[DC] ブックレビュー/手軽な入門ガイドにみえて思索と教養に支えられて読み応えあり・中村則彦「トレイルランニングはじめました。」

トレイルランニングというスポーツが知られるにつれて、その様々な解説書も登場している。そうした一冊として登場したのが、中村則彦著「トレイルランニングはじめました。」(誠光堂新光社)。そう、日本のトレイルランニングコミュニティの人気者で、人気ブログ・トレラン大好きの著者、チーム「すぽるちば」の中心人物である「のりさん」が書いた本だ。

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こうしたスポーツの解説本といえば、トップレベルの選手や指導者が書くもの、という常識を裏切るのりさんによる解説本。はたしてどんな内容かと早速その著書を手に取ったが、よい方向に期待を裏切られた。

充実した内容だが、そこには確かにのりさんらしいユーモアと小ネタが随所に織り交ぜられている。話題はのりさん自身がトレイルランニングをはじめたきっかけから鏑木さんや仲間との出会いへというストーリーに始まり、トレーニングの実践的な取り組み方、レースへの準備、山を楽しむための装備に至るまで、かなり具体的な内容が的確につづられている。

本書を読んでの印象をまとめておきたい。

本書の目次

  1. トレイルランニングをはじめたきっかけ
  2. トレイルランニングの魅力
  3. 知っておきたいトレイルランニングの基礎知識
  4. より速くなるためのトレーニング実践編
  5. レース出場から、ついにUTMBへ!
  6. 全国トレイルランニング・コースガイド
  7. 全国トレイルランニング・レースガイド

普通の人がトレイルランニングにのめり込むまで、リアルな内容

本書の著者「のりさん」こと中村則彦さんはここ数年で国内のハードなトレイルランニングレースを次々に完走。富士登山競走はライフワークといい、今年の夏には二度目のUTMB(ウルトラトレイル・デュ・モンブラン)完走を目指している45歳。

そんな話からは、さぞや体力自慢で優れた運動神経の持ち主、ストイックで控えめな人物像が思い浮かぶ。しかし、実際には学生時代から会社勤めを始めて40歳でランニングを始めるまで、スポーツはほとんどしたことがなかったという。そして実際にのりさんと会って話してみれば、人一倍大きな笑い声、トレラン仲間と集まれば飲みに繰り出すという豪放な人柄といった具合で、期待を裏切られるだろう。

当方はのりさんがトレイルランニングに出会ってからまもない2009年の秋に知り合った。それ以来、間近で見聞きしてきたのりさんの経験やここに至るまでの思いが、本書の第一章、第二章、そして第五章には率直につづられている。読んでいるとこちらまで面映ゆい気持ちがするほどだ。

なにかの趣味に出会うことで人の生き方や価値観に変化が起きた、という話はよく聞く。しかし、トレイルランニングというスポーツはとりわけそうした話を聞くことが多いような気がする。雄大で刻々と変わりゆく自然の中に身をおくことで自分の存在の小ささを知る。始めるまではとても不可能に思えた長い距離・時間を走り続けることで自分の限界を押し広げていくことの達成感。同じ経験を共有する仲間のランナーへの共感と一体感。長時間走り続ける間の瞑想と悟りに似た体験。そんなことがランナー仲間では話題になることが多いが、このあたりをのりさんは次のように記している。

登りの心臓をしめつけるような苦しさ、下りを駆け降りる時の爽快感。
いずれも、その瞬間は頭の中が空っぽになり、まっ白になります。この頭が空っぽになることが、私をトレイルに駆り立てるのかもしれません。(p.43)

トレイルランニングをまだ経験していない人にとっては、のりさんの経験談に胸を踊らされることだろう。また、経験しているランナーにとっては、自分が体験した感覚や印象をのりさんの言葉を通じて追体験することができるに違いない。

トレーニング、レースへの取り組み方、装備についても幅広い話題を充実した内容でカバー

一方、第三章、第四章はトレイルランニングにこれから取り組みたい人への実践的なテキストとなっている。

このテキストがなかなか秀逸な出来だ。必要な装備や登りや下りの走り方のテクニック、ストレッチなどのメンテナンスなどの内容が、鏑木毅さんの監修により質の高い内容になっているのはもちろんだ。

しかし、それだけではなく、それぞれの内容について、のりさん自身の経験や考え方を書き添えられている。こうしたテキストはトップレベルの選手や、スポーツブランドによる模範的な内容になることが多いが、本書では一つ一つの項目についてのりさん自身のメッセージが込められていることに気づく。全くはじめてトレイルランニングにふれる人はもちろん、すでに何かの機会に同じようなレクチャーを受けたという人にとっても、のりさんの一言から何かに気づいたり、にやりとさせられたりするに違いない。

なお、必要なウェアやアイテムとして写真で登場するシューズやシャツ、バックパックがいずれも本人愛用の品であることに当方もニヤリとさせられた。のりさんは基本的には気に入ったものを使い込むタイプだ。

「のりさん」の人柄が全面に出た記述、読んでいて飽きない

トレイルランニングのように、世に知られるようになって日が浅いスポーツの紹介本を、例えば鏑木さんのような第一人者ではなく、のりさんのような熱烈な愛好家が書くというのは、面白い企画ではあるが実際に読み応えのある内容にすることは、大変なことに違いない。

2013-07-13 11.19.11

のりさん、こと中村則彦さん。今年のおんたけウルトラにて。 by Koichi Iwasa

この点において本書が成功しているのは、やはり著者であるのりさんの才能によるところが大きい。レースや打ち上げの飲み会で周りを楽しませるのがのりさんの一面なら、かれこれ5年にわたって毎日綴るトレラン大好きでみせるオリジナリティのある思索とそれを支える教養(時々かなり路線を脱線しているが)もまた彼の一面だ。本書では後者の一面が遺憾なく発揮されている。

なお、そうしたのりさんの個性と才能がもっとも発揮されているのが、本書の第五章「レース出場から、ついにUTMBへ!」だろう。本書を手に取った方にはこの第五章には忘れずに(むしろ一番に)目を通していただきたい。

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