【編者より:先週末の5月11日木曜日午後5時(日本時間12日金曜日午前1時)にスタートしたトランスバルカニアVK Transvulcania VKで吉住友里 Yuri Yoshizumiさんが59分28秒で優勝しました。トランスバルカニアはスペイン・カナリア諸島ラ・パルマ島で開催されるスカイランニングを代表するレース。7.6km 1203mD+のコースで開催されるバーティカル・キロメーター(VK)はバーティカルキロメーターワールドサーキット Vertical Kilometer World Circuitの第二戦として欧米を中心に世界のトップ選手が集めて開催されました。吉住さんはフルマラソンでの市民ランナーとしての活躍に加えて、最近ではバーティカル・キロメーターでその実力を発揮。最近も昨年12月のアジア選手権・MSIG Lantau VKで優勝、5月3日の上田VKでは昨年の自身の記録を上回るタイムで優勝と破竹の勢いで活躍する中で、今回はバーティカル・キロメーターの本場といえる欧州のレースに挑戦しました。吉住さんの遠征に同行したフィールズ・オン・アースの久保さんからレース直前のレポートに続いて、レースの様子についてレポートを寄稿していただきました。以下からご覧下さい。】【追記・一部表記の誤りを修正しました。2017.05.17】
(写真・トランスバルカニアVK Transvulcania VKの表彰台に立った吉住友里。フィールズ・オン・アースの久保さん提供<以下の写真も同じ>)
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5月11日木曜日にスペイン・カナリア諸島ラ・パルマ島で開催されたトランスバルカニアVKは島の西端の港町・タザコルテ Tazacorteをスタートし、7.6kmで標高差1200mを登るバーティカル・キロメーター。バーティカル・キロメーターのレースにしては走れる箇所が多いスピードコース、というのが試走した印象だ。ちなみに昨年の女子優勝タイムは57分台となっている(57分56秒、エミリー・コリンジ Emily Collinge<イギリス>、大会記録)。
この週末に開催されるトランスバルカニアの一連のイベントの開幕となるトランスバルカニアVKは11日木曜日の夕方17時に最初のランナーがスタートし、その後は30秒おきに1人ずつスタートしていく。スタートからフィニッシュまでの各選手のタイムを競う個人タイムトライアル方式での開催だ。このトランスバルカニアVK男子選手と女子選手がランダムに混合しながらスタートしていく。今回は世界から216人のランナーが集まった。
夕方17時のスタートというと夜間の開催と思われるかもしれないが、この時期のラ・パルマ島は午後9時ごろまで明るく、全選手は夕方まだ明るいうちにフィニッシュすることになる。そしてレースを終えた後には、西の海に沈む美しい夕焼けを見ながら下山するという演出だ。
吉住選手と応援サポートチームは、午後3時にホテルを出発。約1時間の道のりで島を横断するように移動し、午後4時にはタザコルテに到着。たくさんの観衆がすでに来場していて、駐車場所を見つけるのに一苦労する。何とか空いているスペースを見つけ、海沿いのヤシの木が茂る南国ムード満点のビーチサイドのスタート会場へ。アップテンポな音楽とスペイン語独特の巻き舌のきいたパンチのあるMCが会場を盛り上げ、いやがおうにもテンションが上がってくる。
バーティカルキロメーターワールドサーキットの一戦ということもあり、さすがの吉住選手もいつになくナーバスになっているように見受けられた。いつもは明るいジョークでハイテンションな「ずーみん」こと吉住選手なのに、この時はやや表情に緊張があふれていた。
現地では着替えやスタート前のお手洗いなどをスムーズに進められるよう、スタート地点から少し入ったビーチサイドのパラソルが並ぶレストラン、「キオスコモンテカルロ」の一角をリザーブさせてもらい、準備を進める。
参加選手の中でもひときわ小柄な吉住友里選手には、さっそくギャラリーが集まり、応援サポートで来ている吉本興業のランナーズ小宮さんが作ったバルーンアートの富士山に注目が集まる。
たちまち人垣ができる中で、吉住選手をサポートする針中野フィジカルケア鍼灸整骨院の郷田先生が、入念にテーピングを施す。まだ欧州ではなじみの薄いテーピングの様子を海外のランナーが人垣になって、興味深そうに見学している。
吉住選手のスタートは午後6時22分だったのだが、あと2時間ほどでスタートというタイミングで、突然激しい雨が降り出す。天候が崩れると一気に肌寒くなるのでこの先が思いやられたが、雨は15分ほどで収まって再び明るい太陽が顔を出した。
ハイテンションなMCのコールとともに、午後5時になると最初の選手がタザコルテの町からすぐ後ろにそびえたつ溶岩の切り立った崖に向かってスタートした。コース沿いにはあふれんばかりに観衆が押し寄せ、ものすごい熱気と盛り上がり。ラ・パルマ島におけるバーティカル・キロメーター人気、スカイランニング人気を肌で感じられる瞬間だ。
吉住選手が入念にウォームアップを行い、スタート会場に向かおうとしていたとき、海沿いの会場に突風が吹き付け、大型のオーロラビジョンを設置したアーチが丸ごと観客のいる方へ倒れてしまう。一瞬スタート会場は騒然となり、下敷きになった観客の救出などに救急隊が駆けつける一場面が。しかし、数人が軽傷を負ったものの深刻な被害はなかったようだ。だが会場にライブ中継を流していたオーロラビジョンは使えなくなり、レースの途中経過やリザルトの情報を見ることができなくなってしまった。
吉住選手はラストから8人目のスタートで、直前にはバーティカル・キロメーターでの成長が著しいレミ・ボネ選手(スイス)。そのレミ選手が膝からおびただしく出血している。先ほどのオーロラビジョンの転倒でケガをしたのかと思ったが、直前のウォーミングアップで町の中を走っていた際に段差を踏み外して転倒したらしい。どんなにテクニカルな岩山も軽々とクリアするトップ選手の彼も街で転倒してしまうこともあるのだ。そんな彼も右ひざから血を流しながらも、何とかスタートを切った。
レミ選手の次にはいよいよ吉住友里選手がスタートだ。その小柄で愛らしい風貌から会場ではすでに大人気。大歓声がこだまするタザコルテの街を駆け抜けていった。
「スタートして、本当にずーっとたくさんの観客がいて、こんなに全コースにわたってお客さんが来ているレースは本当に初めてで、ずーっとみんなすごく応援してくれるので、本当に楽しすぎて無心で走りました! 途中ペースが乱れたり、焦ったりすることはなくとにかく景色がきれいで応援がものすごくてうれしくて、ずっと楽しかった! ゴールした瞬間にスタッフに「今一位だよ」といわれたから、あとは残りの女子ランナーのゴールを待つだけでした。 自分の時計では59分24秒ぐらいだったので、昨年の優勝タイムは越えられなかったけれど、59分台を出しているランナーがいなそうだったから、もしかしたら?とは思ったけど、最後まで分からなかったです」と吉住選手はレース後に語ってくれた。
昨今100kmを超えるウルトラ・ディスタンスのレースが人気を集める中、なぜバーティカル・キロメーターに挑戦するのか、吉住選手に聞いた。
「バーティカルって一人ずつスタートするから、お客さんが全員に平等に最大限の応援をしてくれる。そして山の登りなのでスピードも遅いから、観客の皆さんが間近で自分のことを応援してくれていることが肌で感じられるんです。特に今回のトランスバルカニアではスタートからフィニッシュまでずーっと観客に応援してもらえて、こんなことは初めての経験。めっちゃ感動しました!本当に景色はきれいだし、めっちゃ応援してくれるし、もう楽しくて楽しくて、楽しみすぎちゃってちょっと出し切れなかったかもしれない!」と興奮気味に話してくれた。
暫定トップタイムでフィニッシュした後、吉住選手はサポートチームが待つスタート会場へと下山したはずなのだが、待てど暮らせど下りてこない。心配になって携帯電話へ連絡を取ると「なんか道間違えたみたいで、全然知らないところに降りてきちゃいました!」。これからヒッチハイクで車に乗せてもらいスタート会場に向かうという。最後の最後まで笑わせてくれた。さすが吉本ドリームチーム、花子師匠直伝の「オチ」を忘れない吉住選手だった。
やっとスタート会場に吉住選手が到着すると、観衆から次々に記念写真を求められ、 メディアに囲まれる。そして大会MCが「カンピオーネ!ユーリー!ヨシズミ!!」と叫ぶと大歓声が巻き起こった!
一番遠くからはるばるラ・パルマ島にやってきて、一番誰よりも小柄な吉住選手が、一番速く59分28秒でこのラ・パルマの山を駆け上がり、表彰台の一番高いところに、登ることになった。いつも吉住選手をサポートしてきた針中野フィジカルケア鍼灸整骨院の郷田先生が、吉住選手を肩車し、国旗をなびかせて表彰台へ向かうとそれに合わせてメディアのカメラの列もぞろぞろと移動する。
日本のバーティカル・キロメーターの女王が、そしてこのトランスバルカニアVKでついに世界の女王の仲間入りを果たした瞬間だった。
吉住友里選手が鮮烈な世界デビューを果たし、翌日のプレスカンファレンス、フォトセッションでは早くもずーみん旋風が吹き荒れた。
吉本ドリームチームで、大助花子師匠に応援される吉住選手はSNSに投稿する面白写真でも人気だが、この面白写真も世界に進出を果たした。今回も世界のトップ選手が集まるトランスバルカニアで、グザビエ・テベナール(2013年、2015年UTMB優勝)、ルイス・アルベルト・ヘルナンド(昨年のスカイランニング世界選手権チャンピオン)、ルドビック・ポムレ(昨年のUTMB優勝)が吉住選手のバーティカル優勝を祝福するとともに「おさげチョクマガ(直立真顔)」に参加、スペインのメディアにも撮影された。
日本のずーみんが、世界のずーみんへの第一歩を踏み出した、素晴らしい遠征となった。