中国のトレイルランナーの活躍が印象に残ったのは昨年のこと。今年は中国の選手がレースを完全にリードすることになりました。一方、トップでフィニッシュした選手がルール違反で失格になるという出来事もありました。
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今年もUltra Trail World Tourの開幕戦はビブラム・ホンコン100ウルトラトレイルレース/Vibram® Hong Kong 100 Ultra Trail® Race(HK100)でした。昨日1月27日(土)に開催された100kmのトレイルランニング・レースはミン・チー Min Qi(中国)、ミャオ・ヤオ Miao Yao(中国)が優勝、男女ともに中国の選手がそろって優勝したほか、そろって大会記録を更新するという快挙。特にミャオ・ヤオは終始レースをリード、昨年のヌリア・ピカスの作った大会記録を38分短縮という圧倒的な成績でした。
日本の選手は土井陵 Takashi Doiが12位、大瀬和文 Kazufumi Oseが17位になりました。丹羽薫 Kaori Niwaは大会前にインフルエンザになるというトラブルがありましたが、20位で完走しています。原良和 Yoshikazu Haraはスタートを見送ってDNSでした。
レースの展開
土曜日の香港は終日の曇り空で暑すぎることも寒すぎることもないという天候で、ランナーにとっては恵まれたコンディションの1日になりました。
午前8時のスタート直後から、先頭に立ったのはフルマラソンの自己ベストが2時間20分を切るレベルの中国のランナーたちでした。East Dam(11km地点)ではジュン・ディ Jun Diを先頭に、30秒おいてユンフイ・ユ Yunhui Yu、ウェイ・リ Wei Li、ミン・チー Min Qi、ジン・リアン Jing Liangの4人が続きますが、そのペースは2016年に大会記録を作ったフランソワ・デンヌを6分以上上回るという驚異的なハイペースでした。とはいえ、HK100のコースは後半に大きな登り下りが待ち受けるコースであり、前半のオーバーペースは禁物というのがセオリーです。レースを観戦するファンの間では、このまま中国のスピードランナーたちがリードするかどうかは懐疑的でした。
Wong Shek 黃石(28km地点)では、ミン・チーとジン・リアンの二人が先頭になり、ユンフイ・ユが4分差、さらに2分おいてウェイ・リとプルナ・タマン Purna Tamang(ネパール)が続き、ジュン・ディは脱落してその後リタイアしました。こうした中で欧米系の選手は控えめなレース展開で、海下 Hoi Ha(36km)ではトップから14分差でハリー・ジョーンズ Harry Jones(イギリス、タイ在住)が7位、同じく16分差でアレックス・ニコルス Alex Nichols(アメリカ)が8位、18分差でエリック・クログビク Eric-Sebastian Krogvig(ノルウェー)が10位でした。
山の登り下りが出てくるKei Ling Ha 企嶺下(52km)では二人はデンヌの大会記録を14分ほど上回っていますが、ここからの山に入ると相対的にペースは落ち、大会記録のデンヌとほぼ同じ通過タイムとなりました。せり合いを続けていた二人の間では、ジン・リアンが次第にミン・チーとの差を広げ始め、76km地点でその差は7分もあり、ここで勝負はついたかに見えました。一方、後半に入ってアレックス・ニコルスが徐々に前を走る選手をとらえ始め、Shing Mun Dam 城門水塘(83km)まででにユンフイ・ユを抜いて3位に浮上します。一方で、ここからタイモーシャンまで最終盤に待ち受ける最後の登り下りが連続するところでミン・チーがスパートをかけ、リードしていたジン・リアンをじりじりと追い詰めます。
結局二人の勝負はフィニッシュまでもつれ込み、ジン・リアンが9時間28分でフィニッシュ。ミン・チーはわずか10mほどの差で1秒後にフィニッシュすることになりました。いずれもデンヌの大会記録(9時間32分26秒)を上回りました。
ところが、フィニッシュ後にジン・リアンがレース中の「不適切な行為」により失格になることが発表に。指定された場所以外でサポートを受けたほか、コース上で応援していたハイカーのボトルと自分の空のボトルを交換したことが大会ルールに反するというのがその理由でした。これによりジン・リアンの記録は取り消しとなり、ミン・チーが9時間28分36秒で今年のHK100のチャンピオンと決まりました。
2位にはコース後半にそのスピードを発揮したアレックス・ニコルスが15分差で続きました。レース後に「前半はフラットなコースだったが、後半は急なアップダウンが続き非常に難しいコースだった」と振り返りました。3位にはユンフイ・ユ、4位にはプルナ・タマンが入りました。
中国勢がレース上位を席巻する中、最後には香港の大会で活躍するおなじみの名前が5位から10位を占めました。5位にはハリー・ジョーンズ、6位はジョン・エリス John Ellis(オーストラリア)、7位はスマン・クルン Suman Kulung(ネパール)、8位にホーチュン・ウォン Ho Chung Wong(香港)、9位にブライアン・マクフリン Brian McFlynn(アイルランド)、10位にジャスティン・アンドリュース Justin Andrews(アメリカ)でした。
日本のアスリートでは香港のレースは今回が実質初めてという土井陵 Takashi Doiがトップ10まであと一歩の12位と善戦しました。大会直前に転倒して足を痛めていたという大瀬和文 Kazufumi Oseもフィニッシュして17位に入りました。
欧米勢も含めて有力選手が揃った女子のレースでも中国の選手の強さが際立ちました。この日、終始レースをリードしてファンを驚かせたのは中国の23歳、ミャオ・ヤオ Miao Yaoでした。トレイルランニングは2015年秋から中国国内のレースで優勝、男女総合でもトップ10に入る記録を残していますが、世界から有力選手が集まるトレイルランニングのレースは今回が初めて。ミャオ・ヤオも序盤から他の女子選手を大きく引き離すハイペースで、Kei Ling Ha 企嶺下(52km)では昨年大会記録を出したヌリア・ピカスのペースを26分上回っていました。その後もミャオ・ヤオはブレーキがかかることもなく、その後の山の区間も快走を続けて10時間40分52秒でフィニッシュ。ピカスの大会記録(11時間18分57秒)を38分と大幅に短縮するという快挙を成し遂げました。
優勝候補の一人だったミラ・ライ Mira Rai(ネパール)はミャオ・ヤオにこそおよばなかったものの終始2番手を守りました。初挑戦のHK100でミャオ・ヤオと50分差の2位という結果でしたが、11時間39分というタイムは女子の記録ではピカスの大会記録に次いで歴代3位となる好記録でした。昨年12月のスカイランニング・アジア選手権・MSIG Lantau 50に続く好成績で今シーズンの活躍が期待されます。ミラ・ライから5分差の11時間36分で3位になったのはフージャオ・シャン Fuzhao Xiang(中国)で昨年のHK100で4位から一つ順位をあげて表彰台にたちました。レース中にはミラ・ライに追いつくほどの勢いで、昨年の自身のタイム(13時間1分)を大幅に短縮しました。
4位には香港をベースに活躍するマリー・マクノートン Marie McNaughton(ニュージランド)、5位にはホンフェン・ジャン Hongfen Zhang(中国)が続きました。20歳のホンフェン・ジャンも2016年から中国国内の50kmのレースで好成績を上げていて、今回が国際的な大会へのデビューとなりました。
なお、男子の有力選手ではザック・ビター Zach Bitter(アメリカ)がコース上でのケガでリタイア、原良和 Yoshikazu Haraが直前にスタートを見送っています。女子ではアンドレア・ヒューザー Andrea Huser(スイス)、インスエ・レオン Ying Suet Leung(香港)ワイアン・チョウ Wyan Chow(香港)がDNFとなっています。
ますます中国勢の強さが鮮明に、トレイルランニング界でも中国の存在感はますます大きくなる
今回のHK100のプレビュー記事でも触れたように、トレイルランニングの人気が高まる中国のトレイルランナーにとって、HK100は国際的な大会へのデビューの場として注目を集めています。そうした中ではレースでも中国の選手が上位に入ることは予想はできましたが、男女ともにこれほど中国勢の台頭が鮮明になったのは想定を上回りました。今回は絶好の天候やトレイルのコンディションが全般に好記録につながったのは確かでしょう。それでも、男女それぞれで優勝したミン・チー、ミャオ・ヤオのタイムが大会記録を上回ったのは二人の実力が世界のトレイルランニング界でトップレベルにあることを示しています。
今回、トップでフィニッシュテープを切った選手が「不適切な行為」で失格になったのは残念なことでした。公正であることはもちろん、トレイルを利用する人たちの間で互いを尊重すること、環境の保護といった価値観や、それに基づく競技ルールに違反することは強い非難に値します。
当サイトも中国のトレイルランニング事情には必ずしも詳しくありませんが、マラソンや長距離走で実績のある選手がトレイルランニングに活躍の場を求める、という動きが中国でも活発であることはうかがえます。その結果として、そうした選手たちにトレイルランニングにとって重要な価値観が十分共有されていないのかもしれません。
急速に成長する中国の経済と社会がこの小さなスポーツでも軋みを生んでいるのでしょうが、同じ課題は日本も含めてどの国にもあることでしょう。国を問わず、トレイルランニングに関わる人たちにとって、仲間に価値観を共有する努力が求められています。さらにいえば、外国のことを他山の石とするに止まらず、国際的な規模でトレイルランニングの価値観を広めていくことも重要でしょう。そのうえでITRA(国際トレイルランニング協会)やUTWTのような国際的な競技団体の果たす役割は大きくなるでしょう。また、海外から選手を迎える大会の役割も増すでしょう。その意味では今回のHK100の大会が速やかに対応を決めたことは英断だったといえます。
ボトルを交換してほしいと頼んで返事を確かめないままハイカーのボトルを持ち去るとか、エイドの外でサポートを受けるといった行為はその場で注意することも可能で、その後同じことを続けていないことを見張ることも比較的容易です。実際、今回失格になった選手も自分の行為を反省しているとのこと。しかし、価値観に反する行為にはドーピングのようにそれを確かめたり防止したりすることに大きなコストを要する重大な行為もあります。国際的な規模からローカルな規模までトレイルランニングの価値観を共有することがますます重要となるでしょう。
リザルト
大会公式のリザルトはこちらから。
男子 Men
- ミン・チー Min Qi 祁敏 (中国) 9:28:36
- アレックス・ニコルス Alex Nichols (アメリカ、SCOTT Running) 9:44:17
- ユンフイ・ユ Yunhui Yu 于云辉 (中国) 10:04:52
- プルナ・タマン Purna Tamang (ネパール、AWOO) 10:11:16
- ハリー・ジョーンズ Harry Jones (イギリス、Hoka One One / Runivore) 10:15:49
- ジョン・エリス John Ellis (オーストラリア、Gone Running / Joint Dynamics) 10:35:55
- スマン・クルン Suman Kulung(ネパール、AWOO) 10:38:26
- ホーチュン・ウォン Ho Chung Wong 黃浩聰(香港) 10:39:38
- ブライアン・マクフリン Brian McFlynn(アイルランド) 10:47:24
- ジャスティン・アンドリュース Justin Andrews(アメリカ、WAA TEAM) 10:50:00
(日本関連)
- 12 土井陵 Takashi Doi 10:56:01
- 17 大瀬和文 Kazufumi Ose(Salomon) 11:00:19
- DNS 原良和 Yoshikazu Hara
女子 Women
- ミャオ・ヤオ Miao Yao (中国、KAILAS) 10:40:52
- ミラ・ライ Mira Rai (ネパール、Salomon) 11:30:49
- フージャオ・シャン Fuzhao Xiang (中国、探路者TOREAD) 11:36:11
- マリー・マクノートン Marie McNaughton (ニュージーランド、Gone Running) 12:15:30
- ホンフェン・ジャン Hongfen Zhang (中国、探路者TOREAD) 12:32:30
- サラ・モーウッド Sarah Morwood (イギリス、La Sportiva) 13:02:38
- ヤンシン・マー Yanxing Ma 马妍星 (中国) 13:12:53
- エリザベト・マルガースドッティル Elisabet Margeirsdottir (アイスランド、66°North / Compressport) 13:14:17
- ニコール・カロゲロプロス Nicole Kalogeropoulos (アメリカ、Altra) 13:28:51
- ステファニー・ローランド Stephanie Roland (ナミビア) 13:39:45
(日本関連)
- 20 丹羽薫 Kaori Niwa (Salomon) 14:40:33
謝辞
今回の大会の取材にあたってはフィエルド・ちあきさんにご協力いただきました。また大会当日にはトレイルランニングの国際的なメディア・iRunFarと写真や情報を交換しました。心より感謝します。