コラム・2016年Hong Kong 100から学ぶ教訓

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【編者より・この記事は当サイト編集人・岩佐幸一による解説・論説記事です(写真も含む)。】

先週末の1月23日土曜日にUltra Trail World Tourの開幕戦として、100kmのトレイルランニングレース、Hong Kong 100が開催されました(当サイトによる関連記事はこちらから)。大会は土曜の夜に寒波に襲われ、多数のランナーが大帽山(Tai Mo Shan、標高957mで香港の最高峰)に取り残される事態となりました。結局全ランナーの安全が確認されたのは25日月曜日の午後になってから。この過程で最後の一人となったのが日本から参加したランナーで、月曜の朝から警察や消防がコースとなった大帽山(Tai Mo Shan、標高957mで香港の最高峰)で捜索にあたっていたこと、そのランナーは帰国のために空港に向かう途中でドロップバッグに受け取りにいってそこで安全が確認されたことが地元の新聞やメディアで報道されています。

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50年に一度の寒波で路面が凍結、大帽山にはレスキュー隊が出動

大会当日、男子優勝のフランソワ・デンヌは午後5時32分に大帽山ロータリーパークにフィニッシュしましたが、その後夜が更けるにつれて、雨が降り、気温が急激に低下。最後のピークを控えた80km地点以降のコースは雨が一気に凍結。トレイルはもちろん、階段の石やトレイルをつなぐ舗装路も1–2センチはある氷に覆われました。多くの選手はジャケットや髪、バックパックを凍りつかせながら前へと進みますが、悪化するコンディションを受けて、大会は30時間の制限時間を待たず、日曜日の早朝に中止を決定しました。コース上では30人ほどのランナーが廃屋に身を集め、焚き火で暖をとりながら夜を明かした模様です。

Updates from CP8 and CP9 – Cold runners coming in trying to get warm.

Posted by Hong Kong 100 Ultra Marathon on Saturday, January 23, 2016

こうした状況下、50年に一度ともいわれる今回の寒波で大帽山に霜が降りるのを見に来ようとした人たちが車でやってきます(山の中腹まで車で上がることができます)。これらの車も予期しない路面の凍結で身動きが取れなくなり、車をそのままおいて山を降りたり、レスキュー隊に救助されることに。緊急車両の立ち入りも難しくなりましたが、土曜の夜からレスキュー隊による救助が続けられます。

日本のランナーが安否確認の最後の一人に

一方、大会側ではコースに残るランナーやその緊急連絡先に電話するなどして一人一人安否確認を進めましたが、日曜日の段階では100人ほどのランナー(うち日本人は10人程度)の安否が確認できない事態に。翌日月曜日にも大会側は安否の確認を続けますが、天候の回復を受けてレスキュー隊は月曜の朝から大帽山にヘリコプターを飛ばして搜索にあたります。そうした中で上述の通り日本から参加していたランナーが安全が確認された最後の一人となりました。

このニュースは今回の寒波が香港では半世紀に一度という珍しい出来事で、そうした中で開催されたトレイルランニング大会で日本という海外から参加した選手が最後に安全と確認されたことが話題性があったとみられ、テレビ、新聞、ネットなど複数の現地メディアで報道されました。

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トレイルランニングは自然の中で行われるもので、山や季節に特有の時には厳しい環境の中を自らの経験と知識を頼りに進み、時には進むことを止めるスポーツです。多少の悪天候は当然として想定されているわけですが、大勢のランナーが参加するレースでは時には中止という判断をせざるを得ないでしょう。この点で今回のHong Kong 100ではレースディレクターのジャネット・ウンさん、スティーブ・ブレマーさんの判断は的確だったといえるでしょう。

上記にように今回の一件についての現地メディアの報道は「日本人が香港の悪天候でレスキュー隊の世話になるはめになったが、実際には無事ホテルに戻って予定通り帰国することができた」というものでした。外国からの参加者の方が連絡がつきにくく、外国からの参加では日本人が一番多かったのですから、日本人が話題になるのは当然ではあります。現地メディアの報道は、香港の人たちにとっては今回の異例の気象現象の凄さを実感するエピソードとなったか、香港まで来てひどい目にあった日本人を気の毒に思うのか、あるいは無茶な大会に参加して地元のレスキュー隊に面倒をかけた外国人は無謀だと思われるのか、わかりません。日本のトレイルランニング愛好家としては最後のような受け止め方でないことを願うばかりです。

主催者とランナーがそれぞれに大会を安全にするための行動を

トップ選手のレースが順調に終わったその後に予想を超える悪天候に見舞われた今回のHong Kong 100は非常に異例なケースです。しかし、この出来事からトレイルランニング・コミュニティとしては学べることがあるように思います。

トレイルランニング大会の主催者にとっては、ごく稀にしか起こらないことに対しても適切な備えをしておくことは必要でしょう。季節から予想される悪天候についてどのような条件を満たしたら危険と判断すべきか。レスキューのための情報の伝達手段、判断の責任の所在、実際にレスキューに当たるスタッフの手当てといったことも必要でしょう。ただ、事前の準備や想定にも無限のリソースを割けるわけではないはずです。十分な準備をした後は、ボランティアや大会スタッフの努力や熱意、地元の皆さんの協力、そして責任を持つ人物の安全へのコミットメントが試されることになります。

今回のHong Kong 100でも低音、強風、路面の凍結による車両や人の通行への支障、霜を見にきた多数の一般の人たち、という状況の中で、83km地点、90km地点のエイドで大会中止を知ったランナーたちは自分の身を守ることに必死だったはずで、一刻も早くコースを離れて自宅やホテルに帰りたかったでしょう。バスを何時間も待たずに友達に迎えに来てもらったり、自分の足で地図を見て山を降りてタクシーに乗って帰る人もいたに違いありません。大会スタッフは、仮に現場でランナーから何か言い残されたとしても、そうした一人一人の状況をすべて記録して把握することもできなかったに違いありません。だから大会側では、ランナーの一人一人に電話して安否を確かめ、電話が通じなければ友達や知り合いを通じて確認に協力を呼びかけ、レスキュー隊にも捜索を依頼することになりました。今回は決してスマートなやり方ではなかったかもしれませんが、参加したランナー全員の安全を確保することに多くの人がコミットしていたことは確かです。

トレイルランニング大会の参加者にとっては何が学べるでしょうか。山で長時間行動するために必要とされる体力や天候の変化に対応できる装備を備えておくことに加えて、自らの所在や安否を伝えられる手段をできる限り確保しておくことが重要だといえるでしょう。具体的には次のようなことです。

  • 必携品となっていなくてもできる限りコース上で携帯電話は持つ
  • 携帯電話は通話できるように常に電源を入れておく(データ通信をオフにすることで電池の消費は抑えられます)
  • そもそも通話できる電話番号を大会側に伝えておく(現地でSIMカードを買って使うと電話番号も現地のものに変わるのでその番号を大会に伝える必要があります。あるいはデータ通信をオンにして日本で使っている050などのIP電話の番号を伝えておくことも考えられます。)
  • 緊急連絡先には実際に連絡がつく先を登録しておくこと(適当なダミーの番号や連絡のつかない友人や親戚の番号を登録しない)
  • 自分がコースを離れてホテルに戻ってきてからも、携帯電話は電源を入れておき、かかってきた電話には出る(現地の電話番号からの発信、英語の電話にも対応する)

当方の個人的な経験でも、2013年のUTMBをリタイアした時には、エイドでスタッフにリタイアを申し出て、自分のビブ番号を記録してもらってからバスでホテルに戻ってきましたが、数時間後には大会本部からリタイアを確認する電話がありました。2014年にCascade Crest 100をリタイアした時は、同じくエイドでリタイアを申し出たのち、車でフィニッシュ地点に送ってもらってからもう一度計測スタッフにリタイアしたことが記録されているか確認しました。

自然な環境の中を走るトレイルランニングは多くのリスクがありますが、全てのリスクをなくしたり(リスクが皆無のトレイルランニングなんて何の魅力もないでしょう)、考えられる全てのリスクに備えることは現実的ではありません。そして全ての責任を主催者に押し付けることも、逆に主催者をまつりあげて参加者が大会のために我慢して貢献することを強調することもバランスを欠いた考え方です。

経験、知見と責任を持つチームからなる主催者と、このスポーツの魅力とリスクをよく理解したランナーがそれぞれに大会を安全にするための行動をとること。それが今回のHong Kong 100から日本の(そして世界の)トレイルランニング・コミュニティが学べる教訓だと思います。

(このコラムへのご意見、ご感想を歓迎します。この記事のコメント欄をぜひご活用ください。)

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