牧草の草原が波打つように広がる美しい前半と小さなアップダウンが無限に続くスリッピーなトレイルがランナーを思いのほか苦しめる後半。先週末の5月13日土曜日にAso Round Trail 阿蘇ラウンドトレイルが熊本県阿蘇の外輪山に沿って一周する108.7kmのコースで開催されました。記念すべき第一回大会のレースを勝ち取ったのは男子が阿蘇出身で2015年STYで2位の森本幸司 Koji Morimoto、女子は福岡在住で霧島・えびの高原で四連覇中の吉田広美 Hiromi Yoshida。優勝タイムはそれぞれ15時間11分、17時間51分でした。スタートラインに立った約270人の選手のうち230人ほどが、制限時間(30時間)となる14日日曜日の午後1時までに俵山交流館萌の里にフィニッシュしました。
当サイトではコース上から今回の阿蘇ラウンドトレイルの模様についてレポートをお送りしました(DogsorCaravanのツイッターアカウント(@DogsorCaravan)、Facebookページ)。
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(写真・コースの中でも絶好のビューポイントとなった大観峰からの眺め。Photo by Koichi Iwasa of DogsorCaravan.com)
美しい牧野の眺めが楽しい前半と、タフな登山道がランナーを苦しめる後半の対比が印象的
大会受付や開会式、コースブリーフィングが行われた大会前日の12日金曜日の九州は雨の一日。阿蘇も午前中から雨足が強くなって大雨警報が発令され、そのまま夜まで強い雨が降り続けました。
大会当日の朝は天気予報よりも少し早く雨が上がり、約270人の選手は定刻通りに午前7時に阿蘇西小学校をスタート。スタート直後の豊後街道の石畳の坂道を登りきって北外輪山に登った約6kmの地点では森本幸司 Koji Morimoto、靏彰吾 Shogo Tsuru、河野健一 Kenichi Kawano、熊本健志 Takeshi Kumamoto、川合宏治 Koji Kawaiの5人がリード。北外輪山に登り切ると一面の牧野がなだらかに広がりますが、朝の早い時間帯は時折濃い霧に包まれます。
その後コースは外輪山からカルデラの内側へと下り、内牧温泉から標高差約500mを再び登り返すことになります。この登りは今回のレースのために整備したトレイルで両手を使ってよじ登るような箇所もある序盤の難所。しかし阿蘇の眺めが楽しめる場所として有名な大観峰にたどり着いた頃にはすっかり霧もなくなり、青空の下に阿蘇五岳が見渡せる最高の眺めが楽しめるようになっていました。スタートから約30kmとなる大観峰へは森本幸司と河野健一が数十メートル差で到着。その後には3分で熊本健志、11分で靏彰吾が続きますが、二人ともやや厳しい表情。8番手の野口直人はトップから17分差でした。
ここからは牧場の中を通った後、再びカルデラの中のエイドステーション(AS2 古城6区公民館 38.2k)へ下り、登り返して再び牧場へ、というコースでこの区間は舗装路が多くなります。さらに午後になって日差しが強くなり気温がどんどん上がります。すずらん公園のエイド(50.7km)の手前2kmほどの牧場では森本幸司と河野健一はぴったり並んでトップを走ります。続くのは熊本健志ですが先頭の二人との差は12分まで広がります。序盤をリードした選手たちがペースを落とす中で、野口直人 Naoto Noguchiがトップから36分で4位に浮上します。東尚樹 Naoki Higashiも野口から7分で7番手と順位を上げてきます。
根子岳山麓の牧場を超えて阿蘇カルデラの南側となる南郷谷に入って最初のエイドとなる高森町町民体育館(66.6km)にも森本幸司と河野健一は一緒に到着。それぞれエイドで補給したのちに待ち合わせるかのように一緒にエイドをあとにします。28分遅れの3番手で熊本健志が到着しましたが、やや厳しい表情。結局、この後の高森峠(76km)でリタイアすることになります。
コースはこの後、九州自然歩道として整備されている南外輪山へと入っていき、トップが高森峠(76km)を通過してしばらくすると日没に。大半のランナーは高森町町民体育館からの40km強は夜の闇の中をライトを頼りに進みます。なお、夜間にトレイルを走ることが想定される大会は九州ではこの阿蘇ラウンドトレイルが初めてです。
レースはついに森本幸司が単独リードで高森峠(76km)に到着、2位の河野健一とは7分差。南外輪山の稜線をたどるコースは地形図には現れない小さなアップダウンが連続するうえに、トレイルを覆う土壌は粘土質のところが多くて滑りやすいため、ランナーを悩ませます。さらに日没後は霧が出て視界がきかなくなりコースをロストしやすい状況になってきました。
阿蘇出身の森本にとって、ここから地蔵峠、俵山と続くコースはなじみのあるトレイル。そのままリードを守って15時間11分で家族が待つ俵山交流館萌の里にフィニッシュ。森本幸司は2015年の霧島・えびの高原60kで優勝しているほか、同年のSTY、Izu Trail Journey、2016年のスパトレイル72kでそれぞれ2位となっていて全国で知られる存在ですが、今回は出身の阿蘇での第一回大会優勝という栄誉を手にしました。
2位には森本から109分差の16時間59分で野口直人がフィニッシュ。福岡在住の野口はUTMFやSTY、OSJおんたけウルトラ100kなどを完走していますが、長距離のトレイルレースで表彰台に立つのは初めて。序盤からレースをリードした選手がペースを次第に落としていく中で、最後まで安定した走りでフィニッシュしました。3位には森本から2時間差で河野健一。昨年の霧島・えびの高原60kのチャンピオンで、ハセツネCUPで5位となった河野は終盤にコースをロストしたことが響いて惜しくも3位まで後退することになりました。4位は後半に着実に順位を上げた東尚樹、5位タイには佐藤拓郎 Takuro Satoと永田清和 Kiyokazu Nagataが続きました。
女子のレースはスタート直後の北外輪山に登った約6kmの地点では宮﨑喜美乃 Kimino Miyazakiが最初に通過し、1分で齋藤美紀 Miki Saito、宮崎から3分で吉田広美 Hiromi Yoshida、4分で木村明日香 Asuka Kimuraが続きました。その後の大観峰まで登ってきた30kmでも宮﨑は笑顔でトップで通過しますが、わずか2分後には女子2位の吉田広美が迫ります。そして宮﨑から19分の3位には和田(旧姓網蔵)久美子 Kumiko Wada, née Amikura。2012年STY2位、2013年UTMF4位の和田はしばらくトレイルのレースから遠ざかっていましたが、先月の奥三河70kでは4位になっています。ただ今回はコース後半に入ってロストしたことが響いて98km地点の地蔵峠でリタイアしています。
すずらん公園(50.7km)にも宮﨑は続く吉田に5分のリードでトップで到着しますが、体調は優れない様子でエイドで少し横になって休むことに。この間に「暑さは得意」という吉田が先にエイドを出発。高森町町民体育館(66.6km)には吉田の宮﨑に対するリードは9分まで拡大します。
ここから吉田はその強さを発揮。先行する男子5位、6位の佐藤、永田に追いつき、そのまま3人でフィニッシュ。吉田広美が17時間51分で女子優勝を果たしました。福岡在住の吉田は2014年にSTYで2位、ハセツネCUPで5位となったのちは関東の大会で活躍する姿を見せていませんが、霧島・えびの高原では2013年の第一回大会から四連覇中とその強さは健在。阿蘇でも後半に入ってからリードを広げる強さを発揮しました。2位には吉田から44分差で宮﨑喜美乃が俵山交流館萌の里で完走。2015年STYでの優勝など、トレイルランニングで頭角を表している若手ですが昨年はケガでレースから遠ざかることに。今回は久しぶりの長距離のレースで2位という結果を出しました。3位はトップから60分差で牛田朱美 Akemi Ushida。大阪在住で2015年STYで8位、昨年は美ヶ原80kで5位、信越五岳で7位という実力派です。4位には昨年11月のFunTrails 100kで優勝の齋藤美紀、5位には同じ昨年のFunTrails 100kで2位の浅原里美 Satomi Asahara、6位は信越五岳で2015年4位、2016年5位の宮島亜希子 Akiko Miyajima、と続きました。
以上紹介した上位選手は深夜の午前3時ぐらいまでにフィニッシュしていますが、多くの選手はその後もコースを進み続けました。今回の阿蘇ラウンドトレイルの制限時間の設定はやや緩めでコース前半でリタイアする選手はほとんどいませんでしが、夜間に入るとリタイアする選手が増え始め、清水峠(85km)、地蔵峠(98km)であわせて20人ほどが棄権することになりました。
九州初の100kmトレイルレースはスケールの大きい景観とタフなコースが魅力
今回開催された阿蘇ラウンドトレイル Aso Round Trailはトレイルランニングの人気が高まっている九州で初めての100kmを超えるトレイルランニングのレースとなり、九州だけでなく全国のトレイルランニングファンの注目を集めていました。阿蘇の外輪山に沿ったコース、特にその前半に当たる北外輪山は牧草に覆われた丘陵がどこまでも広がり、阿蘇谷へと続くカルデラの急斜面も牧草に覆われて優美な曲線を描きます。その景観は日本には他になく、UTMBのフェレ谷を思い出させます。一方、コース後半に南外輪山は本格的な登山道。熊笹のなだらかな斜面を夕日が照らす様子が美しく、強い風がカルデラの内側へ吹き込んだ途端に濃い霧となって南郷谷を埋めていく様子はレユニオン島のマファテ圏谷のようでした。ただ、こうした美しい牧野も毎年野焼きを行うなど、阿蘇の人たちの長年の努力に賜物です。阿蘇ラウンドトレイルはこうした阿蘇の自然と人々の営みを自分の足でたどることができる貴重な機会だといえます。
完走を目指すランナーという視線でみれば、阿蘇ラウンドトレイルのコースは前半と後半(高盛町町民体育館以降)でそれぞれ異なる特徴があることが重要になるでしょう。前半は長いトレイルの登りがあるものの、舗装路のセクションもあり、全体としては走りやすいといえそうです。一方後半は足場の良くないトレイルもある小さな登り下りの連続。夜間となることもあり、距離に比べてかなり時間がかかるコースとなります。また、コースを自分で意識してたどることもトレイルランニングの大事な要素、という考え方からコース上のマーキングはやや控えめ。ロストしないようにするには、地形図とコンパスで地図読みを、とまではいわないまでも、コースがたどる山や峠の名前を頭に入れて道標を見たら自分が地図上のどこにいるのか常に確認することが必要となりそうです。
また、阿蘇を訪れる上では昨年4月の熊本地震による被害やそこからの復興についても忘れるわけにはいきません。阿蘇ラウンドトレイルにランナーとして参加する限りでは地震の影響による不便や危険を感じることはあまりなかったしょうが、今回取材のために車で移動してみると、被害の大きい南阿蘇村を中心に通行止めや工事による交通への影響、鉄道の休止区間、道の駅などの施設の休業といった地震の爪痕を実感しました。阿蘇を訪れることで、阿蘇の地元の皆さんを励まし地震からの復興を応援することができればと願います。
リザルト
以下のリザルトは当サイトが手元で記録したもので、大会公式の記録は大会ウェブサイトに掲載される予定です。
男子 Men
- 森本幸司 Koji Morimoto (The North Face, 杉養蜂園)15:11:24
- 野口直人 Naoto Noguchi 16:59:41
- 河野健一 Kenichi Kawano 17:14:54
- 東尚樹 Naoki Higashi 17:23:53
- 佐藤拓郎 Takuro Sato 17:51:05
- 永田清和 Kiyokazu Nagata 17:51:06
- 川合宏治 Koji Kawai 17:53:32
- 朽見太朗 Taro Kuchimi 18:06:33
- 白石昭司 Shoji Shiraishi 18:20:38
- 三原輝久 Teruhisa Mihara 18:27:44
- 潟和孝 Kazutaka Gata 18:35:56
- 藏園秀作 Shusaku Kurazono 18:35:58
- 多田数進 Kazunobu Tada 18:40:53
- 渡辺敬之 Takayuki Watanabe 18:42:53
- 寸田英利 Hidetoshi Sunda 19:39:23
- 宮崎圭介 Keisuke Miyazaki 19:46:01
- 近藤龍也 Tatsuya Kondo 19:51:30
- 堀田朝和 Tomokazu Hotta 19:54:42
- 松井諒史 Ryoji Matsui 20:05:21
- 西村光二 Koji Nishimura 20:14:54
女子 Women
- 吉田広美 Hiromi Yoshida 17:51:07
- 宮﨑喜美乃 Kimino Miyazaki(The North Face) 18:36:30
- 牛田朱美 Akemi Ushida 18:51:49
- 齋藤美紀 Miki Saito 20:05:23
- 浅原里美 Satomi Asahara 20:25:21