鏑木毅が2019年に50歳で再びUTMBに挑む。「Neverプロジェクト」発表会レポート

2009年UTMBで3位などの成績で知られる日本トレイルランニング界至高のレジェンドは現役のプロ・アスリートであり続ける決意を明らかにしました。 Tsuyoshi Kaburakiは50歳で迎える再来年2019年のUTMBに挑む計画を発表。この挑戦は「Neverプロジェクト」と名付けられ、鏑木の挑戦を伝えていくメディアとしてウェブサイト「鏑木毅 NEVER」が昨夜公開されました。この記事では昨日11月20日に都内で行われたプレス発表会の模様をお伝えします。

link


鏑木毅が再びUTMBに挑む「Neverプロジェクト」

鏑木毅 Tsuyoshi Kaburakiが2019年のUTMBに挑戦します。鏑木の「決して終わらない挑戦」、「決してなくならない情熱」、「決して諦めない姿勢」を伝えるために立ち上がったのがNeverプロジェクトです。

このプロジェクトでは昨日夜に公開されたウェブサイト「鏑木毅 NEVER」に加え、鏑木毅のFacebookページや新たに開設されたInstagramのアカウントでも情報を発信していくことになります。

さらに、ドキュメンタリー映像を2019年までに計3本製作し公開。第一弾のエピソード01「リベンジ、始動」は来月12月7日にNeverプロジェクトのYouTubeチャンネルで公開される予定です。

プロジェクト始動の場となったグランレイド・レユニオンを振り返る

発表会の冒頭、登壇した鏑木毅が今年10月に出場し、3度目の挑戦で完走を果たしたグランレイド・レユニオン()について振り返りました。

UTMBが世界最高峰のトレイルランニングレースなら、グランレイド・レユニオンはそれに次ぐ存在だという鏑木。2013年に初出場した際は途中で補給食を受け取り損ねたことがきっかけでリタイア。再挑戦の翌年2014年は途中で心不全が疑われる症状でリタイア。生涯で二回だけのリタイアという雪辱を味わうことになったグランレイド・レユニオンで今回こそは「絶対にリタイアはしない」と誓ったといいます。その結果、男子44位となる31時間46分で完走しました。

しかし、完走はしたものの今回のレユニオンでは思うようにいかなかったと振り返ります。一つはレース中の胃腸のトラブル。想定よりも大幅に遅れて到着した100km地点のエイドでは用意してもらった補給食をしっかり食べたものの、その後立ち上がった途端に戻してしまうほど。「100マイルレースの後半で他の選手が苦しむところでしっかり走れるのが強みのはずなのに、意識は朦朧とし、足元がふらつく中で進んだ最後の60kmはこれまでにない苦しさだった」と振り返りました。

さらに、脚力を失っていたと率直に認めます。年齢を重ねるとともに衰える脚の力を保つために10ヶ月に渡って準備していました。「この脚の老化をどう乗り越えるのかが最大の課題」としながらも、「克服するためのヒントもみえてきた。これからUTMBに向けて試してみたいことがあるのでワクワクしている」と前向きな表情をみせました。

レユニオンについて振り返る鏑木毅は明るい表情で今後の課題を語る。

2019年に50歳で挑むUTMB

トレイルランナー・鏑木毅にとってUTMBは2007年に初挑戦し、2009年には3位となって世界的なトップアスリートとして注目されることになった大舞台。10位となった2012年大会を最後にUTMBのスタートラインから遠ざかったが、それ以来は自らのUTMBでの輝かしい活躍に複雑な思いを抱くことになる。鏑木は「UTMBに出なくなって『選手として役割を終えた』と思われることが悔しかった」という。一方で過去の栄光を自慢げに話す自分、世界3位になったのだからもうこれでいいのではと逃げている自分が「嫌で仕方なかった」のだという。

退路を絶って、もう一度自分の限界に挑戦したい。過去の実績に安住する自分の殻を打ち破りたい。そしてそんな自分の挑戦を通じて夢を持つことの大切さを伝えたい。悲壮にも聞こえる決意を話す鏑木毅の表情には意外にも穏やかな笑顔がみられました。

その後の質疑応答では、2019年に出場するUTMBでの順位やタイムといった目標は掲げることなく、「全精力を使って満足できる結果を出すこと」に集中すると話したほか、Neverプロジェクトに取り組みながらもこれまで通りに大会のプロデュースや「日本トレイルランナーズ協会」会長とのしての実務は両立していくことも明らかにしました。

ゴールドウィンが鏑木毅のNeverプロジェクトをサポート

ゴールドウィンの山屋光司さん。

会場では「」や「」を扱う株式会社ゴールドウィンがNeverプロジェクトを全面的にサポートすることも発表されました。ゴールドウィンが今年11月に最先端の技術を駆使したスポーツウェアの研究開発の拠点として富山県に設立した「ゴールドウィン テック・ラボ」がこのプロジェクトのためのウェアやギアを開発。東京・外苑前の「Neutralworks.」ではトレーニングやコンディショニングメソッドを通じて鏑木の挑戦をサポート。会場で挨拶した同社マーケティング部の山屋光司さんは「当社では『スポーツ・ファースト』を掲げ、スポーツのある暮らしを通じて心と身体の健康を提供していくことを目指している。50歳でUTMBに挑戦するという鏑木選手の決意は尋常ではない険しい山を超えるようなもの。この挑戦を通じて、生涯にわたって挑戦を続けることの素晴らしさを伝えてほしい。」とエールを送りました。

止まることのない鏑木毅の挑戦の結末の行方は?

当サイトの編集長である岩佐は2013年、2014年の鏑木毅さんのグランレイド・レユニオンに同行し、2014年はレース中のサポートにも当たっていたので、今年のレユニオンで鏑木さんが完走したことにホッとさせられました。当時、鏑木さんと話した際には、現役アスリートであることにこだわり過ぎない方がいいのでは、と提案したこともありました。しかし、今回鏑木さんが出した答えは少なくとも2019年までは現役であり続けるというものでした。

鏑木さん本人が認めるように、年齢による走力の衰えは着実に忍び寄ります。鏑木さんは2006年、2007年に当時それぞれ57歳、58歳でUTMBを連覇したマルコ・オルモ Marco Olmoこそが自分のヒーローだといいます。しかし若い選手が切磋琢磨してスピード化が進んだ現在のUTMBで50代の選手が上位に入ることは容易ではありません。

そうした中で、鏑木さんの挑戦を各種のメディアで伝えるNeverプロジェクトはレースの結果だけでなく、そこに至るまでのこれから2年足らずの過程を伝えてくれる重要な存在です。とはいえ、結果だけでなく日頃の努力の様子まで発信して行くことは、ある意味ではこれまで以上にプレッシャーとなることがあるかもしれません。

いばらの道を進むことに自らのアイデンティティを見出した鏑木毅さんが2019年まで何を見せてくれるのか。当サイトも注目していきたいと思います。

発表会には鏑木毅の群馬県での長年の後輩・(右)と早稲田大の後輩・(左)の姿も。

Sponsored link