アメリカ中西部のイリノイ州に生まれ育ち、今も地元でトレーニングをしてレースに出ているコリー・ウォルタリング Coree Wolteringさんにとって、今年は例年と違う挑戦の一年です。新たにTHE NORTH FACEのアスリートとなったことに加えて、2月からは香港、ペルー、アルゼンチン、そして4月26日にスタートするウルトラトレイル・マウントフジ、と地元を離れての遠征旅行に出ています。その合間に滞在中のペルーでお話をききました。
厳しい一年のスタート、UTMFではベストを尽くす
「冬の間は地元でいい練習ができていたんだけどね」と苦笑いするコリーさんにとって、今回の海外遠征は少々タフなものになったようです。2月に香港で出た9 Dragons Ultraではスタート直後から腹痛で20kmほど走ったところでリタイア。3月のTHE NORTH FACE Endurance Challenge Peruでは脱水症状で再び体調を崩して救護テントに入ることに。「そのまま病院に行くことになってしまって、診察の結果はサルモネラ菌による食中毒だったんだ」。それでもインタビューの後、UTMFの2週前となるTHE NORTH FACE Endurance Challenge Argentinaでは50kmのレースを6位で完走。「UTMFまでは十分に時間があるからリカバリーできると思うよ。日本に初めて行くのを楽しみにしているんだ。」
厳しい、控えめにいっても散々な、一年のスタートとなりましたが、コリーさんはUTMFに向けての準備には自信があると明るい声で話します。
「イリノイには高い山がないから『どうやって練習するの?』って聞かれる。僕が登りの練習をするのは近くの『丘』で、そこを何度も何度も登って下りて、往復するんだ。山からの眺めは楽しめないけど、こうやって鍛えている僕みたいな中西部のウルトラランナーは精神力が鍛えられているよ。」
トラックを走る陸上選手がトレイルランニングに出会う
コリーさんが学生時代に取り組んでいたのは陸上競技で、400mや800mでは州大会に進む実力。起伏のあるコースを走るクロスカントリー走もやっていたが「ゴルフ場みたいな走りやすいところは好きだったけど、森の中を走るのは嫌でした。」と振り返ります。
しかし多くの例に漏れず、コリーさんの競技生活はケガとの戦いでした。そしてクロストレーニングとして始めた水泳や自転車で新しい才能を発揮することになり、トライアスロンへとのめり込むことに。2010年にはじめてトライアスロンのレースに出た後、2012年と2013年のハーフアイアンマン世界選手権へ出場。大学を卒業したコリーさんの夢はプロのトライアスリートとなることでした。
プロとなるためにより良い環境を求めて、2014年に高地トレーニングで有名なコロラド州ボルダーへ移り住みますが、今度はトレーニングに打ち込みすぎて記録は低迷。そんな失意のコリーさんはある日、友だちから「レッドビル100に出るからペーサーをしてくれないか」と頼まれます。
「引き受けたのはいいけれど、100マイルを走るなんて想像もつかないし、ペーサーといってもどんなペースで走ればいいのか見当もつかない。でも、レッドビルに行ってみたら『これはいいな』と思ったんだ。すごい眺めの山の向こうから走ってくるランナーは思い思いのペースで走っていて、みんながそれを応援してる。僕にとって走るといえばトレーニングでもレースでも常にスプリットタイムを気にするのが当たり前。でもトレイルでは登りはゆっくりで下りは速い。なんていうか、すごく自由なのが新鮮だったんだ。」
トレイルランニングに出会ったコリーさんは地元のイリノイに戻り、次々にレースの出場。得意の50km、50マイルのレースでは優勝を重ねるだけでなく、2017年には100マイルのレースも完走。昨年2018年はカリフォルニアの人気大会であるAmerican River 50で2位に。さらにWestern States 100を21位で完走します。
「800mのトラックを走っていた時は、こんなに長く走り続けることになるとは思っても見なかった。でも、陸上の大会でも予選から決勝まで一日に何本か走るし、その間にどう補給するか、疲労を抜くか、工夫してきた。その経験は意外とトレイルランニングに活きているよ。」
マイノリティとして生きること
アメリカのトレイルランニングの世界ではコリーさんのようなアフリカ系アメリカ人のエリート選手はまだ多くありません。そのことを意識することはあるのでしょうか。
「確かにカリフォルニアでもレースでスタートラインに立ってみたら黒人は自分一人ということは多くて、周りのランナーからの視線を感じることもあるかな。僕の地元のイリノイではなおさらそう。」
「そもそも中西部というのはトレイルランニングのコミュニティではまだあまり注目されない存在なんだ。レースで優勝してもカリフォルニアのレースに比べれば話題にならない。でもそんな中でも頑張れば、支えてくれる人がいるはず。トレイルランニングのエリート選手がみんなカリフォルニアやコロラド出身の金髪の白人じゃおかしいと思うでしょう?」
そんなコリーさんを支えるスポンサー企業が現れたのは2016年。努力は一つ一つ実りつつあります。
自分に忠実に生きること
コリーさんは2016年のバレンタインデーに大きな決断をしました。パートナーでプロのスカイダイバーとして活躍するトムさんとのツーショットを添えて、同性婚をしたことをフェイスブックに投稿したのです。コリーさんは自らがゲイであることを公にカミングアウトして「オープンリーゲイ」として生きる道を選んだことになります。以来、トムさんのことは「ハズバンド」と呼んでいます。
「フェイスブックに投稿する時は、友達や仲間から何を言われるだろう、と心配で仕方なかった。実際に僕を『友だちを解除』にした人もいた。でも、ほとんどの友達は、おめでとうと言ってくれた。実はカムアウト6日後にはフルマラソンのレースを控えていたのに、そわそわして仕方なかった。そのレースの結果?なんと自己ベストを9分も更新できたんだ。」
もちろんゲイであることとアスリートとしての実力には関係ないはず。しかしプロのアスリートとして生きようというならカムアウトした時の周囲の反応、特にスポンサーの反応は気にならなかったのでしょうか。
「口にはしなくても、ゲイがプロスポーツ選手として活躍なんてできるのか、という人もいるだろうね。ゲイはおうちでカップケーキでも作ってるんだろ、なんて偏見もあるだろう。でも僕は毎日泥まみれになってトレイルを走って、レースで勝とうとがんばってる。そのことを知ってもらいたかったんだ。」
「スポンサーのことはちょっと気になった。でもまだアスリートとしてのキャリアは短いし、ダメならまたやり直せばいい。これでスポンサーを失うことになっても仕方ない、と思っていた、しかし、意外にもスポンサーはどこも『ノープロブレム』だった。それどころか、自分のままに生きるべきだと励ましてくれた。」
ゲイであることを明らかにして自分に忠実に生きたい、そんな生き方を通じて悩む人を勇気づけたい。そんな思いが、コリーさんのトレイルランニングのアスリートとしての生き方を支えています。
「でも100マイルなんて途方もない距離を走るようなスポーツをしているというのが『自分に忠実な生き方』とわかってもらえるかな?それだけはちょっと心配なんだ。」
(協力:THE NORTH FACE)