スタートから23時間と少し、73マイル地点で時間切れでドロップ(リタイア)。当サイト・岩佐が今年唯一のレースにしていたアメリカでの100マイルレースの結果です。これが全てですが、ご興味ある方はこのカスケードクレスト 100 / Cascade Crest 100の参加レポートをご覧ください。
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Cascade Crest 100とは
アメリカ北西部のワシントン州シアトルから120キロ。カスケード山脈の尾根を越え、美しい湖を眺めるコースは小さな麓の街、イーストン/Eastonをスタート・フィニッシュとする100マイルの一周コース。今年で16年目を迎えた100マイルのトレイルランニングレース、カスケードクレスト 100 / Cascade Crest 100は今年も8月23日土曜日に150人のランナーが集まってスタートしました。
トレイルランニングの盛んなアメリカでも16年の歴史を持つこのイベントは老舗といってもいいでしょう。そしてシアトルといえば、2000年前後にスコット・ジュレックやクリッシー・メール、ハル・コナーなど今日のアメリカのトレイルランニング界のビッグネームが集まっていたかつてのトレイルランニングのメッカ。そこで開催されるこの大会は小さな規模を守り、コースも標高は2000mを超えることがなく全体に走れるトレイルが中心。ある意味ではアメリカらしいトレイルランニングのイベントなのだろう、そう考えてこの大会にエントリーしました。
多くのトレイルランニングレースと同じく、このレースもエントリーでは100マイル以上のレースを完走した経験か半年以内に50マイル以上のレースを完走した経験が求められるうえ、抽選も行われます。
シアトル、そしてイーストンへの旅
広大な国土を持つアメリカのトレイルランニングレースはスタート地点に行くだけでも長い旅が必要になることがありますが、このイベントについては日本からは比較的行きやすいといえます。
東京からはシアトル行きの直行便もあり、シアトルは西海岸有数の大都市なので、宿泊も観光もグルメも買い物も様々な選択肢があります。ランニングにあまり興味のない家族に同行してもらう場合にも何かといい訳ができそうです。シアトルの周辺もさまざまなアウトドア・アクティビティが楽しめそうですが、近郊で手軽に楽しめるところを探すなら、iRunFarのこちらの記事が参考になります。
そして、そのシアトルのダウンタウンからCascade Crestのスタート・フィニッシュの町・イーストンまでは80–90マイルほど。クルマなら一時間半ほどの距離です。レースは例年土曜日の午前10時にスタートするので、会場近くに前泊しなくてもシアトルから当日朝にドライブしてくればよいのも手軽です。
そしてレースの振り返り
トレイルランニングをするのに最高のコンディション、最高のコースでした。それを完走できなかったのはただ自分の体の準備ができていなかったことだけが理由です。
23日土曜日の午前10時にイーストンの町をスタート。しばらく林道を進んでからトレイルに入ります。スタートから最初のピークとなるGoat Peakまでは6マイル。標高差1000m程でWestern Statesの最初の登りと大体同じです。しかし、この登りで既にこの日の運命を悟ることになります。自分の登りがあまりに遅くて後ろからはどんどん抜かれていきます。そして脚はすでに大腿四頭筋が悲鳴を上げる始末。昨年のWestern Statesと同じように早歩きで登っているだけなのに、今回はまるで脚がそれに耐えられない。違うのはレースまでのトレーニングの量でした。ただ、そのことは予め分かってはいたこと。想定していたとおり、32時間の制限時間以内でフィニッシュすることを目標にします。
ここから前半部分のコースの大半は、アメリカ有数のロングトレイル、パシフィック・クレスト・トレイル/PCTと重なります。標高1500m前後のトレイルはこのレースのシンボルマークと同じ高い杉の木を眺めながら尾根を進み、林道を進み、トレイルを進みます。ただここでも少しずつ後ろからやってくるランナーに前を譲りながら進みます。
このPCTのパートに設けられたエイドはいずれも深い山の中で、クルマで入ってくるのはいずれも一苦労しそうなところばかり。それでも飲み物や食べ物が一通り揃った立派なエイドで、スタッフの皆さんも揃って親切です。ただ、まだこの辺りは20マイルや30マイルしか進んでいないのに全然前に進んでおらず、あまりに時間がかかるような感覚がしていました。
いつものように、食べ物を胃が受け付けにくくなりますが、何かを口にするようにして少し胃の辺りに気持ち悪さを感じたら無理に食べずに、コースを進みながら少しずつジェルやバーを口にするようにします。この辺りはこの日は最後までうまく補給のサイクルをまわすことができました。ペースが遅くて補給と消費のずれがあまり起きなかったということもあるでしょう。
ドロップバッグを置いていた34.5マイル地点のStampede Passのエイドにたどり着いたのは既に午後7時近くで日没まで1時間。アメリカのトレイルランニングについて早くから参加していろいろな事情に詳しい村松さんがエイドにおられたので、着替えや補給を手伝っていただきながら、日本からのランナーの皆さんの様子等を聞きます。皆、元気に進んでいるとのこと。Tシャツから長袖のシャツに着替え、ウェストバッグにランニンググローブを追加。ヘッドライトも準備。
最後尾に近いところながら諦めずに進むものの、登りは大した勾配ではないのにほとんど歩いています。昨年のWestern Statesであればこの30–40マイルの辺りといえばずっと走っていて、むしろオーバーペースにならないように抑えなくてはと思っていた辺りです。
日が暮れて、前後のランナーとの間が開いてきます。気温は下がりましたが長袖シャツの上に超軽量のウィンドジャケットを重ね、首元にはマイクロファイバーのヘッドチューブ(Buff状のもの)をつければちょうどよい感じです。指先が冷えるのでグローブをつけます。
まだエイドまではかなり距離があるのに時おり人の歓声が聞こえます。40マイルあたりの林道に出たところに応援の人たち。ビールでも飲んで景気をつけていけ、と目の前に缶ビール。一口だけ(この一口がかなりおいしい)いただいて先に進みます。この辺りは既に真っ暗。相変わらず脚は終わった状態。
47.7マイルのOlallie Meadowにたどり着いたのはもう日付が変わるころ。日本人のエイドスタッフの方と片言の日本語を話すアメリカ人と何か下らない話しをしてからエイドを出ます。こんなちょっとした会話で少し元気になったりするものです。このエイドで食べたラビオリのようなパスタがおいしかったことも覚えているので、この辺りでも胃腸の調子は悪くなかったのでしょう。
やや大きめの岩が転がる林道の急坂を下り、ロープにつかまるしかないような土の急斜面を下りると、エイドのあるHyakへ抜けるトンネルの入り口です。一車線で何の明かりもない2マイル以上もあるトンネルは不気味ですが、ここで後ろからやってきたランナーと一緒に雑談しながら進みます。
52.7マイルのHyakのエイドについたのは午前1時過ぎ。完走できるかどうかギリギリのペース。深夜にもかかわらず、エイドで待っていただいていた村松さんにまた手伝っていただきながら、ドロップバッグを取り出して長袖シャツとウィンドシャツを着替え。ケガもなく胃腸も動いているのだから、とにかく前へ進むだけ。ただペースはいっこうに上がりません。
ここからは途中にKeechelus Ridgeのエイドを挟んで長い未舗装林道を登って下りるパート。真っ暗闇の単調な林道の登りは走るべきところ。ただ今日は脚が鉛のように重い。時おり後ろからペーサーと一緒に来るランナーに抜かれます。Keechelus Ridgeのエイドについた午前4時少し前、トップのランナーがフィニッシュしたと聞きました。それまでほとんど無名ながら今年のWestern Statesで2位に入って話題になったセス・スワンソンというランナーが大会記録を更新して優勝したのだとか。そのセスはこのエイドでも随分余裕がある感じで通過していったとのこと。
下りの林道は少し走って、午前6時頃、67.9マイルのKachess Lakeのエイドに到着。明るくなり始めたエイドには最後尾近くを進むランナーのクルーのクルマがたくさん停まっています。
ここからは5マイル程で最後のドロップバッグがあるエイドへ。ここに午前8時くらいに着ければ完走はできるはず。高低図をみてもここは目立った登り下りがない区間。しかしこのLittle Kachess Lakeの西岸を進むコースは思うように進めないうっとうしいトレイルでした。至る所に渡渉があり、崩れかけた斜面のトレイルを慎重に進み、倒木の上を乗り越える。コースマークを見極めながら進みますが思った以上に時間がかかります。ただ、フィールドアスレチックのように岩や木や沢を越えていくのは楽しくもありました。
73.9マイルのMineral Creekのエイドについたのは午前9時過ぎ。聞けば次の関門締切は登りの7マイルを進んだところにあるNo Name Ridgeで午前11時が締切。ただ前に進むしか、と再びここでTシャツに着替え、補給してから9時半頃に出発。長い林道の登りを進みます。
しかし、進むペースは落ちるばかりの脚で一歩一歩進みながら7マイル(11キロ)で2000フィート(およそ700m)を進むのにどれくらいの時間がかかるかを考えると、1時間半でNo Name Ridgeに進むのは到底無理。関門締切後にそこのスタッフの方を待たせるよりもここで引き返した方が迷惑がかからないのではないか。前に進むことに自分がこだわって人に面倒をかけるのは避けるべきではないか。1マイルちょっと進んだところでそんな結論に至ります。そのとき、訓練なのか戦闘機が低空飛行で2、3回轟音を上げて頭上を通り過ぎます。
来た道を引き返し始めるとすぐにMineral Creekのエイドを既に撤収してきたというスタッフの方たちのクルマがやって来ました。その一台に載せてもらってフィニッシュ地点のイーストンへ。フィニッシュ地点でドロップしたことを告げて、今回のレースが終わりました。
学びと今後に向けて
このカスケードクレスト 100 / Cascade Crest 100は、背筋がぞくぞくするほどのスリルのある高山にいくわけではありませんし、トップレベルの選手が勢揃いする世界の注目レースというわけでもありません。150人のランナーと16年にわたって続いてきたこのイベントを支えるコミュニティの皆さんが作ってきたレースは派手な演出は何もありません(表彰式すらもありません)が、イーストンの小さな消防署を借りた会場には同じレースを走るために集まったランナー、その家族や仲間が楽しそうに互いの健闘を讃え合っています。
今回は天気も気温も荒れることがなくランニングには非常に適した条件でした。自分の装備やウェア、水分やエネルギーの補給も想定の範囲に収まり、不自由は全くありませんでした。
- ちなみに、この8月にシアトルのコミュニティでは有名なウルトラランナー、UltraPedestrian RasがPCTのワシントン州区間の540マイルを13日間で完走することに成功しました。このチャレンジでRasは完全に他からサポートを受けないスタイルをとりました。途中でサポートチームから補給を受けることはもちろん、自力で買い物に町に下りることもなく、トレイルに自制しているベリーを口にすることも自ら禁じました。食料はスタート時に持った29ポンド(13キロ)の自家製保存食だけ、調理はその保存食に水を加えるだけで調理用のコンロはなし。13日間の行動のエネルギー源とする体脂肪を溜め込むため6.8キロの体重増量をしてスタート。寝るのはダウンジャケットを着込んでマットの上に寝るだけで、シェルターなどはなし。Rasの体力や能力が優れているのはもちろんですが、こうしたチャレンジも今回のレースのようなコンディションが続くことが見込めればこそ可能だったに違いないとも思いました。(参考・“UltraPedestrian” Ras on His Unsupported Crossing of Washington)
それだけにこれまで経験したレースと比べての自分の身体的な能力の違いに驚かされました。相当のトレーニングを通じて準備しなければ、100マイルなど走れるわけがない。無論、ベースとなる身体能力が高かったり若い人であれば、思いつきのようにチャレンジしても走れるのでしょうが、もともと平均以下の運動能力しか持ち合わせていない43歳の当方にとっては無理ということなのでしょう。
自分が置かれた事情もあり、ランナーとしての自分に今、明確な目標やねらいはなく、次に走るレースの予定もありません。ただ、今回のカスケードクレスト 100 / Cascade Crest 100のコースを全部駆け抜けて、様々な人と出会い、美しい風景をみることができたら、きっと楽しいに違いないと思います。
叶うならば、またどこかで自分の力を試しながら、多くの人に出会う旅に出たいものです。