雨の中、フェイディッピデスの背中を追って・石川佳彦 Yoshihiko Ishikawa スパルタスロン Spartathlon レポート

【編者より・スパルタスロン Spartathlonはギリシャのアテネからマラトンへの246kmを走るウルトラマラソン。「マラソン」という言葉の由来とされる古代ギリシャのフェイディッピデス Pheidippidesによる伝令の故事にちなんでいる大会です。今年の9月28-29日に開催された大会では、日本のトップ・ウルトラランナー、 Yoshihiko さんが22時間55分13秒で優勝。1983年にスタートして以来、国際的な権威あるウルトラマラソンのイベントとして注目を集めるこの大会で、昨年の4位に続いて見事に勝利の栄冠をつかみました。石川さんは昨年のIAU24時間走世界選手権(ベルファスト)でも優勝しています。日本人選手でスパルタスロンで優勝したのは大瀧雅之 Masayuki Otakiさん(2000年)、關家良一 Ryoichi Sekiyaさん(2002年、2009年)に続いて3人目です。この記事は石川佳彦さんから寄稿していただきました。石川さんは雨と風が強まる中、150kmにわたってトップを守り抜いた厳しいレースだった、と振り返っています。】


昨年4位に終わり、悔しさを持ち続けていたレース。ずっと優勝するイメージを描きながら1年間トレーニングを積んできました。

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レース当日はメディケーンと呼ばれる地中海性ハリケーンが上陸し、時間ごとに天候が荒れる予報でした。午前7時にパルテノン神殿前をスタート。気持ちがぐっと高まる瞬間です。スタートしてすぐにブラジル人選手が飛び出し、あっという間に見えなくなりました。昨年2位に入ったチェコ人選手(ブルンナー・ラデック Brunner Radek)が良いペースで刻んでいたので、すぐ後ろに付いて様子を伺いました。アテネ市街地に入り、ラトビア人選手が集団に合流。3人でレースは進んでいきました。

レース序盤、上位3人で前後しながら走る石川佳彦さん。(写真はいずれも石川佳彦さんより)

うまく3人でリズムを作って、飛び出したブラジル人選手を追いたかったのですが、チェコ人選手とラトビア人選手が競り合うようにペースを上げ下げし、安定しない状況でした。30kmまで我慢しましたが、このまま行く事に不安を感じて集団から離れます。一人になり、この辺りから雨、風が強まってきて精神的に辛い時間でした。

しばらく一人の時間が続き、迎えた50km過ぎ。見慣れたランナーの姿が。前を行っているはずのチェコ人選手です。今にも止まりそうな走りに驚きましたが、チェコ人選手を抜き単独3位になると少し落ち着きを取り戻せました。70km過ぎにはスタート直後に飛び出したブラジル人選手も落ちてきて、単独2位に。涼しいというより寒いくらいの異常な天候が実力者達のペースを狂わせたのか、徐々に追い上げる得意な展開に手応えを感じていました。そして90km過ぎ、明らかにペースダウンしたラトビア人選手を捕らえ、ついにトップに立つ事になりました。

200km辺りでトップに立ち、逃げるイメージを作っていましたが、予想よりも遥かに早い100km手前でトップに立ってしまいました。少し動揺しましたが開き直って150km逃げ切ると心に決めました。

100kmを7時間59分で通過。冷たい雨に打たれながらのレース。予想以上に疲労が蓄積していましたが、逃げきるしか勝つ方法はありません。

160km地点の標高1020m、コース最高到達点のサンガス山の頂上付近。メディケーンの影響で雨と風が一番強かった時間帯でした。足首まで水に浸かり、日本のレースならば中止になってもおかしくないレベル。視界がほととんど奪われ、気温も急激に下がりました。低体温症一歩手前でした。動かない体をなんとか動かしサンガス山を下り、エイドステーションの暖かい飲み物で回復。レースを続ける事ができました。スパルタスロンは残り30kmがほととんど下りのコースなので、そこまで走ればペースダウンする事はほぼありません。残り30kmまでに勝負を決めておく必要があると思っていました。

約150kmの一人旅。最終的には2位と40分以上の差をつけましたが、200km地点で追い抜いたチェコ人のランナーが復活し、15分差まで後ろに迫っていました。前回敗けた力のある選手ですし、追い付かれるんじゃないかと思ってスイッチが入りました。あそこでスイッチが入っていなければ勝負はどうなっていたか分かりません。

フィニッシュ地点のスパルタの街。昨年はペースダウンしながらも何とか辿り着いたレオニダス像でしたが、今年はトップで駆け抜ける事ができました。降り続く雨と照明とレオニダス像まで続く人垣。神秘的な景色に見えました。全ての努力が報われた瞬間です。フィニッシュ後は体調が急激に悪くなり、記憶がほとんどありませんが、レース翌日にスパルタ市内にあるスパルタスロン記念碑(歴代優勝者の名前が刻印されている)を見た時に自分の名前が入るんだと思うと優勝した実感が沸いてきました。

24時間走世界記録保持者のイアニス・クーロス Yiannis Kouros(ギリシャ、スパルタスロンの大会記録保持者で4度優勝)やスコット・ジュレック (2006-2008年に三連覇)、日本の關家良一 Ryoichi Sekiyaさんなど、本やテレビでしか見たことのない方達と名前が並ぶと思うと何だか不思議な気持ちでした。

荒れた今年のスパルタスロン。荒れた天候だったから自分に運が向き、優勝できたと思っています。もっとコンディションが良かったら?もっと暑かったら?ウルトラマラソン最高峰のスパルタスロンを制してもまだまだ課題は多くあります。自らの弱さを受け入れ、克服し、様々な国のレースにチャレンジし、勝ちたい。そして、感動を味わいたい。今後の自分自身の可能性に期待してこれからも走り続けたいと思います。

プロフィール
石川佳彦 1988年4月25日生まれ。鳴門高校卒業後、日亜化学工業入社。20歳で初フルマラソンを経験。24歳でウルトラマラソンデビュー。2016年12月初挑戦となった神宮外苑24時間チャレンジ263.127㎞で優勝。同年世界ランキング1位に。2017年7月北アイルランドで開催されたIAU24時間走世界選手権270.870㎞で優勝。29歳2カ月での優勝は歴代最年少を記録。2017年IAUアスリートオブザイヤーを獲得。2018年2度目の挑戦となったスパルタスロンで22時間55分13秒で優勝。
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