毎年夏に開催されるUTMBは、今や文字どおり世界中からランナーを集める世界最高峰のトレイルランニング・レースの一つです。そのUTMBから、資格ポイントを認められるためにITRA(国際トレイルランニング協会)による有料の審査を受けるよう求められたアメリカのトレイルランニング大会・ハードロック100(Hardrock 100)などが「UTMBの側で資格レースにするのは構わないが、そのために自分たちがカネを払うつもりはない」と表明。UTMBやITRAの姿勢をトレイルランニングを商業化するものとして批判する声がソーシャルメディアで広がっています。
(写真・ITRA会長のミシェル・ポレッティ。Photo by Koichi Iwasa, DogsorCaravan.com)
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【注・当サイトはUTMBの公式メディアパートナーであり、当サイト編集人の岩佐はITRAの個人会員枠の日本代表を務めています。】
UTMBでは、UTMBが認めた様々な大会を完走して得られるポイントを獲得することが出場資格の一つとなっています。以前はポイントを得られる大会についてはUTMBの側で選んでいましたが、2015年大会のエントリーからは、ITRA(国際トレイルランニング協会)の審査により認められた大会についてUTMBがポイントを認めるようになりました。そしてこのITRAによる審査は有料となっています。
きっかけはUTMBからの電子メール
ハードロック100の声明を掲載したアメリカのUltrarunning誌(およびアメリカのTrailrunner誌にも同じ内容の記事が掲載されています)によれば、ことの始まりは最近、UTMBのレース・ディレクターであるカトリーヌ・ポレッティがハードロック100に送った電子メール。キリアン Kilian Jornet(2014年からハードロック100を三連覇中)が今年のUTMBに参加したいのだが、ハードロック100はITRAに会費を払って会員になっていないので、このままではUTMBの出場資格を満たせない、という内容だったとのこと。これに対してハードロックは「キリアンがUTMBに出るためにハードロックがカネを払うことはない」と回答したとのこと。
拒否した理由としてハードロックはいくつかの理由を挙げており、一つは資格ポイントという仕組みはUTMB自身のためのもので他の大会には関係ないこと、二つ目には「UTMBやITRAは営利団体である」として有料審査による資格ポイント制度はトレイルランニングの健全さを損なうことを挙げています。さらにアメリカでは当局による規制のため大規模な商業化されたトレイルランニング大会を開催することは難しく、もしできたとしても多くの人たちがそれはトレイルランニングの精神に反すると考えている、と指摘。
【追記・本記事の公開後の2017年7月3日にITRAはUltrarunning誌などに掲載された見解への回答を発表しました(当サイトによる紹介記事はこちら)。この回答によればハードロック100とITRAのやり取りの事実関係について、このUltrarunning誌の記事と大きく異なる部分があります。この記事の以下の部分には当サイトの意見や解釈が含まれていますが、これはUltrarunning誌に掲載された記事にある事実関係のみに基づくものです。2017.07.04】
キリアンがUTMBへのエントリーに必要なポイントを満たしているかどうかについて、フランスのTrails Endurance誌によれば、UTMBのウェブサイトでは2015年と2016年のハードロック100が資格レースのリストに掲載されており、2015年に出場して優勝しているUltra PirineuとあわせてキリアンはUTMBに必要な15ポイントを満たしている(ハードロックの6ポイント×2回+Ultra Pirineuの5ポイント)模様です。これが事実なら、UTMBはハードロックの主張に折れて無償でハードロックを資格レースに加えたことになります。
ITRAの活動に理解を得るにはもっとコミュニケーションが必要
「UTMBにカネを払わないと資格対象レースになれない」ことを、UTMBとITRAによるカネ儲けだとして批判する声は、UTMBやITRAが拠点を置くフランスにもあり、こうした批判自体は新しいものではありません。しかし、トレイルランニング、ウルトラマラソンの成熟したコミュニティを持つアメリカで、しかもこれまでの歩みやその背景にある精神に深く共感する人が多いハードロック100をはじめとする有名大会の主催者がこうした批判の声を挙げたことは大きな出来事です。「UTMBのポイントのためにカネは払わない」というシンプルなメッセージはアメリカはもちろん、欧州でも日本でも支持を広げるかもしれません。
ただ、「UTMBのポイントのためにカネは払わない」という主張の前提には、UTMBやITRAについての誤解があることも否めません。ITRAによる審査はUTMBとは独立して行われており、どの大会が何ポイントを獲得したかはITRAのウェブサイトで発表されます。また、UTMBの側でもITRAの審査結果を元に独自に判断して資格対象レースに加えるか否かを決めています。UTMBは営利性のある事業かもしれませんが、ITRAについては当サイトでもお伝えしてきた通り世界的に人気が高まるトレイルランニングの健全な成長を促すことを目的とし、営利団体ではありません。また、ITRAの審査が有料だとはいうものの、審査料は1大会につき100ユーロ(約12,700円)であり、その大会がITRAの会員になる場合は審査は無料で会費を支払います。その年会費は大会の規模によりますが50ユーロから500ユーロとなっています。この額をどうみるかはそれぞれの主催者次第でしょうが、ITRAがこれでカネ儲けをするにはあまりに小さい額だといえます。
ただ、そうしたITRAの活動は未だに小規模なものであり、世界のトレイルランニングのコミュニティにあまねく理解されているとは言いがたいのも事実です。コミュニティがまだ小さいアジアや南米などではITRAの権威を借りてトレイルランニングを広めようとする人たちがいる一方、トレイルランニングのコミュニティが成熟しているアメリカでは理解を得るにはまだ道遠しという状況であることが今回明らかになりました。また、ITRAとUTMBは互いに独立しているとはいっても、UTMBはカトリーヌとミシェルのポレッティ夫妻が育てた一種の「ビジネス」であり、その夫であるミシェルがITRAの創立者であり会長であるのは事実であり、ITRAの審査によるポイント対象レースを大会のエントリー資格にしている大会はUTMBの他にはほとんどない(UTMFは数少ない大会の一つです)のが実情です。
ITRAとしては今後もその設立趣旨に基づいて現在進めている活動に地道に取り組むことが求められるでしょう。それと同時に世界のトレイルランニング・コミュニティにその活動について理解を得るにはもっと積極的なコミュニケーションが必要とされるでしょう。今回のハードロック100の声明をみればITRAについて十分理解されていないのは明らかです。あるいはITRAについて意図的に誤解されているのだとすれば、UTMBやITRAによるハードロック100とのコミュニケーションの取り方に問題があったのかもしれません。そのためにはITRAがUTMBから独立した存在であることをさらに明確にする必要があるのかもしれません。
「UTMBのポイントのためにカネは払わない」というハードロック100の意思は尊重されるべきです。しかし「トレイルランニングを世界的に親しまれるスポーツとして広げていくにはどうすべきか」という問題意識も同時に共有されてほしい、というのが当サイトの考えです。
【注・当サイトはUTMBの公式メディアパートナーであり、当サイト編集人の岩佐はITRAの個人会員枠の日本代表を務めています。】