タイ北部の古都チェンマイを舞台に開催中のUTMBワールドシリーズ・メジャーの大会、「HOKA Chiang Mai Thailand by UTMB」の中でも最も距離の長い100Mカテゴリーのレースは今年も過酷なエピソードに満ちたものとなりました。
「Chiang Dao 160」(距離約168km、累積獲得標高8100m)は、熱帯のジャングル、荘厳な寺院、そして険しい山岳地帯を巡るコースで開催されました。
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12月5日金曜日の午前11時、ワット・タム・チェン・ダオ(Wat Tham Chiang Dao)をスタートした選手たちを待ち受けていたのは、日中の30度近い酷暑と高い湿度、そして夜間の冷え込みという激しい寒暖差でした。昨年の上位選手、アジアの強豪、そして世界中から集まったエリートランナーたちが、このタフなコンディションの中で限界に挑みました。
(All photo by HOKA Chiang Mai Thailand by UTMB)
男子:アレクセイ・ベレズネフが入念な準備で圧勝
男子レースを制したのは、アレクセイ・ベレズネフ Alexei Bereznev (AIN) でした。昨年は11位に終わったベレズネフですが、今年はレースの6週間前からチェンマイ入りし、現地の気候とコースに身体を適応させる入念な準備を行ってきました。
レース序盤から先頭集団に位置したベレズネフは、中盤以降に独走態勢を築きます。夜間のテクニカルなセクションも安定したペースで走り抜け、2位以下に45分以上の大差をつけてフィニッシュエリアであるチェンマイPAOパークに帰還。21時間40分08秒というタイムで優勝を果たし、昨年の雪辱を見事に果たしました。

アレクセイ・ベレズネフ Alexei Bereznev (AIN)
フィニッシュ後のインタビューで彼は、安堵の表情と共にこう語りました。「今のロシアはとても寒いけれど、チェンマイは本当に暑かった。最初の100kmまでは順調だったが、その後は本当にきつかった。昨年は11位だったが、今年はナンバーワンになれてとても嬉しい。サポートしてくれた全ての人に感謝したい。」
病いのチョウ・ジアジュと不屈の小原将寿、壮絶な2位争い
優勝争い以上に注目を集めたのが、中国のスター選手チョウ・ジアジュ Zhao Jiaju (CHN) と、日本のウルトラトレイルの第一人者、小原将寿 Masatoshi Obara (JPN) による熾烈な2位争いでした。
チョウ・ジアジュはレース前夜にインフルエンザA型と診断され高熱に苦しんでいたといいます。スタートラインにはマスク姿にレインジャケットを着用して現れるという、気温30度の環境下では異様な出立ちでした。レース中も「次のチェックポイントでリタイアしよう」と常に考えながら走っていたと語ります。しかし、彼は驚異的な精神力で足を前へ進め続けました。

チョウ・ジアジュ Zhao Jiaju (CHN)
一方、昨年のこのチェンマイの100マイルで井戸を踏み抜くというトラブルで負ったケガで無念のリタイアを喫した小原将寿は、その雪辱を果たすべく堅実なレースを展開します。レース終盤、小原は前を行くチョウとの差を着実に詰め、コースの最終盤では視認できる距離まで迫りました。
しかし、背後に迫る小原の気配を感じ取ったチョウは、最後の力を振り絞ります。自身の体調を考えて心拍数をコントロールしながら走っていたというチョウですが、ラスト数キロで猛烈なスパートを開始。暑さと擦れの影響か、最後は上半身裸の姿になりながらもペースを上げ、フィニッシュラインへ飛び込みました。タイムは21時間40分19秒、ベレズネフに26分差で執念の準優勝を掴みました。
小原はチョウのラストスパートには追いつけなかったものの、最後まで力強い走りを維持し、21時間58分16秒で堂々の3位入賞。昨年のリタイアという悔しい記憶を、表彰台という最高の結果で塗り替えました。フィニッシュ後の小原は疲労困憊の様子でしたが、フロントボトルの擦れによる脇の痛みに耐えながらの激走だったことが伺えました。

小原将寿
4位には中国のチャン・ウェンチャン Zhang Wenqiang (CHN)、5位には香港在住のクリスティアン・ヨルゲンセン Kristian Joergensen (DEN) が入り、アジアをベースとする選手の層の厚さを見せつけました。
日本から参加の選手では7位に吉村健佑 Kensuke YOSHIMURA (JPN)、8位に池畑拓哉 Takuya IKEHATA (JPN)がトップ10入り。小原とともに上位10人のうち3人が日本勢となりました。
女子:アントニナ・ユシナが男子顔負けの走りで総合6位
女子では、昨年のチャンピオンであるアントニナ・ユシナ Antonina Iushina (AIN) が異次元の強さを見せつけました。
レース序盤、彼女は「10km地点で家に帰りたくなったほど脚が重く、空っぽに感じた」と語るほどの不調に襲われていました。わずか2週間前に南アフリカで開催されたUltra-Trail Cape Town (UTCT) 100kmで準優勝した疲労が色濃く残っていたようです。しかし、UTMBファイナルへの出場権(トップ10入り)獲得をモチベーションに走り続けるうちに、徐々に調子を取り戻します。中盤以降は女子トップを独走するだけでなく、前を行く男子選手を次々とパス。一時は総合5位を走行するほどの快走を見せました。

アントニナ・ユシナ Antonina Iushina (AIN)
最終的に22時間34分21秒でフィニッシュし、女子優勝と共に総合6位という驚異的な結果を残しました。フィニッシュラインでは、男子優勝のベレズネフと同じ「Running Heroes Russia」の旗を掲げ、2年連続のタイトル防衛と、過酷な連戦をものともしない圧倒的な強さを証明しました。
2位にはアメリカのカレス・アーノルド Careth Arnold (USA) が入りました。今年のTDS(UTMBの145kmカテゴリー)の覇者であるアーノルドは、レース前半をリードする場面もありましたが、終盤にかけて疲労とシューズ選択の影響かペースダウン。それでも粘り強く走り切り、昨年のElephant 100での2位に続き、今年は100マイルで準優勝を果たしました。

カレス・アーノルド Careth Arnold (USA)
3位には中国の若手、ダン・ロンホア Deng Ronghua (CHN) が入りました。昨年のElephant 100での16位から大きくジャンプアップし、粘り強い走りで表彰台の一角を確保しました。

ダン・ロンホア Deng Ronghua (CHN)
日本の徳本順子 Junko Tokumoto (JPN)は30時間57分でフィニッシュ、8位となりました。
コメント:チョウ・ジアジュがインフルエンザの身体で走ったことには賛否はあるが
前日まで高熱だったというチョウ・ジアジュが100マイルのスタートラインに立ち、準優勝を勝ち取ったことは、その意志の強さと勇気に驚かされます。
しかし、インフルエンザを患いながら高強度の運動をすることは心筋炎のリスクがあるといわれるほか、レースに参加すればどこかで自分以外に感染させるリスクもあり、その行為には賛否もあるでしょう。
似たエピソードとしてはキリアン・ジョルネが2022年のUTMBの直前にCOVIDの陽性と判明しながらも、レースに出場し19時間49分で新記録の優勝を果たしたことがあります。この時、ジョルネは無症状で医師と相談の上、出場を決めたといいます。
チョウ・ジアジュの場合も、プロ選手としての意識とこの大会への強い意気込みが今回の100マイル出場につながったのでしょう。フィニッシュ後に語った「人生でやりたいことは挑戦すべきだ。成功するかもしれないから。怖がってばかりいては成功するかどうか分からない」という言葉にその強い意志が表れています。
とはいえ、ランナーが同じような状況でレースに出ることは慎重に考える必要があるでしょう。
リザルトはこちら。
CHIANG DAO 160 男子 総合
- アレクセイ・ベレズネフ Aleksei BERESNEV (AIN) 21:14:01
- チョウ・ジアジュ Jiaju ZHAO (CHN) 21:40:09
- 小原将寿 Masatoshi OBARA (JPN) 21:58:16
- チャン・ウェイチアン Weiqiang ZHANG (CHN) 22:13:40
- クリスチャン・ヨルゲンセン Kristian JOERGENSEN (DEN) 22:31:05
- ゲディミナス・グリニウス Gediminas GRINIUS (LTU) 22:39:18
- 吉村健佑 Kensuke YOSHIMURA (JPN) 22:48:44
- 池畑拓哉 Takuya IKEHATA (JPN) 22:55:14
- サンゲ・シェルパ Sangé SHERPA (NEP) 23:46:42
- ヒエウ・グエン・シー Hieu NGUYEN SI (VIE) 24:15:48
CHIANG DAO 160 女子 総合
- アントニナ・ユシナ Antonina IUSHINA (AIN) 22:34:21
- キャレス・アーノルド Careth ARNOLD (USA) 24:33:35
- ロンホワ・デン Ronghua DENG (CHN) 26:07:12
- フアロン・フー Hua Rong FU (CHN) 26:31:28
- ジュイピン・ジャン Zhuiping ZHANG (CHN) 28:09:50
- リー・ワン Li WANG (CHN) 29:24:30
- マリー・ピネル Marie PINNELL (USA) 30:35:01
- 徳本順子 Junko TOKUMOTO (JPN) 30:57:31
※女子は現時点で8名のみフィニッシュが確認できるため、8位までのリストとなっています。














