トレイルランニングを通じて母国をより深く知ることになったというパディが、初めての富士山で何を感じるのか。
今年のウルトラトレイル・マウントフジ Ultra-Trail Mt. Fujiは久しぶりに海外からも参加選手を迎えて開催されます。DogsorCaravanでは、アメリカから参加する3人のTHE NORTH FACEアスリートのインタビューをお届けします。
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第一回はアイルランド出身のパディ・オレアリー Paddy O’Leary。サンフランシスコに住むようになって始めたトレイルランニングでメキメキと頭角を表し、2017年のTHE NORTH FACE 50 mile Championshipで5位となって注目されます。インタビューではアイルランドで育った幼少期に始まり、サンフランシスコでのトレイルランニングとの出会い、研究者とアスリートの二つのキャリアの両立、母国アイルランドへの思いを語っていただきました。
2023年のウルトラトレイル・マウントフジ Ultra-Trail Mt. Fujiは4月21日金曜日から23日日曜日の日程で開催。パディ・オレアリーは距離165kmの「FUJI」に出場します。
学生時代はラクロスに熱中、ガン生物学の研究者として渡米してトレイルランニングに出会う
アイルランドの南東部に位置する海に面した町、ウェックスフォードがパディの故郷。酪農家の父親は若い頃からランナーとして活躍し、地元でランニングクラブを立ち上げて若者をランニングに引き込んでいたといいます。「父の影響でクロスカントリーを走りましたが、いつも一番遅い集団の一人でした。」アイルランドの誇る独自の国民的スポーツであるゲーリックフットボールやハーリングにも親しみましたが、大学生の頃、パディが熱中したのはラクロスでした。当時のアイルランドではまだラクロスをプレイする人は少なく、パディはすぐにアイルランド代表チームの選手として世界選手権に出場。日本代表チームと対戦したこともあります。「チームは交代メンバーが少ないので、試合の間は最初から最後までずっとフィールドを走っていました。それが私の持久力のベースになったのかもしれません。」
アイルランドの大学で博士号を得ると、カリフォルニア大学サンフランシスコ校(UCSF)のガン生物学の研究員として渡米します。スポーツ好きのパディがそこで魅せられたのはランニングでした。サンフランシスコのトレイルランニング好きの人たちが集まるランニング専門店、サンフランシスコ・ランニングカンパニーのコミュニティを通じて、パディは改めてランニングに向き合うことになりました。「グループランについてフェイスブックのメッセージで質問したら店長のホルヘ・マラビラからすぐに返事が返ってきた。それで僕はラクロスのショートパンツを履いて参加した。その時は知らなかったけど、一緒に走ったのはホルヘやディラン・ボウマン、アレックス・バーナーといったトレイルランニングの第一線で活躍するアスリートでした。」
パディにとってランニングは、新たに住むようになったサンフランシスコの起伏の多い街や、そのすぐそばに広がるトレイルを探索し、その美しさを発見するための手段でもありました。サンフランシスコの街と自然の魅力に魅せられ、ランニング仲間からのアドバイスに後押しされるうちに、パディはアメリカのトレイルランニング界で注目される新人アスリートとして知られるようになり、THE NORTH FACEのアスリートのメンバーに加わることになりました。
2018年にはスペインで開催されたトレイル世界選手権にアイルランド代表として出場。この85kmのレースにはアイルランドから両親がやってきて応援してくれたとのこと。「それまで父は山を85kmも走るなんて無謀だ、と思っていたようです。僕が元気に完走した様子を見て、ウルトラマラソンの大ファンになりました。」
生物学の研究者、そしてアスリートとしてバランスをとることが両方のモチベーションになる
2020年に始まったコロナ禍はパディのキャリアにも大きな影響をもたらしました。所属する研究室はウイルスによる疾患と闘うための抗ウイルス薬の研究を立ち上げ、パディも自らの専門であるガン生物学と二足のわらじで研究に取り組むことになります。外出制限は比較的短期間だったのでトレイルランニングは楽しめましたが、多くのイベントが中止に。パディは仲間と一緒にサンフランシスコの近郊にある8つのトレイルを走った回数を競うバーチャルイベントを立ち上げました。
パディのように研究者であると同時にアスリートとしても活躍するトレイルランナーは少なくありません。これについて、パディは結果を出すまで意欲を持ち続ける必要があることが共通しているからではないか、と話します。「研究を成し遂げるには試行錯誤しながらも前に進む意欲が必要です。ウルトラランニングも完走するまで走り続ける行動力が必要ですよね。最後の最後まで達成感を味わうことができないところが似ています。」
研究とランニングの間でどうバランスを取るか、という問題については、ここ2、3年で考え方が変わったといいます。「以前はスポーツに力を入れると研究が進まなくなる、研究に打ち込むとスポーツで進歩できない、と考えていました。それで2019年に休みをとって4ヶ月の間、走ることに集中したこともあります。でも最近はその両方が互いに支え合っていると感じるようになりました。研究とランニングのバランスが取れた生活が、両方のモチベーションにつながっています。」
トレイルランニングに出会って知った、母国アイルランドの山を走るカルチャー
パディは2019年に「Coming Home」というムービーを制作し、発表しています。母国アイルランドの約100kmのロングトレイルを走るタイムトライアルへの挑戦を通じて、パディがアイルランドのマウンテンランニングの歴史とコミュニティにふれるというドキュメンタリーです。このムービーを作った動機について聞きました。
「サンフランシスコのランニング仲間で映像制作を仕事にしているライアン・スクーラが、友達の結婚式のためにアイルランドを訪ねて、そこで山を走ったらしい。サンフランシスコに戻ってきたライアンに『パディ、一緒にアイルランドで映画を撮ろう』と言われたんだ。」
COMING HOME – Ag Teacht Abhaile from Dooster on Vimeo.
このムービーの中でパディは「ウィックロー・ラウンド」の最速記録に挑戦します。首都ダブリンの南に広がるウィックロー山地の26のピークを、地図とコンパスを頼りに自らナビゲーションして一周するというチャレンジで距離は約115km。強い風雨の厳しいコンディションにも関わらず挑戦を決行するパディが、ぬかるみの中、見渡す限り広がる数々の丘の間の道なき道を駆け抜けます。その挑戦の合間には、パディの両親、これまでウィックロー・ラウンドに挑戦してきた人たち、アイルランドのマウンテンランニングのコミュニティが紹介されています。
「実はアイルランドの山やそこを走るマウンテンランニングの歴史についてそれまであまり知りませんでした。ムービーを作るために母国に戻ると、地元のコミュニティの人たちが歓迎してくれて、進んで自分の話をしてくれたのが本当にうれしかった。この映画を通じて、アイルランドのトレイルランニングの発展に少しでも貢献できたことを誇りに思っています。」
パディは今回のウルトラトレイル・マウントフジに参加するために初めて来日します。「過去の大会のビデオをみて、大会を支えるコミュニティの人たち、ボランティアの皆さんと交流できることを楽しみにしています。」と期待を膨らませています。様々なバックグラウンドを持つ人たちが、山を走ることへの愛を共有して富士山に集まる。パディがマウントフジの周りを走る100マイルの経験から何を得るのか。新しいストーリーがまもなく始まろうとしています。
(協力・THE NORTH FACE)