中国のトップ選手が男女ともに大会記録を更新したのは昨年のこと。今回は中国の選手たちが上位を独占。今や中国の選手層の厚さは欧米に全く引けをとらず、競技面でもトレイルランニング大国であることを示すことになりました。
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(写真・レース中盤までリードしたリャン・ジンとヤン・ロンフェイ。Photo by Koichi Iwasa, DogsorCaravan.com)
今年のビブラム・ホンコン100ウルトラトレイルレース Vibram® Hong Kong 100 Ultra Trail® Race(HK100)はスタートから前評判の高かった中国の選手たちが男女ともにレースをリード。男子のレースではこの大会で2015年に優勝、2016年に2位となっているヤン・ロンフェイ Long Fei Yanと昨年1位でフィニッシュしながらもコース上にボトルを捨てたことなどから失格となっていたリャン・ジン Jing Liangの二人が激しいレースを繰り広げますが、レース中盤にヤンがリタイア、リャンがコースをロスト。二人に僅かの差で続いていたシェン・ジャシェン Jiasheng Shenが勝利を勝ち取りました。女子のレースは今回がウルトラディスタンスのトレイルランニングレース初挑戦というルー・ヤンチュン Yangchun Luがレースを終始リード、男女総合8位という好成績で優勝。欧米から多数参加している国際的なトレイルランニングのトップ選手たちも中国勢の厚い壁に阻まれました。
昨年はミン・チー Min Qiとミャオ・ヤオ Miao Yaoのカップルが揃って大会記録を更新して話題をさらったこの大会。二人はともにその後のCCC®︎に出場してミャオ・ヤオが女子優勝、ミン・チーは男子準優勝という結果を残しています。今年もまだ知られていないヒーロー・ヒロインを生み出す大会になりました。
レースの展開
今年のHK100も恵まれたコンディションの中で開催。終日曇り空で中国特有の靄がかかった空から強い日差しはありません。日中の気温は20℃前後で推移していました。
走りやすいレース序盤であまりペースを上げすぎない、というのが長距離トレイルランニングレースで成功する秘訣なのですが、HK100についてはあまりそのルールは当てはまりません。スタート直後といってもいいEast Dam 東壩 12kmでは6人の選手が揃って通過。ジャン・ジェンロン Zhenlong Zhang、ルオ・タオ Tao Luo、ヤン・ロンフェイ Long Fei Yan、リャン・ジン Jing Liang、シェン・ジャシェン Jiasheng Shen、そしてトム・エバンス Thomas Evans(イギリス) 。この中の3人が1日の終わりにはトップ3に入って表彰台に立つことになります。
CP1 Ham Tin 鹹田 22kmではヤン・ロンフェイとトム・エバンスが先行してエイドを出ますが、今年から新たにコースに加わった標高差400mの登りと下りを終えた後のCP2 Hau Tong Kai 猴塘溪 34kmにはヤン・ロンフェイとリャン・ジンの二人が並んで到着。陸上競技のエリート選手として育ち、2015年のこの大会で優勝して既に海外でも知られた存在のヤン・ロンフェイ。いわば市民ランナー出身で昨年のこの大会ではトップでゴールしながらも失格という辛酸を舐めたリャン・ジン。二人はしばらく一歩も譲らない激しいレースをくりひろげます。二人から30秒差で3番手にトム・エバンス、さらに1分おいてジャン・ジェンロンが4番手、さらに30秒おくれてシェン・ジャシェンが5位でした。欧米勢ではCP2にトップ10圏内でディラン・ボウマン Dylan Bowmanがやってきましたが、この日は体調が優れず一旦はエイドを出たもののCP2に戻ってきてリタイアします。
今回からエイドの位置が少し移動したCP3 Pak Sha O 白沙澳 43kmは視覚障がいの皆さんが運営し、一際大きな声援で迎えます。ここではリャン・ジンがヤン・ロンフェイに30秒先行して到着。リャンは後ろとの差を気にして慌ててエイドを出て行きます。3位にはトム・エヴァンスが1分遅れでやってきますが厳しい表情。このあとエバンスもリタイアすることになりました。4番手に続いてきたのはシェン・ジャシェンでエバンスからは2分半と少し差が開きましたが、落ち着いています。欧米勢はトップから17〜20分遅れでスコット・ホーカー Scott Hawker(ニュージーランド)、パトリック・オレアリー Patrick O‘Leary(アイルランド)、ゲディミナス・グリニウス Gediminas Grinius(リトアニア)が11〜13位で続きます。
後半の山登り、石段の大きめの段差を控えるCP5 Kei Ling Ha 企嶺下 57kmは選手のサポートをする人、応援する人が集まるレースの中間点です。ここにもリャン・ジンにヤン・ロンフェイがぴったりと付いてきて到着します。このまま最後まで二人の駆け引きが続くように思えましたが、既にヤンの足に異変が生じていました。CP5を出たヤンのペースはみるみるうちに落ちていき、結局この先のCP6でリタイアすることになりました。レースはリャン・ジンが独走、CP5に2分差でやってきたシェン・ジャシェンが追うことになりました。4番手はジャン・ジェンロンですが、5位には昨年のこの大会で16位、UTMFでは10位になっているデン・ゴーミン Guo Min Dengが上がってきていました。
そのままリャン・ジンがリードし続けると誰もが思っていたところで、ジン・リャンはコースをロストするトラブルに見舞われた模様。GPSのトラッキングによると、CP8に向かう 82km地点付近でコースは一旦ロードに出て歩道橋を渡ってロードの登りへと入るのですが、ここで道なりに下ってしまった模様。この間にシェン・ジャシェンはトップに立つことに。CP8 Shing Mun Dam 城門水塘 86kmでは二人の差は4分まで広がります。
それでもリャン・ジンは先行するシェン・ジャシェンを懸命に追いますが、シェンのペースは落ちることはありません。CP9 Lead Mine Pass 鉛礦坳 93kmでは二人の差は4分半でしたが、夕闇が迫る中で大帽山を越えるセクションでシェンはさらにペースアップ。シェン・ジャシェン Jiasheng Shenが10時間22分2秒で優勝し、2位になったリャン・ジン Jing Liangには13分47秒まで差を広げていました。3位にはジャン・ジェンロン Zhenlong Zhangがつづきました。スマートなレースで後半に順位を上げたデン・ゴーミン Guo Min Dengは4位に。5位はこの日が誕生日で家族に迎えられてゴールしたスコット・ホーカー Scott Hawker(ニュージーランド)、6位にゲディミナス・グリニウス Gediminas Grinius(リトアニア)がつづきました。7位のリー・コー Kuo Li、8位のリー・ボー Bo Li、9位のパトリック・オレアリー Patrick O‘Leary(アイルランド)と続き、10位には地元香港のウォン・ホーチュン Ho Chung Wongが入りました。
日本の選手はこの大会では2015年に7位、2016年に9位となっているいいのわたる Wataru Iinoが24位に。レース前半に右足を蜂に刺されて全身に異変を感じるという厳しいコンディションでレースを続けました。奥宮俊祐 Shunsuke Okunomiyaはこの大会で2014年に7位、2015年に14位、2016年に12位となっていますが、今回はCP2を出たあたりから「体に力が入らなかった」とペースを落としました。一度はリタイアを考えながらもチームメイトに励まされながら72位でフィニッシュ。昨年12位だった土井陵 Takashi Doiはインフルエンザで参加を見送りました。
レース前半、ルー・ヤンチュンに続いていたのはジャスミン・ニュニジ Jasmin Nunige(スイス)でした。しかし、CP4 Yung Shue O 榕樹澳 51kmではシャン・フージャオ Fuzhao Xiang(中国)に先を譲ります。そのままシャンは2位をキープしてルーから34分差でフィニッシュ。こちらも男女総合14位です。2016年は4位、2018年は3位になっていて、今回もまた一つ順位を上げることになりました。続いて3位になったのはヤン・ガンメイ Guangmei Yang(中国)で、CP5では既にジャスミン・ニュニジを抜いて3位になっていました。フィニッシュでも男女総合で17位になっています。こちらも今回が100kmのレースへの初挑戦でした。
4位にはCP8から一つ順位を上げたシュー・メイリン Meiling Xu(中国)。5位にエカテリーナ・ミチャエワ Ekaterina Mityaeva (ロシア)が入り、ジャスミン・ニュニジ Jasmin Nunige (スイス)は6位でフィニッシュ。7位にマリア・ニコロワ Mariya Nikolova (ブルガリア)がフィニッシュした後、地元香港の選手でロードレースを中心に活躍するリャン・インスー Ying Suet Leung(中国香港)が8位になりました。9位はルー・クリフトン Lou Clifton (オーストラリア)、10位はルーシー・カント Lucy Cant (ニュージーランド、香港在住)でした。
上位は中国勢が席巻した今回のHK100、そしてリャン・ジンのこと
アジア有数の国際都市、香港のトレイルランニングの人気は高く、数多くの大会がかいさいされています。その中でもこのVibram Hong Kong 100が特別なのは、世界各国から選手が集まり、世界が注目するハイレベルなレースが展開されることでしょう。
その中で中国本土から参加する選手は、ユン・ヤンチャオ Yanqiao Yun(2013年、2017年優勝)、ヤン・ロンフェイ Long Fei Yan(2015年優勝)、ドン・リー Li Dong(2016年優勝)といった選手が登場し、その後世界に活躍の場を広げていきました。とはいえ、レースのトップ10のほとんどは欧米のトップ選手が占めていました。昨年2017年からはレース序盤に特に中国の選手が上位を占めるようになり、今年はついにリザルトでもトップ10の過半数は中国の選手が占めるようになりました。
女子優勝のルー・ヤンチュン はつい最近まで15kmを越える距離は走ったことがなかった、といいます。上記のように12月に50kmのレースを走ったものの今回のHK100のための準備は特に何もしていなかったとのこと。男子優勝のシェン・ジャシェンは昨年3月のGaoligong by UTMB®︎の125kmのレースで優勝したのが実質的にトレイルランニングへのデビュー戦。その後のOCCでは補給の失敗で6位にとどまったものの、今回は素晴らしい内容で優勝。この夏のCCC®︎では注目の存在となりそうです。
優勝を逃したものの2位になったリャン・ジンは昨年のこの大会で一番にゴールしながら応援のハイカーのボトルを持ち去り、自分のボトルをその場に捨てたことから失格に。あれから一年経った今年のレースでは序盤からあふれる闘志でレースをリードし、コースをロストする失敗をしても諦めることなく走り続けました。リャンは今回のレースで昨年の不名誉を挽回することになりました。ヤン・ロンフェイやチー・ミンのように陸上競技のエリート選手として特別な教育を受けてきた選手とは違い、リャンは技術者として工場勤務をしながら、余暇としてマラソンに取り組んできたといいます。次第に才能を発揮するようになり、今ではあちこちの大会に出て賞金を稼いで生計を立てているプロのランナー。中国のローカルな大会では応援している人が選手に水や食べ物をすすめてくれて、選手が応じるのは普通のこと、という事情があったことが昨年の失格に繋がりました。失格になった大会に翌年再び出場するまでにどんな思いが去来したかは分かりませんが、大会前日のプレスカンファレンスでの堂々とした話し振りと大会当日の見事な走りをみると、エリート選手として育ってきたアスリートにはないたくましさを感じます。リャン・ジンは今年のUTMB®︎にエントリーしています。
リザルト
リザルトはこちらから。
男子 Men
- シェン・ジャシェン Jiasheng Shen 申加升(中国、Columbia) 10:22:02
- リャン・ジン Jing Liang 梁晶(中国、探路者飞越队/toread) 10:35:50
- ジャン・ジェンロン Zhenlong Zhang 张振龙(中国、探路者飞越队/toread) 10:41:46
- デン・ゴーミン Guo Min Deng 邓国敏(中国、Salomon) 10:52:19
- スコット・ホーカー Scott Hawker (ニュージーランド、Vibram) 10:53:34
- ゲディミナス・グリニウス Gediminas Grinius (リトアニア、Vibram) 11:11:10
- リー・コー Kuo Li 李阔(中国、Columbia) 11:40:06
- リー・ボー Bo Li 李波(中国、HOKA OneOne・Vibram) 11:47:19
- パトリック・オレアリー Patrick O’Leary (アイルランド、アメリカ在住、The North Face) 11:51:37
- ウォン・ホーチュン Ho Chung Wong 黃浩聰(中国香港、The North Face Adventure Team) 11:52:39
(日本関連)
- 24 いいのわたる Wataru Iino (さかいや・Raidlight) 13:14:43
- 72 奥宮俊祐 Shunsuke Okunomiya (adidas terrex) 15:19:31
- 103 木村隼人 Hayato Kimura (KANAZAWA MONTANA) 15:47:04
(注目選手のDNF)
- ヤン・ロンフェイ Long Fei(中国、Salomon / Jianchi 坚驰)
- ディラン・ボウマン Dylan Bowman(アメリカ、The North Face / RedBull)
- トーマス・エバンス Thomas Evans(イギリス、adidas terrex)
- ドー・ジー Ji Duo 多吉(中国、Kailas凯乐石)
- ジェイ・キアンチャイパイファナ Jantaraboon “Jay” Kiangchaipaiphana(タイ、The North Face Adventure Team)
- ジャスティン・アンドリュース Justin Andrews(アメリカ、中国在住、WAA)
- ジェフ・キャンベル Jeff Campbell(カナダ、香港在住、WAA)
- ジー・ジェンカン Zhengquan Ji 吉正权(中国、HOKA OneOne)
女子 Women
- ルー・ヤンチュン Yangchun Lu 陆阳春(adidas terrex、中国) 11:43:20
- シャン・フージャオ Fuzhao Xiang 向付召(中国、TOREAD 探路者飞越队) 12:17:32
- ヤン・ガンメイ Guangmei Yang 杨光梅(中国、TOREAD 探路者飞越队/Vibram) 12:43:19
- シュー・メイリン Meiling Xu 徐美玲(中国) 13:02:24
- エカテリーナ・ミチャエワ Ekaterina Mityaeva (ロシア、adidas terrex) 13:03:46
- ジャスミン・ニュニジ Jasmin Nunige (スイス、adidas terrex) 13:19:21
- マリア・ニコロワ Mariya Nikolova (ブルガリア) 13:51:08
- リャン・インスー Ying Suet Leung 梁影雪(中国香港、MIZUNO) 14:01:22
- ルー・クリフトン Lou Clifton (オーストラリア) 14:33:33
- ルーシー・カント Lucy Cant (ニュージーランド、香港在住、Gone Running Joint Dynamics) 14:50:53
(注目選手のDNF)
- ライア・ディアス Laia Diez-Fontanet(スペイン、WAA)
- まつもと・さやか Sayaka Matsumoto(日本、香港在住、Uglow/Joint Dynamics)
- コリーン・マルコム Corrine Malcolm(アメリカ、adidas terrex)
- リサ・ボルザニ Lisa Borzani(イタリア、Tecnica)
謝辞
今回もフィエルド・ちあきさんにご協力いただきました。大会当日にはiRunFarと写真や情報を交換しました。心より感謝します。