではいくつか分岐を間違えないようにしてロードを登る。いずれも道標が出ているので見落とさなければ間違えることはないだろう。ろくろ峠、薄峠とゆるやかなアップダウンを繰り返す。

スタートから7.5kmほどで高野龍神スカイラインに一旦合流する。相応に交通量のある舗装路を水ヶ峰分岐まで1.7キロほど。今回のツアーでは安全のためこの間は参加者の皆さんでバスで移動した。小辺路の一部が舗装路になってしまっているので趣きはそがれるが、古道を活用しなければ車道を作ることができないほど、厳しい地形なのだともいえるだろう。水ヶ峰分岐からは未舗装の林道へ。

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ゆるい下りを進んで水ヶ峰から4.7kmほどで平辻の標識がある。ここからしばらくは走りやすいダウンヒル。高野山から16.8kmで野迫川村の大股バス停に到着する。今回のツアーは大股バス停には向かわず、途中の分岐を西にそれて今回の宿泊地であるホテルのせがわに向かった。到着は午後4時半頃。

高野山の出発が午後になった場合は無理せずここで宿泊するのが賢明か。ホテルのせがわの近くには北今西キャンプ場、宮の向いキャンプ場があり、ここで野営というのもいいかもしれない。いずれもホテルのせがわで受付をしているようだ。ホテルのせがわは天然温泉も楽しめ、カモ・シシ・キジのカシキ鍋も味わえる良質な宿。ちなみにこのあたりではauの携帯電話の電波は入らなかったが、ホテルにWiFiのアクセスポイントがあり、インターネットに接続することができた。

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ホテルのせがわの入口前にて

 

    1. 伯母子峠越え〜十津川村・三浦口まで
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今回のツアーでは、二日目の午前7時半にはホテルのせがわを出発。ここから山小屋(無人の避難小屋)のある伯母子峠までは6.6kmほどだが標高は670mくらいから1246mまでの手応えのある登り。特に登りはじめが急だ。静かなトレイル。伯母子峠が近づいてくると、道標があり、左から山小屋、伯母子岳、護摩壇山へと分岐している。山小屋に向かうと伯母子峠にいたるが、15分程度で登れる伯母子岳の頂上からは周囲の山々が360度で見渡すことができる。山頂からはそのまま山小屋(伯母子峠)に向かうこともできる。

伯母子峠の山小屋はさほど大きくないが、宿泊道具や食料を備えたファストパッキングのスタイルならここでビバークするのもありかもしれない。

 

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伯母子峠。背後にみえるのが山小屋。

 

伯母子峠からは三浦口まで9.3kmに及ぶ長い下り。あまり難しいところはないが、一部台風災害の影響が残るのか、トレイルが崩れているところに迂回路が設けられている。途中には昭和の初めまでは旅籠を営んでいたという上西家跡や水ヶ元茶屋跡、待平屋敷跡などがある。いずれも建物はなく、開けた場所に石垣などの土台が残るだけだが、かつてはこの小辺路を物資を運んだりする人々が往来していた様子を思い起こさせてくれる。

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上西家跡からは時々急な下りが現れる。今回のツアーではこのあたりでトレイルのすぐ脇にハチの巣があり、驚いたハチに刺された人がいたが、応急処置が奏功して大事には至らなかった。

徐々に下りの傾斜がきつくなり、眼下に神納川の川面がみえてくる。道標の三田谷橋の表示をたどっていくと三浦口に到着。ツアーでは現在は廃校となっている旧五百瀬小学校で休憩。こちらには元は音楽室だった教室に整骨院「安心堂」があり、廊下にはちょっとした無人販売所もある。三浦口のある神納川地区には農家民宿の「政所」さん、「山本」さんがある(かんのがわHBP)。早朝に高野山を出発するなら、ここで一泊して翌日に熊野本宮大社を目指すこともできるだろう。

大股から三浦口までは15.9km。

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五百瀬にある農家民宿「政所」。文化財に指定されている住宅。

 

    1. 三浦峠越え〜西中、十津川温泉まで

ツアーでは1時間ほど休憩して、正午過ぎには旧五百瀬小学校を出発。由来となる南北朝時代のエピソードがなんとなくユーモラスな腰抜田の説明板を過ぎてしばらくロードを進むと三浦口バス停の前に出て、船渡橋を渡って登りのトレイルへ。今回は見逃してしまったが、このあたりには美しい棚田の風景が広がるのだとか。再びしばらく急な登りだが途中には吉村家跡防風林がある。かつて旅籠を営んだ吉村家の防風林という巨大な杉の木は樹齢500年だとか。その先のトレイルから少し寄り道すると三十丁の水という湧き水があり、給水可能。

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三浦口から4.5km、標高差で700m強を登り切ると三浦峠。前の伯母子峠への登りもそうだが、UTMBに登場する長い登り坂を思い出させる。登りの標高差は大体同じくらいだろう。三浦峠にはクルマも登ってこれそうな林道が通じており、トイレや案内板などもある。

三浦峠からの下りは西中まで7.4kmの長い下り。途中には菩薩像や出店跡、矢倉観音堂など、かつての小辺路の賑わいが偲ばれる跡がいつくもあるが、これだけ気持ちのよい下りだとトレイルランナーはこれらをすっ飛ばして下ってしまうに違いない。

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三浦峠に到着

西中から十津川温泉までの区間は7.3kmの国道425号線の舗装路となっている。一日3便のバスで30分ほどだが、トレイルランナーなら走るのも悪くない。ゆるやかな下りを走ってみると西川沿いに広がる集落をとおるが、小さな商店があったり、鍛冶屋さんがあったり、地元の人から声をかけられたり。鏑木さん曰く、よそからきた旅人にオープンな様子はヨーロッパの田舎町を走ったのを思い出させる、とのこと。

三浦口から十津川温泉までは19.2km。十津川温泉やお隣の上湯温泉さらに国道168号線でつながる湯泉地温泉は源泉掛け流しの豊富な湯量をほこる温泉地。宿泊でも日帰りでも温泉を楽しめる。今回のツアーでは昴の里で宿泊。西中から走って到着したのは午後3時半過ぎ。宿の前には芝生の広場が広がり、裸足でダウンジョグを楽しんだ。ちなみにこちらでは主な携帯電話各社の電波が入っていた。

 

    1. 果無峠越え〜熊野本宮大社へ
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昴の里にて

ツアーでは三日目の午前8時に昴の里を出発。上湯川にかかる長い吊り橋をびびりながら渡って急な石畳や民家の軒先を登るとまもなく果無集落に到着。かつては茶屋を営んでいたというお宅の前にはトイレもあり湧き水を引いた水場があったり、縁側に腰掛けて休むこともできる。少し休んでから集落を通り過ぎてふり返ると、十津川温泉と川と山の風景が眼下に広がっている。

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集落を出ると長い登り。昴の里から果無峠までは5kmで標高差900mほどの大きな登り。途中には観音堂や釈迦ヶ岳など大峯方面を臨める開けた場所もある。

さらに西国三十三観音が八木尾までのあいだに置かれており、これをたどりながら登れば 少しは気も紛れるかも。果無峠は樹林帯の中の広場で眺望はない。

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果無峠から七色集落への分岐を経て八木尾までもゆるい下りで走りやすい。しかし、今回のツアーでは七色集落への分岐で集落におり、ロードに下りる。このあたりで奈良県から和歌山県へと県境を越えるのだが、ツアーの形で大勢でここを走って通過することはまだ和歌山県側の了解が得られなかったとのこと。個人でいくならここはぜひ熊野本宮大社までを足でコンプリートしたいところ。我割れば七色集落で棚田を長めながらくつろいでおられたご婦人方とお話ししてからバスに乗って熊野本宮大社へ。三浦口から果無峠を経て八木尾までが10.4km、柳尾から熊野本宮大社まで4.6km。

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熊野本宮大社。ツアーでは正式参拝をした。

 

アクセス・リソース

(高野山までのアクセス)

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電車では大阪の南海なんば駅から南海高野線・高野山極楽橋行きに乗車。極楽橋駅までは特急で90分、急行で100分。終点の極楽橋駅からケーブルカーに乗り換えて高野山駅まで5分。

(野迫川村のアクセス)

小辺路のコースからは少し離れるが、立里荒神社まで高野山駅前から南海りんかんバスのバスが出ている。一日二便で約1時間。

(十津川温泉のアクセス)

大阪、京都、名古屋方面に出るなら、近鉄大和八木駅から奈良交通バスで約4時間。和歌山市や関西国際空港方面ならJR五条駅から奈良交通バスで約2時間半。

(熊野本宮大社のアクセス)

南紀白浜空港へ本宮大社前バス停から明光バスで一日二便、1時間20分ほど。JR紀勢本線紀伊田辺駅まで龍神バス、新宮駅まで奈良交通・熊野交通。熊野本宮大社からはバスやタクシーなどで川湯温泉、湯の峰温泉、渡瀬温泉などにアクセス可能。宿泊の他公衆浴場もある。

(小辺路の登山マップ)

現時点では小辺路をカバーする登山地図などは市販されていないが、十津川村が作成された小辺路の登山マップが以下のサイトでPDFでダウンロードできる。地図だけでなく細かい分岐や見どころ、トイレや自販機などが書き込まれているほか、主なバスなどの時刻表もあり、小辺路でトレイルランニングをするなら事前に目を通して行程を確認しておきたい。

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世界遺産登山マップ ~熊野参詣路小辺路~

(マップのPDFをダウンロードできるページ)

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