【追記・同じ大会で起こった男子のレースでの失格について追記しました。2014.2.26】
単なる認識の行き違いなのか、名匠の発言力が強すぎるのか、あるいは業界の癒着なのか。
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先週末にアメリカで開催された室内陸上女子3000mで、優勝した選手が他の選手に接触したとの抗議を受けたものの審判により抗議が退けられて勝負が確定。しかし、なぜか翌日になって失格となり世界大会への出場権を喪失。この間の経緯の不透明さに批判の声が上がる中で、抗議をしていた選手が主張を取り下げたことで、元々優勝していた選手の失格が取り消され、勝利が確定しました。
アメリカの陸上競技界で話題となっているこの出来事の経緯を、硬派なランニング情報サイトLetsRun.comの記事をもとに紹介します。
ことの経緯
事件が起きたのは先週末2月21-23日アメリカ・ニューメキシコ州アルバカーキで開催された全米室内陸上選手権大会。
22日に行われた女子3000mをトップでフィニッシュしたのは、ガンを克服して選手として活躍を続けるゲイブ・グリューンワルド/Gabe Grunewald。ナイキのオレゴン・プロジェクトのエリートランナーであるヨルダン・ハッセー/Jordan Hasayやシャノン・ローベリー/Shannon Rowburyを制しての勝利でした。
しかし、このレースについて、2位でフィニッシュしたヨルダン選手の側から「ゲイブ選手が先行するヨルダン選手のかかとを踏んで接触しており、ルール違反だ」と抗議の上訴がなされました(下のビデオの10:05のところで黄色のシャツで3位を走るゲイブが先行するヨルダンに接近しています)。
レース中の審判の判断ではファール(違反)はなかったとされていましたが、上訴を受けて3人の審判団によるビデオでの審査が行われ、その結果、ゲイブ選手によるファールはなかったとの判断が発表されました。米国陸連/USATFの競技規則によれば、明確に誤審であることを示す新証拠が現れない限り、上訴への審判団の判断は覆ることがないとされています。
ところがレースの翌日になって、米国陸連はゲイブ選手が失格と発表。2位だったヨルダン選手が一位となり、世界大会への出場権を手にすることになりました。
ゲイブ選手が失格となる証拠も示されないまま、レース翌日に結果が覆されるという異常な事態にゲイブ選手の他、エリート選手が一斉に疑念の声を上げ、一部メディアもこの件を報道し始めます。
結局、失格が発表された二日後の24日になって米国陸連は声明を発表。ヨルダン選手側が上訴を取り下げ、その結果、ゲイブ選手の失格も取り消されてゲイブ選手が女子3000mの優勝者であることを明らかにしました。
しかし、不透明で不自然な経緯にアメリカの陸上競技界では様々な疑念の声が上がり続けています。
名コーチ、アルベルト・サラザールの存在が影響?
以上が明らかになっている事実ですが、LetsRun.comは、かなり生々しい関係者のやり取りを、一部はやや客観的な評価を欠いているようには思われるものの、紹介しています。
その取材記事によれば、抗議の背後にいたのはヨルダン選手が所属するナイキのエリートランニングチーム、オレゴン・プロジェクトのコーチであるアルベルト・サラザール。かつてマラソンで日本の瀬古選手と熱いレースを繰り広げたマラソンの名選手です。一旦、上訴が退けられてゲイブ選手の優勝が決まってから、サラザールが審判団の部屋のカーテンに首を突っ込んで何か話していた、とか、ゲイブ選手側の代理人に審判が「サラザールと話さないといけない」と話した、といった話が紹介されています。
さらには、直前に行われた男子のレースの結果*をめぐってサラザールが同じナイキの他のコーチに声を荒げて噛み付いていた、ゲイブ選手の家族とサラザールが互いに罵り合ったといった話まで。さらには、ナイキが米国陸連の2300万ドルの年間予算に対して1000万ドルもの支援をしているとの話や、関係者の話として「審判団はナイキからの圧力に屈したのではないか」といった話も紹介されています。また、ランニング・メディアの中にはナイキに不利な記事を載せることを恐れて、この件に関する記事を一旦掲載しながらも取り下げたといった話題も。
コメント・真相は明らかではないが、スポーツの公正さは不断の努力があってこそ守られるということか
スキャンダラスな出来事で、LetsRun.comの記事では上記のほかにも事細かに背景となる事情を紹介しています。
大手スポーツブランドと名声に奢る傲慢なコーチが都合良くアスリートの努力の結果をねじ曲げている、という醜聞ならば、そうした報道を受け取る側にとっては理解しやすいところです。商業主義の巨悪は消えろ、アスリートの努力が正当に評価されるべき、という具合に。
ただ、ことはそれほど単純なのでしょうか。全米選手権とはいうものの、一つのレースの結果を一晩で覆してしまうほどの大きな意志がアルバカーキから遠く離れたどこかで働いて、現場を動かしたというのは、少々理解しにくい気もします。憶測でしかありませんが、サラザールの権威(現役時代の活躍はもちろん、モハメド・ファラーやゲーレン・ラップなどの名選手を生み出している名コーチです)とおそらくややエキセントリックな個性に、現場の審判団が動揺していわれるがままに従ってしまったのかも知れません。先の米国陸連の声明の中でもサラザールのコメントとして「自分がコーチをしている選手に不利だと思ったことには声を上げざるを得ない」との言葉が引かれており、サラザールとしては直感的に抗議しただけなのかもしれません。
真相は明らかではないが、米国のようなスポーツ先進国、それも陸上競技のように伝統あるスポーツであっても、こうした不思議なことが起こってしまうことが印象に残りました。スポーツの公正さを保ちつつ、競技としての魅力を高めていくには、そうした不思議なことを見逃さない不断の努力を関係者は続けていかなくてはならない、というのがこのエピソードからの学びになるように思います。
追記:
上記の記事にあるサラザールがナイキのコーチ仲間に食って掛かったという「男子のレースの結果」についてこれまた驚く結果が明らかになりました。
同じ大会の男子3000mで8位でフィニッシュしたナイキ所属のアンドュー・バンバロー/Andrew Bumbaloughがレース後に「進路妨害」で失格となりました。しかしその理由が分からずアンドリュー選手のコーチであるジェリー・シューマッハ氏が抗議したところ、「レース中にゲーレン・ラップ/Galen Rupp選手の進路を妨害したため」との説明がなされたとのこと。このレースで2位のゲーレン・ラップ選手は同じくナイキ所属のスター選手でコーチはアルベルト・サラザール氏。
関係者がビデオで確認するとレースの2000m付近でペースが落ちたアンドリュー選手を交わそうとしたゲーレン・ラップ選手に接触しそうになったのは別の選手だったとのこと。
これらの経緯が事実であれば、サラザールが愛弟子のラップ選手の邪魔をしたと邪推して、(日頃から折り合いの悪い?)同僚のコーチの指導する選手を失格に追い込んだ、という流れが浮かんできます。真相はいかに。