大会の価値観を守りながらも、新たな工夫や取り組みでさらによい大会へと前進する。力強い言葉を聞くことができました。
このたび、DogsorCaravanではカトリーヌ・ポレッティ Catherine Polettiさんに単独でインタビューしました。カトリーヌさんは夫のミシェルさんとともにUTMB®︎を立ち上げて、今や世界的なトレイルランニング・イベントとして知られるまでに導いた人。今日ではモンブランで毎年夏に開催される大会に加えて、UTMB®︎の価値観やスタイルを共有する「by UTMB®︎」の大会を世界各地で開催しています。
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今年2020年のUTMB®︎ Mont-Blancは新型コロナウィルスの感染が世界的に広がったことから中止になりましたが、代わりにインターネット上で「UTMB®︎ for the Planet」が開催されました。このインタビューではこのバーチャルイベントの手応え、開催した事情といったことをまず伺いました。気になる来年2021年のUTMB®︎の見通しについても聞きました。例年よりも遅れて年が明けてから発表するとして詳しいことは教えていただけませんでした。しかし2021年はUTMB®︎を開催するといいます。インタビューでは来年のUTMBがどんな大会になるか、いくつかヒントを聞きました。今後もしばらく新型コロナの影響が続くとみられる中で、カトリーヌさんが来年のUTMB®︎について考えていることは世界のトレイルランニング・コミュニティに一つの方向性を示すことになるかもしれません。その意味では今回は貴重なインタビューになりました。
このインタビューは2020年9月23日に行いました。この記事ではその概要を紹介しています。さらにインタビューの模様を日本語と英語の字幕付きでまとめた動画をYouTubeで下のように公開しています。
今年の大会中止を決めてから自らトレイルランニングのためのバーチャルレースのプラットフォームを開発、UTMB®︎ for the Planetを開催
DogsorCaravan(以下DC):まず、先日好評のうちに終わったUTMB®︎ for the Planetのことから伺います。1万7千人が106の国と地域から参加して、WWFへの寄付金も10万ユーロに達したと聞きました。このオンラインイベントについての感想をお話しいただけますか。
いつものようにシャモニーに多くの選手が集まって大会を開くことが難しいとわかると、すぐにこのプロジェクトについて検討を始めました。特に海外など遠隔地から参加予定の選手の皆さんのことが気がかりでした。今回の危機の中でランナーの皆さんのために何かしなくてはならないと考えたのです。
まずは何かプロジェクトをやろう。何か目標がないとみんなやる気を失ってしまうでしょう?旅行ができないのであれば、世界のどこからでも同じイベントに参加できるようにしたい。ただ、それを実現するためのバーチャル大会の既製のプラットフォームはありませんでした。いろんなサービスはありますが、距離だけでなく累積高度も一緒に目標にできるような、トレイルランニングに適したものはありませんでした。だから私たちはトレイルランニングに適したバーチャルレースのプラットフォームを作るところから始めました。
そして、世界的な危機に見舞われている今、地球全体に貢献できる何かをしたいとも考えました。100マイルや100kmのレースを走るために世界を股にかけて旅することは難しくなりました。そんな時代に必要とされるスポーツのあり方を考えたのです。以前のようなリアルなレースに対して、日頃トレーニングしている身近なところを走る。あるいは、レースに参加するだけでなく家族と一緒にそこで旅行も楽しむ、といったことも考えられるでしょう。UTMB®︎ではWWFとパートナーシップを結んでいますが、今回はサステナビリティやソリダリティといった考えに基づいた取り組みにしました。今年のUTMB®︎を中止にせざるを得ないという状況下で、パートナーの皆さんとの結束は強くなりましたね。ランナーの皆さんには困難な状況の中で走る目標、走る理由を提供できたと思います。それはきっとUTMB®︎を走ることよりもさらに大きな目標や理由だったのではないでしょうか。
今回の成功を受けて、このバーチャル大会のプロジェクトを拡げていく予定です。例えばUTWTのレースを対象にUTWTバーチャルクラブの準備を進めています。
バーチャルイベント開催で分かったUTMB®︎への関心の一層の広がり
DC:UTMB®︎ for the Planetを終えて出されたプレスリリースによれば、参加者数の上位10カ国のなかにマレーシア、ブラジル、イラン、コロンビア、インドネシアといった新しい国が入っていました。それに参加者の53%は今回初めてUTMB®︎のイベントに参加したとのこと。今回のオンラインイベントは、UTMB®︎がさらに幅広く世界から参加者を集める可能性を持っていることを示したと思います。この点についてどう思いますか?
イランやマレーシアといった国々から多数の参加があったことには驚きました。これまでこれらの国からUTMB®︎ Mont-Blancに参加した選手はほとんどいませんでしたから。トレイルランニングというスポーツがますます世界中に広がっているという証ですね。UTMB®︎ Mont-Blancを基準にしているレースが数多く開催されており、自国で挑戦しがいのある大会が開催される環境が整いつつあるのです。
トレイルランニングが新しいスポーツとして受け入れられて、ますます広がりを見せているのは素晴らしいことだと思います。自分1人でも、仲間と一緒でも楽しめる。細かいルールにこだわったり、たくさんの用具を揃えなくても楽しめる。トレイルランニングは誰にでも開かれたスポーツだといえると思います。世界中でこれからもますます多くの大会が開催されるでしょうし、そこではUTMB®︎の基準や考え方が参照されることでしょう。
トレイルランニングはただ走るというだけにとどまらず、何か目的を持って走ることもできますよね。実際に走るのは健康などの条件に恵まれた人だけかもしれませんが、その人たちは自分のために走るだけでなく、何か他に志を持って走ることもできます。それが、私たちがバーチャルレースの土台作りと世界各地に「by UTMB®︎」の大会を作ることを同時に進めている理由です。UTMB®︎の考え方や価値観を共有する大会を世界各地に作っていくということです。
確かに私たちはCOVID-19により厳しい状況に直面しています。しかしそのおかげでさらに幅広く世界中からオンライン大会に参加者が集まってくれました。リアルなUTMB®︎ Mont-Blancの大会に参加するには様々な壁があります。それは物理的に距離が遠すぎるということに限りません。
受け入れることができる参加者数にも限界があります。こうした中で、UTMB®︎と考え方や価値観を共有する大会を世界に広げていきたいと考えています。
日本からも毎年たくさんのランナーの皆さんに長旅を経てUTMB®︎に参加していただいています。そしてUTMFはUTWTの立ち上げからメンバーに加わっています。 UTMB®︎にとって日本は非常に大切な国の一つで、日本には世界有数のトレイルランナーのコミュニティがあると承知しています。
2021年は予め代替プランを公表してUTMB®︎ Mont-Blancを開催、新しい技術を活用しながらも世界から参加者が集まって経験を共有するという根本は守る
DC:新型コロナとUTMB®︎ Mont-Blancについてうかがいます。5月20日に今年のUTMB®︎を中止すると発表されましたよね。そのとき、いくつか中止の理由を挙げていました。私が注目したのは、UTMB®︎という大会で選手が経験すること、とりわけトレイルランニングの祭典といえる盛り上がりに重きをおいていることでした。2021年大会については、おそらくこれまでのような大規模なイベントや多くの人が集まるお祭りというのは難しいのではないかと思います。このことについてどうお考えですか?参加者数を減らすとか、エイドステーションを減らすといったことも想定していますか?
もちろん議論しています。UTMB®︎をどのように変更すべきか検討していますが、できるだけ変えないようにしたいですね。大会を通じて、さまざまな感情を経験して共有することは大切なことだと考えるからです。
とはいえ、何らかの代替案を考える必要があります。かつてUTMB®︎のコースについては代替案を用意していませんでしたが、5年前からは常に代替コースを予め用意し、公表しています。今年2020年のUTMB®︎を中止としたとき、代替策を用意していなかったためにエントリーしていた選手の皆さんの気持ちに応えることができませんでした。エントリーの受付を始める時点で、大会について代替案として何を想定しているか、何ができるか。それを示しておくのがベストだと思います。
いくつかのシナリオについて検討していますが、来年も中止という考えはありません。2021年はUTMB®︎を開催するつもりです。あらゆるシナリオについて検討しているので、エントリー受付は少し遅れると思います。
UTMB®︎らしさを失わない形でUTMB®︎を開催するためです。ランナーの皆さんには何を変更するか、あるいは何を変更する可能性があるか、お知らせする予定です。同時に、代替策についてもお伝えするつもりです。エントリーが始まる前から皆さんにお知らせしておきますので、ランナーの皆さんは代替プランについて予めよく理解した上でエントリーしていただけます。
DC:エントリー開始は例年の12月下旬から遅れる。1ヶ月とか2ヶ月ですか。
まだわかりません。たぶん1月にはエントリーを始めます。でもまだ検討中で、決まったら発表します。だから12月下旬にエントリーが始まらないから来年のUTMB®︎は開催されないと誤解しないでくださいね。
新型コロナウィルスの脅威によって、私たちも何かを変えなければなりません。ウィルスは自然が生み出したものです。自然の脅威には人間はかなわないのです。悪天候に見舞われるのと同じことです。人間の側で何かを変えるしかない。アウトドアスポーツでは誰もが知っている通りです。今は自然に対する畏敬の念を持つべき時なのだと思います。
もう一つ、世界中の全てのランナーについて状況は多様であるということも、私たちは尊重すべきです。世界各地から旅行ができるかどうかに応じたプランを考える必要があります。ヨーロッパだけを考えるのは不十分です。世界中のトレイルランナーが同じ考え方や価値観を共有するのが理想です。旅行についてどうすればいいか、安全のために何をすればいいか。
今回のように、世界各地から旅行してUTMB®︎に来れるかどうかを考える事態が将来もあるかどうかはわかりません。そんな中でどんな実行可能な代替プランがあるかを考えなければなりません。
DC:例えば、オンラインのイベントとか期間を区切ったタイムトライアルのイベントになる可能性もありますか?先月、Sierra-Zinalというスイスの大会ではそうしましたよね。他にもウェーブスタートとか、開会式のようなセレモニーをやらないとか。こういったことも検討していますか?
今、利用可能な手段を利用しなくてはならないと考えています。10年前、私たちはビデオ会議ができるとは考えもしていませんでした。10年前と違って、今は様々なツールを活用できます。これまでもUTMB®︎では様々な新しいツールを導入しています。例えば、あなたにも協力してもらっているUTMB®︎ LIVEもその一つです。手元のツールをフル活用して、さらに新しいツールを自分で作り出します。年月を重ねるにつれて進歩を重ねることができる。そして10年前には思いもつかなかったアイディアを実現する。今後も危機に直面するたびに、そうして克服していくでしょう。目の前の危機に対して何ができるかを考え、選んだ道を進んでいく。私たちはそんなふうにいつも行動したいと考えています。
今年、UTMB®︎の中止を決めました。それと同時に、中止としたまま立ち止まるのではなく、前進を続けることも発表しました。まずはバーチャル大会のためのプラットフォームを作ること、そして来年2021年大会に備えること。2021年の取り組みは翌年の2022年へ、さらには2025年へと繋がっていくでしょう。常に、どんな可能性があるかアンテナを広げているのです。
それぞれの大会が持つ価値観は尊重されるべき
DC:トレイルランニングの世界のリーダーとしてのカトリーヌさんに質問です。最近、フランスやスイスでは数百人規模のトレイルランニング大会が開催されていますね。ニュースによれば最近はフランスでも新型コロナの感染者数が再び急増しています。こうしたパンデミックの最中に大会が開催されるのはなぜでしょうか。お考えを聞かせていただけないでしょうか。
その質問に私からの答えはありません。トレイルランニングは1人でもたくさんの人でも同じ目標に向けて取り組むことができるスポーツです。大会には様々な形があります。今開催されているのは多くの人を集める大会ではありません。そして原則としてフランスやスイスのランナーだけで開催されています。そうした形で大会が開催されるのは選手にとってはいいことです。政府の許可を受けて開催されているので何も問題はないと思います。
現在のところ、アウトドアスポーツで新型コロナのクラスターは発生していません。問題となるのは室内です。ただ、政府に対してはなんらかのルールを定めてほしいですね。そうして決められたルールに従うことが重要です。現在は国や地域にもよりますが、1000人から1300人くらいまでにイベントの規模が制限されています。
ただUTMB®︎ Mont-Blancについてはこうした大会と同じようには考えていません。例えば「私は20kmを走るのが好きだ」というランナーがいますよね。「夜は走りたくない、ウルトラの大会には出ない」という人もいます。大会についても同じです。私たちの目標は感情に訴えるあらゆる経験を提供すること。この地球の上をまたいで何かを発見する経験を尊重したい。ただ長距離を走ればいいというわけではありません。それならいつでも近所を走ればいいだけです。
違う文化、異なる人々や国に出会って何かを見つけるような経験をするなら、国境を越えて旅することになります。それがトレイルランニングの醍醐味だというのが私たちの考えです。世界各地からモンブランに来て参加してほしいと思います。でも様々な理由からそうすることは難しい。ごく少数の人のためなら可能かもしれませんが。大会を続けること、そしてたくさんの人が一度に集まること。それが目標です。
私たちの考えはトレイルランニングの一つの目標だと思いますが、誰しも同じように考えるわけではないでしょう。主催者はそれぞれの大会がどのような姿であるべきか、選ぶことになります。エイドステーションをどうするか、移動手段をどうするか、などなど。どのようなやり方も尊重されるべきでしょう。UTMB®︎の場合は数百人が参加するだけではこれまで通りのサービスを提供することは不可能です。私たちが必要とするサービス全てを提供するにはこれまで通りの人数が必要です。
トレイルランニングに限らず、人生ってそういうものだと思いますよ。何かを選ばないといけない。その選択には責任を持たないといけない。選択をしたら自分はそこで頑張って、他人の選択も尊重する。一度決めたら責任を持って取り組むことが大事なんです。
カトリーヌさんは拡大していくUTMB®︎の事業全体の戦略に力を入れていく
DC:最後にUTMB®︎の将来について聞かせてください。昨年の閉会式では壇上で娘のイザベルさんを紹介して、娘に大会のレースディレクターを引き継いでいく、とおっしゃった。一方、夫のミシェルさんは最近ITRAの会長を退いてUTMB®︎に戻りました。今、家族の中でUTMB®︎の役割とか目標とかを改めて見直されているのかと思います。
シャモニーで開催されるUTMB®︎ Mont-Blancだけをやっていたときはミシェルと私が共同レースディレクターということでやっていました。でも今ではやることが増えています。「by UTMB®︎」の大会を展開するUTMB®︎インターナショナル、Ultra-Trail World Tour(UTWT)、それにLiveTrail。これらを統括する会社として「UTMB®︎グループ」を設立しています。UTMB®︎グループは全部で30人が働く会社です。私がUTMB®︎ Mont-Blancに完全に集中して取り組むことは難しくなりました。それにもうそんなに若くありませんからね。まだリタイアはしないにしても、もっと経営戦略について集中して取り組まなくてはいけない。だから私自身はUTMB®︎グループの社長になりました。
それで娘は昨年紹介したようにUTMB®︎ Mont-Blancを引き継ぐ。息子のダビデはLiveTrailの責任者として経営に当たります。グループには専任のCIOも迎えています。ミシェルはそれぞれのレースやコース、トレイルランニングというスポーツについてのコンサルタントという役割を担います。彼自身がトレイルランナーであり、このスポーツについて熱い思いを持っています。引き続き、グループ全体に必要不可欠なアドバイスをしてくれると期待しています。世界に展開する「by UTMB®︎」の大会やUTWTをさらによいものにしていきます。
今、紹介した体制はそのためにベストの体制です。ミシェルと私は引退はしていませんが、何でも2人でやるという体制ではなくなりました。でも手を離したからといって、何も考えなくなったとはいいませんけど。
DC: 家族が一緒に取り組むことでUTMB®︎の将来は明るいですね。きっと若い世代がUTMB®︎全体を取り仕切ることになっていきますね。私にも日本のUTMB®︎ファンの皆さんにとっても貴重なインタビューの機会でした。ありがとうございました。