【独占】甲斐大貴 Hiroki Kai がNike ACGグローバルチームへ。「くれいじーかろ」が世界最高峰の環境で挑む、アメリカ、そしてウェスタンステイツへの道【インタビュー】

今週、トレイルランニング界に大きな衝撃が走りました。ナイキがそのアウトドア・カテゴリーである「ACG(All Conditions Gear)」を刷新し、トレイルランニングシーンへの本格参入を発表しました。

その象徴的な動きとして、世界のエリートアスリートを擁するナイキのグローバルチーム「All Conditions Racing Department」に、日本から「くれいじーかろ」こと甲斐大貴 Hiroki Kai (JPN) 選手が新たに加わることが決定しました。

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髙村貴子、甲斐大貴がNIKE「All Conditions Racing Department」へ・ナイキのアウトドアパフォーマンスのブランドは「ACG」として刷新

2026.02.03

これまで特定のメーカーとの契約に縛られず、自由に世界中のレースを飛び回ってきた彼が、なぜ今、ナイキという巨大な翼を手に入れる決断をしたのか。そして、プロフェッショナル・アスリートとしてどのような未来を描いているのか。渡米を直前に控えた甲斐選手に、DogsorCaravanが独占インタビューを行いました。

世界トップ10入りが変えた意識、プロフェッショナルへの転向

昨年の「Western States Endurance Run」において、日本人男子歴代最高位となる10位入賞を果たしたこと。この快挙が、甲斐選手のキャリアにおける決定的な転換点となりました。

「これまでは自由に走りたいという思いがあり、メーカーからの契約のお話はお断りしていたんです」

甲斐選手はそう振り返ります。自身の活動費をイベントやチーム運営で捻出しながら、面白そうなレースがあればどこへでも行く。そんな自由なスタイルが彼の持ち味でした。しかし、世界のトップ選手たちがプロフェッショナルとして活動し、研ぎ澄まされた環境で凌ぎを削る姿を目の当たりにし、心境に変化が訪れます。

「今の自分のやり方では限界がある。アスリートとしてもっと上を目指したいという気持ちが強くなりました」

その言葉からは、楽しむことを優先していたかつてのスタンスから、勝負師としてのプロフェッショナルな意識への変革が感じられました。

「契約したからには、やはり順位を求めていきたい」

なぜNikeなのか? アメリカ、そして「グローバル」へのこだわり

数あるオファーの中から彼がナイキを選んだ最大の理由は、自身の目指す主戦場である「アメリカ」との親和性でした。

甲斐選手は今後、アメリカのトレイルレースへの進出を強く志望しています。ナイキ、そしてACGの拠点がアメリカにあることは、彼にとって理想的な環境でした。「Broken Arrow Skyrace」や「Gorge Waterfalls」といったアメリカの主要レースをナイキがサポートしていること、そして何より企業としてのバックグラウンドがアメリカにあることは、彼のビジョンと合致します。

さらに彼を突き動かしたのが、既存の「グローバルチーム」への加入という条件でした。これは日本支社との契約ではなく、世界のトップ選手と同じ「All Conditions Racing Department」の一員になることを意味します。チームメイトには、バーティカル種目の世界選手権覇者であるクリスチャン・アレン Christian Allen (USA) や、トレイルとロードの両方で活躍するニエンケ・ブリンクマン Nienke Brinkman (NED) といった錚々たるメンバーが名を連ねています。

「トップ選手がいる中で、一緒に練習したり学べたりすることは大きい」

また、グローバルチームならではのメリットとして、科学的なトレーニングサポートも挙げられます。身体機能の測定や科学的知見に基づいたトレーニングは、個人での活動では得難い環境です。

「自分の身体を見つめ直し、強くなるための環境が約束されている」

そう語る彼は、この新たな体制に大きな期待を寄せています。

「ファッション」から「本気のギア」へ。新生ACGとシューズ戦略

ナイキの「ACG」といえば、近年ではファッション性の高いライフスタイルウェアとしてのイメージが強かったかもしれません。しかし、今回のリブランディングは、そのイメージを「本気のパフォーマンスギア」へと回帰させるものです。

甲斐選手自身、昨年のUTMBシャモニーでその変化の予兆を感じていました。

「シャモニーでナイキがACGの展開にものすごい力を入れているのを目の当たりにしました。このトレイル界でナイキという会社がこれから本気でやっていくんだな、という予感がありました」

実際に手にしたウェアについて、一見奇抜に見える穴の開いたメッシュや鮮やかなカラーリングも、すべてはパフォーマンスのためであると彼は分析します。

「ただ目立つだけじゃなく、機能的にも考えられている」

そして注目のシューズに関しては、自身のバックボーンであるロードランニングの走力を活かせる「Nike Ultrafly」と、よりテクニカルな路面や長距離に対応する「Nike Zegama」という2つの武器を使い分ける戦略です。かつて別府大分毎日マラソンを2時間15分17秒で走った際も足元はアルファフライだったという甲斐選手。

「ウルトラフライはスピードを出せるシューズ。僕の強みであるロードの走力を活かせる」

そう評価し、コース特性に合わせた履き分けで世界に挑みます。

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2026.02.03

ウェスタンステイツを見据えた「クレイジー」な戦略

2024年シーズン、甲斐選手の最大のターゲットは6月に開催される世界最高峰の100マイルレース「Western States 100」です。この大舞台で結果を残すために、彼は退路を断ってアメリカでの活動に集中します。

具体的には、年間20〜30戦も出場していたレース数をあえて半分程度に絞り込み、一つ一つのレースに戦略的に挑みます。9月までのスケジュールのうち、約3ヶ月間はアメリカに滞在する予定です。

しかし、レース数を絞るとはいえ、直近のスケジュールはまさに「クレイジー・カロ」の異名にふさわしい過密日程です。2月の「Black Canyon Ultras 50k」を皮切りに、香港の「Nine Dragons (70km)」、「サイパンマラソン」、そしてインドで開催される「IAU 50km世界選手権」へと連戦が続きます。

甲斐選手はこれらを単なるレースではなく、「ウェスタンステイツで100マイルを走り切るための高強度・長時間トレーニング期間」と捉えています。単独走では追い込めない強度をレースで確保し、春までに距離を踏んで、7月以降に質の高い練習へと移行していく。すべてはウェスタンステイツでのパフォーマンスのためです。

日本から世界へ、新たな一歩

「まさかそこに行くのか、と驚いた方も多かったと思います」

甲斐選手自身がそう語るように、このニュースはコミュニティに大きなインパクトを与えました。しかし、日本のトレイルランナーがナイキのグローバルチームの一員として世界と戦うことは、彼個人の挑戦である以上に、日本のシーンにとっても大きな意味を持ちます。

自身の強みである「走れるトレイル」でのパフォーマンスを最大化し、ITRAのパフォーマンスインデックスを900に近づけることも今年の目標の一つです。

生まれ変わったACG、そして強力なチームメイトと共に、甲斐大貴 Hiroki Kai (JPN) が世界のトレイルでどのような走りを見せてくれるのか。アメリカを主戦場に巻き起こす旋風に、DogsorCaravanとしても引き続き注目していきたいと思います。

Analyst Note: 岩佐の視点

「本気」のナイキが変える勢力図

今回のニュースは、単なる「一選手のスポンサー契約」という枠を超え、トレイルランニング業界全体のパワーバランスが変わる予兆を感じさせます。

これまでナイキの「Nike Trail」は存在感を示してきましたが、今回の「ACG」への統合とリブランディングは、明らかにギアチェンジを意味します。ファッションアイコンとして消費されることの多かったACGが、本来の意味である「All Conditions Gear」――つまり、あらゆる環境下でアスリートを守り、速く走らせるための競技用ギアへと原点回帰し、さらに進化しようとしています。

特に注目すべきは、「グローバルチーム」という枠組みです。これまで日本のトレイルランナーが世界的なブランドと契約する場合、多くは「ジャパンチーム」の一員としての活動に留まっていました。しかし今回、甲斐選手や高村選手が本国のヘッドクォーター直轄のチームに入ったことは、日本のマーケット、ひいては日本人ランナーの実力が世界で正当に評価され始めた証左と言えるでしょう。

陸上競技の世界で「厚底革命」を起こし、記録の概念を書き換えたナイキ。その圧倒的な資本力と開発力が、本格的にトレイルの山岳地帯に注がれることになります。これはサロモンやホカといった既存のトッププレイヤーにとって、かつてない脅威となるはずです。そして我々ランナーにとっては、ギアの進化によるパフォーマンス向上の恩恵を受けられる、エキサイティングな時代の幕開けとなるでしょう。

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