[DC] レビュー・映画「In the High Country」トニーがランドスケープと向きあう姿を捉えた35分

先月公開された映画「In the High Country」はアメリカのトレイルランナー、アントン(トニー)・クルピチカ/Anton (Tony) Krupicka が昨年2013年にコロラド州のロッキー山脈での活動を追った35分の作品です。以下は当サイト・岩佐によるこの映画の見どころの紹介です。

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  • 映画「In the High Country」はVimeoで$15で一年間ストリーミングで視聴可能な他、600MB強のサイズのMP4ファイルをダウンロードすることもできます。下の動画は予告編です。

In the High Country (official teaser) from Joel Wolpert on Vimeo.

(予告編)In the High Country – a running film featuring Anton Krupicka supported by Ultimate Direction – YouTube

アメリカのトレイルランニングのスター、トニーとは

アントン(トニー)・クルピチカ/Anton (Tony) Krupicka(以下、トニー) はアメリカ・コロラド州在住の29歳。学生の頃からクロスカントリー走に取り組んできたが、その存在が注目を集めたのは2007年と2008年のLeadville Trail 100という100マイルのトレイルランニングレースで優勝し、当時のコースレコードを更新した頃から。
彫りの深い顔立ちとシャツを着ずに上半身裸で肩まで伸びた長い髪をなびかせてスタイルは一度みたら忘れられない。その後、2011年のシーズンに脚を怪我してからレースから遠ざかっていたが、昨年からレースにも復帰。現時点では劇的な勝利を収めるシーンは見られていないが、トレイルランニングというスポーツの象徴的存在として、注目を集め続けている。
トニーの経歴などについては当サイトの以下の記事をご覧ください。

壮大な風景、厳しい自然、途方もないチャレンジを描く美しい映像

この映画を楽しむのに予備知識や難しい話は必要ない。映画は幾つかの章からなるが、込み入ったストーリーや英語での難解な会話などはなく、全編がジョエル・ウォルパート/Joel Wolpert 監督による明るく美しい映像で展開される。

まず最初に登場するのは、トニーの生まれ故郷であるネブラスカ州の農村、Niobraraだ。トニーが育った農場と生家、そこから見渡す限り続く緩くアップダウンを繰り返す未舗装の道はトニーが子供の頃から走っていた道だ。父親のロニー/Ronnieさんも登場する。そして彼が現在住んでいるボルダーのフラットアイアンの岸壁を駆け上がる迫力がありながらもユーモラスなシーンが続く。

夏の間、山を求めて毎日ロッキー山脈のトレイルに入るトニーは、ステーションワゴンに生活道具を詰め込んで登山口で寝泊まりして早朝から山に入る毎日を過ごす。

秋になって気温が下がってきてもトニーは山に入り続ける。Alexander Chimneyという岸壁を登るシーンは圧巻だ。ほとんど垂直の岸壁をロープも使わずに登る。雪渓の上に小石や砂がかかった難しいパート、岩のチムニーには流れる水が凍りつき、ホールドを取るのも困難。トニーはとにかく登るしかないといいながらも時に難しいルートを前にため息をつき、かじかんだ手を擦り、動きを止めて頭を抱える。

ささくれた足の指の爪は内出血で真っ黒、しもやけの足の指にはダクトテープ。スネからは出血。

ロッキー山脈の険しい岩場の先にあるピークやボルダー近郊のトレイルのスケールの大きさに圧倒される。

これらの映像がこうした形で観られるということにまず感激だ。トニーのビデオをこれまでも撮影しているジョエル・ウォルパート監督はトレイルランニング、クライミングでも相当の実力の持ち主だが、トニーと一緒に岩壁をカメラを片手に登りながら撮影したとのこと。ジョエルという才能があって我々はこの映像を見ることができる。

風景と自分が一体となること

こうした厳しくも美しい映像にどんなメッセージが読み取れるだろうか。時々挿まれるトニーのナレーションから当方が読み取ったのは自然に浸り切ることで自分が何者であるかを知りたいという切ないほどの純粋な彼の思いだ。

これも読む
【書評】アメリカ横断の走る旅とアメリカの素顔の記録・リッキー・ゲイツ「アメリカをめぐる旅 3,700マイルを走って見つけた、僕たちのこと。」

トニーのナレーションの一部を紹介してみよう(いずれも当方による訳)。

「登り下りを繰り返す砂利の道、農場の中のダブルトラック、牛の通り道。風景が交わるところではその様子を確かめる。そこで感じる風景への親しみ。どの道もどの石も知り尽くしている。そんなふうに風景と結びつくには時間と努力が必要。何マイルも数えきれないほど走る。こうしてできた風景(ランドスケープ)との結びつきが故郷の定義になる。そして故郷は自分という人間を決める。」

「山の中で過ごす時間が長くなるほど、山の自然の動きがわかるようになる。精神的にも肉体的にも山とどう折り合いをつけるかがわかるようになる。山は人間など取るに足らない、無力な存在だと教えてくれる。山にいてそんなことを知るにつれて時間や境い目は風景そのものに溶け込んでしまう。人間と山の境い目もぼやけてくる。風景と自分が一体となり、境い目がなくなる。その時、本当に山は自分にとっての居場所になる。」

一つの課題や関心事を徹底的に何度も繰り返すことにより、その対象を知り尽くすうちに自分自身がその対象と一体となったと感じるまでに変化していく。その時、何か新しいことを知ったり新しい力を身につけたりするが、それはもはや自分の中から出てきたものなのか、何かが与えてくれたのかはわからない。ただ、それはそうしなければ起こらなかった変化に違いない。

どこか、宗教家や哲学者、自然の真理を求める科学者にも見えてくる。キャッチーなスタイルと破天荒な山への取組み方の根元にあるトニーの熱い思いは、スタイルや対象は違えど、誰もを何かに駆り立てる。そしてトレイルランニングというスポーツの可能性を教えてくれる。

またネブラスカ州の広大な平原やロッキー山脈の険しい山々がトニーという人間を作っているというなら、日本に住む我々はどうだろうか。コロラドにせよネブラスカにせよ、風景のスケールは大きいがどこか単調で、一方の日本は山、森、水、河が多様な風景を作り出し、それらが急激なアップダウンを繰り返すトレイルですぐ近くに結ばれている。そんな日本のトレイルランナーはどんな自分を見つけるだろうか。

現在、映画「In the High Country」は下のリンク先にあるVimeoのウェブサイトで$15で一年間ストリーミングで視聴可能な他、600MB強のサイズのMP4ファイルをダウンロードすることもできる。
今年の日本は残暑が厳しくなりそうだが、美しくも刺激的なこの映画で自分の山への思い、自分という人間を作っている土地や自然について考えてみてはどうだろうか。ジョエル・ウォルパート監督、35分。

(参考)

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