石川佳彦 Ishikawa Yoshihikoさんは2017年IAU24時間走世界選手権で優勝し、同年のIAUによるウルトラランナー・オブ・ザ・イヤーに選ばれています。昨年もアメリカのBadwater 135で大会記録を更新して優勝、台湾・Soochow Ultramarathonで24時間走の世界歴代4位となる279.427kmを記録(当サイトでも2019年のDogsorCaravan Awardの特別賞に選ばせていただきました)。ウルトラマラソンでは現在世界トップクラスの選手として活躍しています。最近は日本でもテレビなどで取り上げられる機会も増えています。
2020年の石川さんは2月8日にニュージーランドで行われたタラウェラ・ウルトラマラソン Tarawera Ultramarathonの100マイルのレースでシーズンをキックオフ。得意とする200kmを超えるようなレースに比べると100マイルは少し短め、さらにトレイルとロードという違いが世界チャンピオンの目にはどう映ったか。当サイトでは、ニュージーランドから帰国した石川さんにお話を聞くことができました。
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(写真 ©︎ 石川美紀)
ー 昨年はBadwater 135で優勝に続いて、12月に台湾のSoochow Ultramarathonで24時間走の好記録を出しましたね。トレイルランニングでも昨年1月のCold Water Rumble 100(アメリカ・アリゾナ州)で優勝しています。
(石川佳彦さん)台湾から帰国して以降、年末年始まではリカバリーを最優先にして過ごしました。ですから、今回のタラウェラの100マイルに向けた準備をしたのは1ヶ月程度。レースのためのトレーニング期間としては短いですが、昨年のアメリカのレースの時と比べて力は付いている実感があります。タラウェラは(102kmのレースが)UTWT(Ultra-Trail World Tour)の一戦としてもよく知られていますよね。そのタラウェラで自分が優勝争いに加わるというイメージを思い浮かべながら、ニュージーランドに向かいました。
100マイルのトレイルランニングはCold Water Rumbleが初めて。優勝したとはいえ後半は全く思うように走れなかったので、内容には課題が残りました。その課題にもう一度挑戦するつもりでタラウェラにエントリーしました。
ー トレイルランニングのレースとロードのウルトラマラソンで、どんなところに違いを感じますか。
(石川さん)トレイルとロードというコースの状況が違うのはもちろんですが、夜のトレイルを自分のライトを頼りに走るというのもあまり経験がありません。この点はチャレンジでした。
レースの雰囲気もトレイルとロードでは違いますね。今回のタラウェラもそうでしたが、スタート前のトレイルレースの独特の盛り上がりは好きです。あと、上位を走る選手同士であってもあれこれやたら話しながら走るのも印象的。ロードのウルトラマラソンや24時間走ではちょっと考えられないです。
レース中に給水やジェルを用意してもらうサポートは長丁場で気持ちを切らさずに戦うために大切。これはロードでもトレイルでも同じです。今回は妻が車でコースを先回りしながらサポートしてくれました。妻はこれまで24時間走やロードのウルトラマラソンでのサポートを経験してしますが、トレイルレースだとサポートのための移動にも制約があり、今回も苦戦したようです。サポートしてもらうことで妻に力を借りていると実感します。感謝しています。
ー レースでは序盤から今回優勝のウラディミール・シャトロフ Vladimir Shatrov(オーストラリア)がリードし、石川さんが追う展開でしたね。
(石川さん) 100マイルのレースのスタートは午前4時でした。直後からシャトロフ選手が飛び出しました。私は焦らずに、今回3位になったアダム・キンブル Adam Kimble(アメリカ)選手が引っ張る4人の集団で走りました。みんなは賑やかに話していましたが、私は片言の英語で「I am Japanese. My name is Yoshi.」とだけ話して、3人の後ろに付きました。明るくなるまではできるだけ集団でライトが明るい状況で走ろうと考えていましたので、狙い通りの立ち上がりでした。ここではペースは1km5分を少し切るくらい。コースも序盤は思っていた以上に走りやすい。気持ち良くペースを刻めました。
とはいえ、狙うのは優勝。このままトップとの差が大きくなり過ぎては追い付けなくなります。20kmを過ぎ、少し明るくなってきたところでペースを上げて集団の前に出ました。私に付いてくる選手はおらず、後ろを気にせず走り続けます。やがてすっかり日も昇り、ここからはトップのシャトロフ選手を追い上げていきます。
ー 順調な前半ですね。でもウルトラマラソンではトップ選手といえども途中で苦しくなる場面があると思います。今回の石川さんにはそんな場面はあったでしょうか。
(石川さん)次第に気温が上がって、コースもトレイルの登りが多くなってくると、段々と勢いがなくなってくるのが自分でも分かりました。レースを通じて一番苦しかったポイントだったかもしれません。タラウェラのコースは全体としては林道が多くて走りやすいのは確かです。でもロードを普段は走っている自分には、時々出てくる階段や急な下り、木の根が続く箇所は不得手です。最初から簡単なレースではない予感がありました。
60km地点でシャトロフ選手との差は20分と知りました。まだコースはこの先100kmも続きますが、これ以上離されたら優勝の望みはなくなります。80kmを過ぎると気持ちよく下れる林道が続き、ここで1km4分半を切るペースで巻き返しを図ります。この時は先程の苦しい走りから脱することができたという感覚がありました。
ー それでもシャトロフ選手との差を詰めきれなかったわけですが、最後はどんなことを考えながら走りましたか。
(石川さん) 100km地点を通過したのは9時間10分で、2位ではありますが大会記録(昨年のジェフ・ブラウニングで16時間18分55秒)を上回り、目標にしていた16時間は切れるかもしれない、と思いました。ここまでやってもレースに勝てなかったなら仕方ない、とよい意味で開き直れました。それに逆転は難しい場面でも諦めずに走れば、最後までどんな結果になるかわからないのがウルトラマラソンです。そう開き直ってからはレースを楽しむことができました。
トップとの差は120km地点では50分、149km地点では47分と少し縮めたとはいえ、私の追い上げもここまででした。コースの最後には急な登り、下り、階段と一番テクニカルなセクションが待ち受けます。ここで一気に勝負をかけるような体力も技術も自分にはありませんでした。結局、100マイル(165km)を2位、16時間47分でフィニッシュしました。
ー 24時間走で世界の頂点に立つ石川さんですが、これからはトレイルの100マイルにも挑戦する機会が増えるでしょうか。
(石川さん)一言でウルトラマラソンといっても、ロードとトレイルではやはり違います。今回タラウェラの100マイルでは、優勝したウラディミール・シャトロフ選手と私の力の差は歴然としていて、どう足掻いても今日勝つことは不可能でした。24時間走で世界チャンピオンになれても、コースがトレイルになって距離が変わるとそう簡単には勝てない。競技が変われば勝者も変わるのは百も承知ですが、それにしても力の差を見せつけられました。
でも、今回タラウェラで2位のメダルをいただいたことは自分にとって新しい刺激であり、伸びしろを見つけることができました。世界にはまだ日本人が勝てていないレースが山ほどあります。これからも長いランニングキャリアの中で一回でも多く勝者になれるよう、チャレンジを続けていきたいと思います。