ささやかれていた新シリーズがついにベールを脱ぎました。トレイルランニングのあり方に一石を投じる存在になるか。
11月13日に世界各地の9つのトレイルランニングイベントが共同で新しい国際シリーズとなる「ワールド・トレイル・メジャーズ」(World Trail Majors)を発足することを発表しました。
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富士山麓で開催されるマウントフジ100 Mt. FUJI 100 がこの9つの大会の一つとして加わっています。先月10月1日に今年の大会まで使われた大会名称「ウルトラトレイルマウントフジ」を改称することを発表し、先週の11月8日には新たに国際シリーズに加わることが予告されていました。今回のワールド・トレイル・メジャーズの発足はいわば伏線を回収したことになります。
ワールド・トレイル・メジャーズを構成するのは次の9つのイベントとなります。
- Hong Kong 100 Ultramarathon(中国・香港):アジアのトレイルランニングを世界に知らしめた大会のひとつ。2024年1月18-21日開催、距離102km、累積標高5314m。
- Black Canyon Ultras(合衆国・アリゾナ州フェニックス):アメリカ先住民の交易路や古い駅馬車のトレイルを走る純粋なアメリカン・トレイルランニングのイベント。2024年2月10-11日。距離100km、累積標高1250m。
- The North Face Transgrancanaria(スペイン・カナリア諸島):世界のトレイルランニングカレンダーにおけるクラシックレースのひとつ。2024年2月21-25日。距離126km、累積標高6804m。
- マウントフジ100 Mt.FUJI 100(日本・富士吉田市):日本の最高峰、富士山をシンボルに抱く日本的なトレイルランニング大会。2024年4月26-27日。距離165km、累積標高7574m。
- MIUT – Madeira Island Ultra-Trail(ポルトガル・マデイラ島):大西洋に浮かぶ壮大なマデイラ島を象徴するトレイルランニング大会。2024年4月27-28日。距離115km、累積標高7100m。
- Swiss Canyon Trail(スイス・ヴァル=ド=トラヴェール):1994年に創設、中欧の人気イベントであり、地域の有力選手を集めてきた大会。2024年6月7-9日。距離111km、累積標高5350m。
- South Dawns Way(イギリス・ウィンチェスター):歴史あるロングトレイルである、サウス・ダウンズ・ウェイをたどる100マイル。2024年6月8-9日。距離161km、累積標高3800m。
- Quebec Mega Trail(カナダ・ケベック州):ケベック・シティ近郊の山を走るワイルドなトレイルランニング。2024年7月5-7日。160km、累積標高6500m。
- RMB Ultra-Trail Cape Town(南アフリカ・ケープタウン):アフリカにおける国際都市として名高いケープタウンに隣接する自然に恵まれた山々で開催。2024年11月22-24日。距離166km、累積標高7516m。
プレスリリースにおいては、ワールド・トレイルメジャーズの基本原則について次のように説明されています。
- スポーツ、文化、社会活動としてのトレイルランニングを豊かにし、向上させるために、違いを受け入れる多様性 (Diversity) 。トレイル/ウルトラランニングのレースは非常に変化に富むことが特徴です。レースはそれぞれにユニークな存在であり、距離、場所、地形の多様性により、ランナーにもたらされる素晴らしい経験は無限に広がっている。多様性はトレイルランニングが持つ価値の核心のひとつであり、称賛されるべきである。
- レースが開催される地域を尊重 (Respect) し、維持し、さらには改善する。景観はトレイルランニングが始まる前から存在している。自然と地元の習慣を尊重すると同時に、私たちのスポーツを通じて地域社会や環境を豊かにする。一方で、自然の中で行われるアクティビティであるが故に、トレイルランニングは常に環境を尊重しなければならない。私たちの行動の影響はスポーツそのものよりもはるかに遠くまで及ぶことを、地域的・地球的規模で理解しなければならない。
- アイデンティティ (Identity) 。各レースにはその土地の環境と独自のストーリーに彩られた個性を持つ。ランナー、レース、そして地域社会の間に育まれたレガシーは末長く伝えられ、ランナーには決定的で忘れがたい体験として記憶されるだろう。
(日本語訳は当サイトによる)
一方で、9つの大会が一つのシリーズに集まることでどのような取り組みが新たに始まるのかは、まだ明らかにされていません。
DogsorCaravanではワールド・トレイル・メジャーズについて続報が入り次第、随時お伝えします。
【追記・ワールド・トレイル・メジャーズに参加するMt. FUJI 100 共同代表の千葉達雄さんのインタビューをポッドキャストで公開しています。】
解説・UTMBの拡大が加速する中で、アンチテーゼを掲げて旗揚げした新シリーズはどこへ向かう?
UTMBの人気に触発されるように、100マイルや100kmといったウルトラ・ディスタンスのトレイルランニングは2010年代に入ると世界中に広がりました。その中でUTMBを中心にして世界各地でそれぞれに人気を集めていたトレイルランニング大会が結束。ウルトラトレイル・ワールドツアー Ultra-Trail World Tour が2014年にスタートしました。エリート選手にとっても一般ランナーにとっても世界のトレイルランニングを知る機会となったこのシリーズ戦は、2021年にUTMBワールドシリーズの発足がスタートすると入れ替わるように終了してしまいました。
UTMBワールドシリーズは今や一流のトレイルランニングのブランドとして確立されつつあります。IRONMANとの提携はブランドの展開に止まらず、ウェブや計測、ライブ配信などのプラットフォームの共通化を通じて、それぞれの価値を高めています。その展開は自然環境の保護、多様性の尊重と包摂性の拡大、開催地のコミュニティへの貢献といった分野にも広がっています。
しかしUTMBの成功は、UTMBワールドシリーズに加わる各大会が画一的に見えるリスクもはらみます。世界最高峰のトレイルランニングのファイナルと位置付けられる Dacia UTMB Mont-Blanc の存在感が高まるほど、シリーズのその他の大会は次々に数が増える「その他大勢」のモンブランの予選と見られかねません。UTMBワールドシリーズ世界中に40の大会を数えるまでに成長した今、そうしたリスクや負の側面は現実のものとなりつつあります。
折しも、Ultra Trail Whistler by UTMB が発表された一方で、その地で開催されていた大会の開催が認められなくなったことで、UTMBは地域に根ざした主催者をいじめ、トレイルランニングコミュニティに刃を向けたと批判が湧き上がったばかりです。
共通のブランドではなく多様性を重んじる。それぞれの地域でトレイルランニングを楽しみ、大会を開催している人たちを押し退けて新しい大会を作るのではなく、むしろ尊重する。それぞれの大会を立ち上げたファウンダーと育んだコミュニティのストーリーに重きを置く。ワールド・トレイル・メジャーズのコアバリューにはUTMBの文字は出てきません。しかしこの10年の歩みを知るものにはワールド・トレイル・メジャーズはUTMBへのアンチテーゼとして生まれたことは明らかです。
ただ、これまでにも様々なトレイルランニングのシリーズ戦が登場していますが、UTMBに匹敵するような成功を維持しているものは見当たりません。シリーズとして一つの傘の元に集まることで、どんな価値が生まれるのか。例えばシリーズ戦として年間ポイントランキングで選手は競うことになるのか。各レースへの参加を通じてシリーズの他のレースへの参加が優遇されるのか。シリーズのクライマックスとなるファイナルは設定されるのか。新たな大会をメンバーに迎えるのか。多様性、リスペクト、アイデンティティという価値観を推進するために具体的にどんな取り組みをするのか。誰がリーダーシップを取り、どんなチームが支えるのか。それは、ワールド・トレイル・メジャーズの掲げる理念と矛盾しないのか。
UTMBと並ぶ世界的なトレイルランニングのブランドとなるのか、それともUTMBとは違う何かになるのか。ワールド・トレイル・メジャーズは2024年の世界のトレイルランニング界の注目を集めることになります。