逆転か、逃げ切りか? World Trail Majors 2025年王者が今週末ケープタウンで決定。全4カテゴリーが最終戦で決着、鍵は「ITRAスコア」でのタイブレーク。

トレイルランニングの国際シリーズ戦であるWorld Trail Majors(ワールド・トレイル・メジャーズ)が、いよいよ今週末、2025年シーズンのクライマックスを迎えます。11月21日から23日にかけて南アフリカのケープタウンで開催される「RMB Ultra-Trail Cape Town」(UTCT)が、その「グランドフィナーレ」となります。

ウルトラ、ショートのそれぞれ男女、合計4つのカテゴリーで競われるシリーズの年間チャンピオンの座は、4つのカテゴリーすべてがこの最終戦の結果次第という大接戦となっています。香港、日本、ヨーロッパ、アメリカ大陸、そしてオーストラリアと、世界の各地でそれぞれに人気を集めているレースが集まる大会で構成されるシリーズ戦の集大成が、南アフリカの地で決着することになります。

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すでにシリーズで2勝を挙げて最大ポイントを獲得している選手でさえ、決して安泰ではありません。なぜなら、最終戦となるケープタウンで逆転する可能性を持った強力なライバルたちが、最後のチャンスにかけて集結しているからです。そのWTMのルールと、注目の選手たちを紹介します。

Photo © Sam Clark / Ultra-Trail Cape Town / World Trail Majors

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鍵を握る「ベスト2レース」と「ITRAスコア」のタイブレーク

World Trail Majorsのランキングシステムは、シンプルでありながら奥深いものです。年間12レースのうち、各選手が獲得したポイントの高い2レース分の合計で順位が決まります。

各レースの優勝ポイントは1500点。つまり、2つのレースで優勝すれば、他の選手の結果に関わらず、シリーズランキングにおける最大ポイントである3000点を獲得できます。

しかし、もし複数の選手がこの3000点で並んだ場合はどうなるでしょうか?ここで勝者を決定するのが、ITRAスコアです。これは、選手の総合的な実力を示す「Performance Index」とは異なり、「そのレース」でどれだけ高いパフォーマンスを発揮したかを示す個別のスコアです。

Photo © Cornelius / Ultra-Trail Cape Town / World Trail Majors

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公式ルールによれば、3000点で並んだ場合、まず「年間のWTM対象レースで獲得した、最も高い単一のITRAスコア」を比較し、より高いスコアを持つ選手が上位となります。それでも決まらない場合は「2番目に高いITRAスコア」で比較されます。

このルールが、今週末のグランドフィナーレに最大のドラマをもたらします。すでに2勝(3000点)している選手がいても、安心はできません。その選手が持つ「最高ITRAスコア」を、1勝のみの選手がこの最終戦UTCTで優勝して「上回るITRAスコア」を獲得した場合、劇的な「逆転チャンピオン」が誕生するのです。

Photo © Zac Zinn / Ultra-Trail Cape Town / World Trail Majors

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ウルトラ女子:スンマヤ・ブッダ、UTCTで「優勝」すれば即チャンピオン決定

ウルトラカテゴリー(UT100: 100km, 4676mD+)の女子のシナリオは、最も明確かつドラマチックです。

現在、暫定トップは3000点を獲得している チャン・マンイー Man-Yee Cheung (HKG) です。彼女は春のMt. FUJI 100(ITRAスコア 691点)とオーストラリアのGrampians Peaks Trail 100 Miler(同 713点)で2勝を飾りました。タイブレークの基準となる彼女の「最高スコア」は、Grampiansで獲得した 713点 となります。

一方、彼女のタイトルを脅かすのが、ネパール出身の スンマヤ・ブッダ Sunmaya Budha (NPL) です。彼女は香港のHong Kong 100で優勝(現在1勝)していますが、その際に 815点 という非常に高いITRAスコアを獲得しています。

この状況が意味することは一つ。ブッダは、チャンの最高スコア(713点)をすでに上回るスコア(815点)を手にしています。したがって、ブッダが今週末のUTCTで優勝しさえすれば、合計3000点でチャンと並び、タイブレーク(最高スコア比較:815点 > 713点)により、UTCTで獲得するITRAスコアに関わらずシリーズチャンピオンの座が決定します。

チャン・マンイーがUTCTに出場しない中、スンマヤ・ブッダはケープタウンでの勝利というクリアなミッションの達成を狙うことでしょう。

とはいえ、その優勝が簡単でないことも確かです。ロシアの アントニーナ・ルシナ Antonina Lushina (RUS) 、ドイツの ロザンナ・ブッハウアー Rosanna Buchauer (GER) 、アメリカの タラ・フラガ Tara Fraga (USA)アリッサ・クラーク Alyssa Clark (USA)エミリー・ジョック Emily Djock (USA) 、オーストラリアの ルーシー・バーソロミュー Lucy Bartholomew (AUS) 、カナダの エミリー・マン Emilie Mann (CAN) 、アメリカの ニコール・ビター Nicole Bitter (USA) 、そして地元南アフリカの メリッサ・ライング Melissa Laing (RSA) など、レース単体での勝利を狙う実力者たちが、ブッダの前に立ちはだかります。

Photo © Zac Zinn / Ultra-Trail Cape Town / World Trail Majors

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ウルトラ男子:暫定王者オルソンが優位か。ロペスは「947点超え」の勝利に挑む

ウルトラ男子もタイブレークの可能性がありますが、女子のケースとは異なり、挑戦者にとっては非常に厳しい条件が突きつけられています。

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アメリカの カレブ・オルソン Caleb Olson (USA) が、開幕戦のTransgrancanaria(ITRAスコア 947点)とオーストラリアのGrampians(同 936点)で2勝し、3000点満点で暫定トップに立っています。彼が持つチャンピオンの基準値は、Transgrancanariaで記録した驚異的な 947点 です。

対するは、4月のMt. FUJI 100を制したエクアドルの ホアキン・ロペス Joaquín López (ECU) です。彼も現在1勝ですが、その際のスコアは 920点 でした。このスコアは、オルソンの基準値(947点)には届いていません。

したがって、ロペスが逆転チャンピオンになるには、2つの非常に困難な条件をクリアしなければなりません。まず、UTCTで優勝して合計3000点を獲得すること。かつ、その優勝でオルソンンの持つ947点を上回るITRAスコアを叩き出すこと、です。

カレブ・オルソンがTransgrancanariaで記録した947点というスコアは、今年のWTMシリーズ全体で見ても傑出した、非常に高い水準のものです。ホアキン・ロペスがこの高いハードルを超えるには、並み居る強豪を抑えて優勝するだけでなく、それに加えてコースレコードに迫るような圧倒的なパフォーマンスが求められます。

もちろん、今年のWestern Statesで2位の クリス・マイヤーズ Chris Myers (USA) や同4位の ジェフ・モガヴェロ Jeff Mogavero (USA)ドミトリー・ミチャエフ Dmitry Mityaev (RUS)ミゲル・ヘラス Miguel Heras (ESP)アンドレウ・シモン Andreu Simón (ESP) といった強力なライバルたちが、ロペスの優勝そのものを阻む可能性も十分にあります。

逆転の可能性はゼロではありませんが、オルソンがこのままシリーズタイトルを手にする可能性はかなり高いと言えるでしょう。

Photo © Sam Clark / Ultra-Trail Cape Town / World Trail Majors

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ショートシリーズ:男子は挑戦者ごとに条件が、女子はラム・マヤに高い壁

2025年(今年)から新設された「ショートシリーズ」(PT55: 56.7km, 2644mD+)も、全く同じルールで白熱しています。

女子は、ASUMI 40Kやベトナム、オーストラリアのGrampians 50Kなどを制した シャン・フージャオ Fuzhao Xiang (CHN) が3000点でリード。彼女の持つタイブレークの基準値は、Grampiansで記録した 791点 です。

これに対し、ウルトラに出場するスンマヤの妹である ランマヤ・ブッダ Ram Maya Budha (NPL) も、香港での1勝を手にしています。しかし、その際のスコアは 732点 で、シャンの基準値(791点)には届いていません。

その結果、ランマヤ・ブッダが逆転チャンピオンになるには、 UTCTで優勝し、かつその優勝でシャン・フージャオの持つ791点を上回るITRAスコアを叩き出す、という2つの条件を満たす必要があります。シャンの791点も、女子ショートレースとしては非常に高いスコアであり、ランマヤにとっては簡単な挑戦ではありません。ウルトラ男子と同様、暫定王者のシャン・フージャオが優位な状況で最終戦を迎えることになります。

もちろん、モンテネグロの バルバラ・シカノワ Varvara Shikanova (MNE) 、ドイツの キミ・シュライバー Kimi Schrieber (GER) 、そして地元南アフリカ勢の ビアンカ・ターボトン Bianca Tarboton (RSA)レベッカ・コーネ Rebecca Kohne (RSA)レベッカ・ワトニー Rebecca Watney (RSA)マリケ・ファン・ジル Maryke van Zyl (RSA) といった強豪が、そのミッションを阻みます。

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一方、ショートシリーズ男子は、最も複雑でスリリングなシナリオとなりました。

暫定トップは、中国の ヤン・ジャンジャン Jianjian Yang (CHN) です。彼はHong Kong 100 Half(ITRAスコア 886点)とVietnam Mountain Marathon 50K(同 846点)で2勝し、3000点を獲得。チャンピオンの基準値は、彼が香港で記録した 886点 です。

彼を追う挑戦者たちの状況は、それぞれ全く異なります。まず、ギリシャの コンスタンティノス・パラディソプロス Konstantinos Paradeisopoulos (GRE) は、MIUT 60Kでの1勝で、ヤンの基準値を超える 900点 というスコアをすでに獲得しています。彼にとってのシリーズ制覇の条件は、ウルトラ女子のスンマヤ・ブッダと全く同じ。UTCTで優勝しさえすれば、スコアに関わらずシリーズチャンピオンに決定します。

一方、今年のショートシリーズで一勝を挙げている他の選手たちにとってはケープタウンのPT55で「886点超えの勝利」を決めることが、年間ランキングでの逆転勝利には必須です。これらの選手にはイギリスの ロビー・シンプソン Robbie Simpson (GBR) (South Downs Way 50kmで1勝、スコア 855点)、スペインの フラン・アンギータ Fran Anguita (ESP) (Swiss Canyon Trail 51kで1勝、スコア 858点)、アメリカの ジェシュルン・スモール Jeshurun Small (USA) (Black Canyon 60Kで1勝、スコア 882点)が含まれます。

一方、現時点で暫定ランキング2位(2780点)のポルトガルの ティアゴ・ビエイラ Tiago Vieira (POR) は、PT55に出場するものの今年はWTMレースでの優勝がありません。このため、3000点に到達する可能性がなく、シリーズチャンピオンの座は狙えませんが、最終戦でベストを尽くすことを目指します。

もちろん、彼ら以外にも、アメリカの コーディ・リンド Cody Lind (USA) 、オーストラリアの チャーリー・ハミルトン Charlie Hamilton (AUS) 、そして ダニエル・クラーセン Daniel Claassen (RSA)ロビー・ロリッチ Robbie Rorich (RSA)ブランドン・ハリー Brandon Hulley (RSA)アーミン・ボタ Armin Botha (RSA)ムブイシ・ゴグコ Mvuyisi Gcogco (RSA)ブラッドリー・クラース Bradley Claase (RSA)ジョシュア・チゴメ Joshua Chome (RSA) ら地元勢、さらにはロードウルトラの著名レース「コムラッズマラソン」3勝の ボンムサ・ムセンブ Bongmusa Mthembu (RSA) も参戦することも話題となっています。

Photo © Sam Clark / Ultra-Trail Cape Town / World Trail Majors

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舞台はテーブルマウンテン。高速かつテクニカル、ユニークなケープタウンのトレイル

レースの舞台となるRMB Ultra-Trail Cape Townは、南アフリカで最も権威のあるトレイルレースとして知られています。ケープタウンの街の象徴である、有名なテーブルマウンテンの周囲がコースとなります。

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シリーズのウルトラカテゴリーとなるUT100は、100km、累積獲得高度4676mの壮大なコースです。このコースは「北米スタイルの高速レース」の要素と、「ヨーロッパの好みに合う十分な獲得標高とテクニカルな地形」の両方を併せ持つとされています。

一方、金曜日にスタートするショートシリーズのPT55は、56.7km、累積獲得高度2644mのコースです。こちらは市の南部、ランドゥドノ Llandudno からスタートし、ホウトベイ Hout Bay を周回。途中、ビーチ(砂浜)を横断し、ベル・オンブレ Bel Ombre を経由してテーブルマウンテンに登り、最後は市街地へと一気に下ってフィニッシュするという、非常に変化に富んだ美しいルートです。

大西洋とインド洋が交わるこの地で、スピードとテクニック、その両方を高いレベルで発揮した選手だけが勝利を掴むことができます。

なお、今週末のRMB Ultra-Trail Cape Townは、World Trail Majorsのシリーズ戦となるUT100とPT55がメインイベントとなりますが、それ以外にも複数のレースが開催されます。

金曜日には100マイルの「UTCT 100M」もスタートします。このレースには、日本から 丹羽薫 Kaori Niwa (JPN) 選手が出場を予定しており、彼女の活躍にも注目が集まります。

さらに土曜日には35kmの「UTCT 35」、日曜日には23kmの「UTCT 23」といった、より多くのランナーがケープタウンのトレイルを楽しめるレースも同時に開催されます。まさに街全体がトレイルランニング一色に染まる、盛大な「グランドフィナーレ」となりそうです。

観戦情報:レース日程、ライブ配信はこちら

RMB Ultra-Trail Cape Townのレースは、11月21日(金)から23日(日)にかけて開催されます。(南アフリカと日本の時差は7時間で、日本が進んでいます。)

  • PT55 (ショートシリーズ): 11月21日(金)7:00 スタート (日本時間同日 14:00)
  • UTCT 100M: 11月21日(金)17:00 スタート (日本時間 22日 0:00)
  • UT100 (ウルトラ): 11月22日(土)4:00 スタート (日本時間同日 11:00)

レースの模様は、以下のYouTubeチャンネルでライブ配信される予定です。また、選手の動向はSportraxsのトラッキングサービスで追うことができます。

レースは11月21日(金)のPT55(ショートシリーズ)からスタートします。4つのカテゴリー全てで、誰が勝つか、そして「どのような勝ち方」をするのか。まさに一瞬も目が離せないグランドフィナーレ。2年目を迎えたウルトラカテゴリーの王座、そして今年新設されたショートシリーズの初代チャンピオンの栄冠は、果たして誰の手に渡るのでしょうか。

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