原良和/Yoshikazu Hara(HOKA OneOne)さんがウルトラマラソンでまた大きな記録を達成しました。
12月6日に台湾・台北で開催された東呉国際ウルトラマラソン(東吳國際超級馬拉松/Soochow University International Ultra Marathon)は一周400mの陸上トラックを周回する24時間走のレースとして知られていますが、原さんは285.366kmとそれまでの關家良一さんの日本最高記録を10km以上更新して優勝。世界歴代2位という記録を達成しました。
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今年の信越五岳で優勝した際の当サイトとのインタビューでも、原さんはこの東呉国際ウルトラマラソンでの記録達成を目標としていると話していました。
その原さんから、レースレポートを寄稿していただきました。
プロフィール:原 良和(はらよしかず) 1972年8月生まれ。京都大学で陸上部に所属してランナーとしてのキャリアをスタート。2012年サロマ湖100kmウルトラマラソン6時間33分32秒は同年世界ランキング3位。2013年はウルトラトレイル・マウントフジ(UTMF)で優勝したほか、12月の台湾・東呉大学24時間走(Soochow International Ultramarathon)を273.65kmで優勝。今年は信越五岳トレイルランニングレースで10時間17分と大会記録を49分更新して優勝。
ウルトラマラソン界のビッグイベント、東呉国際ウルトラマラソン・24時間走
24時間走のレースは東呉大学という台北にある台湾でも有数の私立大学にある400mトラックで行われます。400mトラックを終始同じ方向に回ると片足に負担がかかりますので、4時間ごとに走行方向が変わります。タイムの計測は靴につけるチップと学生さんによるラップカウンターの併用となります。スタート地点に大きな液晶画面があり自分のラップ、順位を確認できます。今年で14回目の開催です。
大会記録は2002年のイヤニス・クーロス/Yiannis Kourosの284.070km、日本人の大会最高記録は2007年の關家良一さんによる274.884kmでした。ちなみに24時間走の世界記録は1997年のイヤニス・クーロス/Yiannis Kourosによる303.306km、世界歴代2位は2006年のDenis Zhalybinの282.282kmというのも頭に入れていました。(編者注・ウルトラマラソンの歴代世界記録はIAU / International Association of Ultrarunnersのウェブサイトに掲載されています。)
私は昨年のこの大会で273kmを走っていますが、10分以上トラックを歩いたり、数回に分けて30分以上エイドでマッサージを受けたりというロスがありました。それを無くせば280kmは可能と考えていましたが、280 km丁度を目標にするとギリギリ届かなくなる可能性がありますので285~290kmを最終目標に据えていました。
24時間走に向けたコンディション作り
まず今年後半の最大の目標である24時間走にむけてどのような流れで考えていたのかを明らかにしたいと思います。
10月19日の四万十川ウルトラマラソン・100kmは超ロングの練習として走った結果、6:43:24。この4年間で一番ペースダウンのない100kmレースが出来ました(編者注・原さんは2011年から今年までこの大会を四連覇)。11月も走り込みは継続しましたが、50km以上の練習は疲労の蓄積につながるので行っていません。24時間走に向けて昨年は夜間走をしていますが今年は練習の継続を優先して、夜間走は行いませんでした。
その代わり、スピード練習として11月16日にトルコでのイスタンブールマラソンを2:30:06、11月23日に福知山マラソンを2:28:16でそれぞれ走っています。本当は国内でレースを探したのですがうまくいかなかったので、トルコまで単身で遠征しています。敢えて中6日の連戦とした理由は、疲労のある中の2戦目でどのような走りができるか確かめたいからです。
この二つのマラソンでは、余裕をもって前半を走り25~30km以降は(ペースを)上げようと考えていました。結局、2つのレースともほぼ同じように後半重視で走りきっています。敢えて前半から突っ込まない理由としては、自己ベストを狙うレースではないこと、後半潰れて走りがおかしくなると故障のリスクが上がることを考慮しています。以後は走行距離も減らして台湾に乗り込みました。
いよいよ台湾でレース本番を迎える
12月6日朝9時10分頃に24時間走のレースはスタートしました。天候は晴れ。風は吹き、あおられることもあれば弱くなる時間帯もありました。気温は高すぎず低すぎずというまずまずのコンディションでした。
当初は3番手、4番手でレースは進みますが、設定ペース通りでしたので気にせず走りました。序盤で順位を気にしても仕方ないのです。1周1分50~55秒、おおよそ50kmで4時間を切るペースになります。
今回気をつけたのは「いかに止まらず固形物を摂取するか」ということでした。準備したのはインスタントラーメン、インスタントそばうどん、お粥などです。4時間までに固形物も取り始めましたがラーメンを食べながら400mトラックを2分以内で走れたのは自分でも驚きでした。
100kmの通過は想定通り7時間55分くらい、そのあとも1周400mを1分50秒というペースに対してオーバーペースと感じたときはイタリアのIvan Cudinらの後ろに着いて意識的にペースを落としました。
日本記録更新、世界記録にも迫る285kmが見えてきた後半
最初のトラブルは日付が変わった15時間過ぎでした。ラーメンを摂取しすぎたのか食べた直後にエイドで嘔吐してしまいます。ちょうどいい機会だったのでランシャツを脱ぎ、ファイントラックのスキンメッシュ+半袖Tシャツに着替えます。固形物の摂取が怖くなったのでしばらく液体物の摂取で様子を見ました。以後ラーメンをやめてうどん、そば、お粥に切り替えました。
誰もがしんどくなる時間帯ですが、私も午前2時頃はラップが2分を超えることが多くなります。足の重さも感じましたので、シューズをHOKA OneOne / CliftonからRapaNui2 Tarmacに変更しました。安定感、足への衝撃が少し軽くなります。固形物はうどんやお粥を2時間に1回程度とり、あとは液体物ばかりでした。
24時間走日本記録(274.884km、2007年の東呉国際ウルトラマラソン)保持者の關家良一さんからは「チャンスだからさ、出し切れ。びわ湖(毎日マラソン)のことは考えるな」という大変ありがたい激励を走りながらいただきました。
午前6時頃(残り3時間)に明るくなってきます。1時間に10~11kmを走るペースは保てていましたので280kmオーバーを確信しました。あとはどこまで上積みできるか。大会記録はギリギリだと分かっていましたが、悔いを残したくないのでエイドにも入らず、頑張りました。この時間帯に止まると次に走り出すのが大変なのです。1周のラップを戻すまでに2周ほどかかります。
ペースはイーブンかちょっと上げられましたので、ラスト1時間で大会記録更新を確信しました!285kmを超えてからトラックを歩いても良かったのですが、最後の最後まで走りました。足は両足とも限界を超え、股関節や膝も痛みを感じていました。たくさんの観客の方に応援され、日本チームの皆さん、サポートの学生の皆さんに支えられ、285.366kmでレースが終わりました。ありがとうございました。
来年も4月に24時間走世界選手権に挑戦。
2015年4月11日~12日にIAU24時間走世界選手権(2015 IAU 24hr World Championships)がイタリア・トリノにて開催されます。そこでの団体優勝と個人優勝が次の大きな目標になります。どうかご支援ご声援よろしくお願いします。
今回の装備
(編者注・下のリンク先の商品はご参考までに付したもので、原さんが実際に使用したものとはカラーやサイズが異なるものがあります。)
- ランシャツ:Asics / XT–1032 →ファイントラックスキンメッシュ+TNFの半袖Tシャツ(黒)
- ランパン:Asics / XT1532 (黒)
- ソックス:Tabio / レーシングランエアー3D 23~25cm(青)
- ZAMST(ザムスト):LC1 ふくらはぎタイプサポーター(濃紺)
- 夜間のみ ファイントラック:アクティブスキンアームカバー
- シューズ:HOKA OneOne / Clifton(青)→ RapaNui2 Tarmac
- 胃薬、鎮痛薬、制吐剤使用なし