トレイルランニングのオンラインメディア・DogsorCaravan.comは独自にお届けしている日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤー Trail Runner of the Year in Japan(TROYJ)の選考を行い、受賞者を決定しました。
TROYJの先行・発表は2013年に始まり、今回が4回目。一般投票の投票件数は前回2015年の2倍となる約2800件となり、日本のトレイルランニング・コミュニティの年末恒例行事として注目度が高まっています。
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この記事は今回のTROYJの選考プロセス、受賞者の紹介、選考結果と今年のトレイルランニングの振り返り、と続きます。先行してノミネート対象者として発表した男性16人、女性10人のアスリートの皆さんの紹介は以下の記事をご覧ください。
選考のプロセスについて
日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤーは日本を拠点に活動し、2016年中にトレイルランニングのパフォーマンスにおいて際立った成果を挙げたアスリートを讃えるもので、トレイルランニングのオンラインメディア・DogsoCaravan.comが独自に行う企画です。もっとも際立った成果を挙げたアスリートに与えられる本賞はDogsorCaravan.comのご意見番であった稲葉実さん(2014年9月逝去)への感謝をこめて、稲葉実記念賞(通称・稲葉賞)とし、男女各1名を選出。このほか男女各2名程度に特別賞を授与。昨年まで設定していた「トレイルランニングの振興やコミュニティへの特段の貢献が認められる個人や団体」に対する「貢献に対する特別賞」は賞の意義や位置付けを見直すため、今年は選考を行いません。
選考のプロセスは以下のとおり。今年2016年は選考の透明性を高める趣旨で「選考委員」による受賞者の最終決定を取りやめ、一般投票の結果を尊重する選考方式としています。
- ノミネートの発表:当サイトにおいて、男女の候補者をノミネート(12月19日)。
- 投票の受付:受賞者は一般投票と当サイトによる投票を合算した結果から決定します。
- 一般投票:オンライン投票により当サイトをご覧の皆様からの投票を受付けました(お一人につき、期間中一票)。12月25日締切済み。
- 当サイトによる投票:当サイトが百分率でそれぞれの候補者に投票します。投票はノミネート者発表時に行っており、その内容は受賞者発表時に公開します。
- 受賞者の発表:各候補者が一般投票で得た得票率と当サイトによる投票で得た得票率を3:1で加重平均。その結果、男女で最も得票率の高かった候補者を稲葉賞(本賞)受賞者とし、それに続いた候補者から特別賞を選びます。
2016年日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤー(Trail Runner of the Year in Japan, 2016)受賞者
稲葉実記念賞(Minoru Inaba Memorial Award)《本賞》
- 吉住友里 Yuri Yoshizumi :いわゆる市民ランナーで学生時代に陸上競技の経験を持たないにもかかわらず、2012年北海道マラソンで優勝するなど注目を集め、フルマラソンのPRは2時間37分56秒(2013年北海道マラソン)。2015年にトレイルランニングの大会を初経験し、今年2016年は5月の上田バーティカルレースで前年の優勝タイムを7分上回って圧勝したのを皮切りに、スカイランナー・ジャパンシリーズ(SJS)のVKシリーズ戦で勝利を重ねて年間チャンピオンを獲得。12月に出場したスカイランニング・アジア選手権・MSIG Lantau VKではアジア、欧州の有力選手が参加する中で勝利を手に。VK以外でも日本代表選考レースとなっていた比叡山50kで男女総合4位となる圧倒的なタイムで優勝。UTMB®︎に匹敵する有力選手の顔ぶれとなったIAUトレイル世界選手権・Trans Peneda Geres 85kで13位に。大阪府在住の30歳。
- 大杉哲也 Tetsuya Osugi :関西の春のトレイルランニングの伝統ある大会、大阪府チャレンジ登山大会(ダイトレ)で2011年から優勝を続けており(現在六連覇中)、関西のトップ・トレイルランナーとして著名な存在に。2013年にはハセツネCUPで2位(7時間29分5秒、歴代7位)、2015年STYで3位などの活躍で全国的にその活躍ぶりが知られるようになる。今年2016年は前述の大阪府チャレンジ登山大会で前人未到の六連覇を達成したほか、比叡山50kで優勝(タイ)、日本代表として出場して初の海外トレイルレースとなったIAUトレイル世界選手権で24位に。そのほかOSJ新城32kで2位、熊野古道50kで3位などの結果を残した。大阪府在住の34歳。
特別賞(TROYJ Honorable Mention)、順不同
- 高村貴子 Takako Takamura:今年のハセツネCUPの女子チャンピオンとなったほか、スカイランニングの国内外の大会に積極的に参戦して好成績を残し、活躍の幅を広げました。海外ではスカイランニングユース世界選手権・Gran Sasso Skyraceで2位、スカイランニング・アジア選手権・MSIG Lantau 50 – 27kで3位。国内では上田VKで2位、Mt. Awa VK優勝、Zao Skyrace優勝。白馬国際50kでも優勝しています。
- 丹羽薫 Kaori Niwa:昨年2015年のTROYJ・稲葉賞を受賞。その昨年に比べると今年前半はケガなどの不調に悩まされたものの、世界最高峰のトレイルランニング大会の一つである8月のUTMB®︎で女子総合8位となる快挙。その後も短縮されたUTMFで3位、スカイランニング日本選手権・志賀高原エクストリームトレイルで優勝、熊野古道50kで2位といった結果を残しました。
- 上田瑠偉 Ruy Ueda :2014年にTROYJ・稲葉賞を受賞。ケガに悩まされた2015年を経て、今年は国内外の様々なジャンルで才能を発揮。とりわけCCC®︎での2位は日本のトレイルランニングの歴史に残る偉業。スカイランニングにおいては世界選手権・BUFF® Epic TrailでVKで10位、42kで12位。ユース世界選手権・Gran Sasso Skyraceで優勝と世界にその存在を知らしめる成績。アメリカでもGorge Waterfalls 100kで優勝。国内でも菅平42k、経ケ岳VL、Red Bull 白龍走、短縮された身延山七面山修行走、善光寺ラウンドなどで優勝を重ねました。
- 川崎雄哉 Yuya Kawasaki :九州のトレイルランニング・コミュニティでその実力は知られていましたが、全国規模の大会への本格デビューとなった今年は比叡山50kで3位に始まり、北丹沢42kで優勝。そして初出場のハセツネCUPを7時間27分51秒(歴代5位)という好タイムで初優勝、注目を集めました。このほか、地元九州の北郷森林セラピー、多良の森などの大会でも優勝しています。
受賞者のコメント
2016年稲葉実記念賞・大杉哲也さんのコメント
DogsorCaravan.com(以下DC):稲葉賞受賞、おめでとうございます。
今年のレースでの成績は自分でもちょっと微妙かなと思っていますが、地元・関西の皆さんが熱心に応援してくださったのが投票結果に表れたのかと思います。応援してくださった皆さんに感謝します。
DC:今年のご自身のトレイルランニングでの成績を振り返ってみて、思い出に残ることは何ですか?
まずは春のダイトレ(大阪府チャレンジ登山大会)での6連覇を達成したことですね。いつもはトレイルランニングの大会で勝負を意識することはないんですが、今回優勝すれば鏑木毅さんの5連覇を超えることになるので、何としても勝ちたいと思っていました。一つの目標を達成できたことがうれしかったですね。
DC:日本代表として出場されたIAUトレイル世界選手権では24位で世界にデビューされました。
世界選手権に出たことは、職場や家族の都合をつけるのに苦労しましたが今年一番のいい経験になりました。世界のトップクラスの選手が集まっているというものの、レース中は周りを走る選手が誰なのか、自分が何位なのかもわかりません。とにかく最初から思い切り突っ込んでいこうと考えました。24位という結果の良し悪しはわかりませんが、いつもの関西や日本のレースとは違う雰囲気が刺激になりましたね。
DC:来年はどんな一年になりそうですか?
トレイルを走ることについては、相変わらず日々の仕事と5人の子育ての合間をみながらということになります。でも来年からは年に一度は海外のレースに挑戦していこうと思っていて、まずは4月のKorea 50kが次の海外の大会になります。もちろん国内の大会にもハセツネとかいろいろ出場していきますよ。ただ、ダイトレについては今年6連覇したことで卒業とし、来年は出場しないつもりです。今年のダイトレで2位だった和田君(和田優一さん)は20代ですが、こちらがペースをあげれば負けじとグイグイついてくる感じで、力を感じました。関西のトレイルランニングを若い世代と一緒に盛り上げていきたいですね。
2016年稲葉実記念賞・吉住友里さんのコメント
DC:稲葉賞(本賞)に決まりました。今年一年を振り返っての気持ちを聞かせてください。
山を走り始めたばかりの私がこうした栄誉ある賞をいただくことに恐縮していますが、高く評価していただけたことがうれしいです。2016年は大きな転機になった年でした。それまでロードばかり走っていたのですが、今年の春から本格的にトレイルのレースに出るようになり、IAUトレイル世界選手権(85km、13位)、スカイランニングアジア選手権(VK、優勝)に挑戦する機会をいただきました。今年の春にはこんなふうに一年を振り返ることができるとは想像もしていませんでした。トレイルランニング、スカイランニングとの出会いに感謝しています。
DC:最近ではバーティカル・キロメーター(VK)に集中的に取り組んで、目覚しい結果を出しています。
今年五月の上田バーティカルレースが初めてのVKでした(前年の優勝タイムを7分上回るタイムで優勝)。もちろん全力を出し切りましたが、長い上りのコースを楽に登りきれることに気づきました。後日、自分の心肺機能を計測してもらう機会があったのですが、その結果をみるとVKに向いているということでした。一方で、トレイルの下りはちょっと苦手。特にスカイランニングのレースに出てくるような岩場の下りはなかなか慣れません。だったら、まずはVKで自分の力を試してみようと思いました。
DC:今年のレースの中で、一番印象に残ったことは何ですか。
最近(12月)のことになりますが、スカイランニングアジア選手権(MSIG Lantau VK)で優勝したことですね。今年のトレイルランニングの有名レースで勝利を重ねていて世界的に有名な選手のカロリーヌ・シャヴェロ Caroline Chavelot(フランス)に勝てた。彼女にとっては畑違いのVKでのこととはいえ私にとっては大きな自信になりました。IAUトレイル世界選手権(ポルトガル)も、海外トレイルレース、85km、夜間のレースといずれも初めての経験でしたが、完走できたときはとても充実した気持ちになりました(女子13位でフィニッシュ)。
DC:大活躍の一年でしたが、ケガや不調はなかったですか?
今シーズンは故障もありましたが大事には至りませんでした。実はロードレースを走っていたときは無理を重ねて故障続きだったんですが、山を走るようになってからは故障が少なくなりました。自然の中を走るようになって自分のコンディションを敏感に意識するようになったと思います。それに何といっても山を走ることは楽しくて、山のレースの自分の写真をみると笑顔ばかりです。こんなことはロードのマラソンの時にはなかったことですね。
DC:来シーズンの目標を聞かせてください。
来年はVKの世界シリーズ戦に挑戦し、次のスカイランニング世界選手権でVKの世界チャンピオンになることを目標にしています。あと、先日のHarukasu Skyrunで優勝したので、高層ビルの垂直駆け上がり大会の世界シリーズ戦であるバーティカル・ワールド・サーキットの大会にもいくつか参加するかもしれません。バーティカル以外ではOCC®︎(UTMB®︎の姉妹レースで55km)にエントリーしています。当面は長くても50-80kmくらいまでのレースに絞ってチャレンジしていくつもりですが、170kmのUTMB®︎も一度は走ってみたいと思っています。
今年の審査を振り返って
今年の日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤーについては大杉哲也さん、吉住友里さんがそれぞれ選ばれました。吉住友里さんについては次々に圧倒的なパフォーマンスをみせ、特にバーティカル・キロメーター(VK)では日本の女子選手の記録としては常識を打ち破りました。VK以外でも、男子有力選手が集まった比叡山50kでの男女総合4位での優勝、85kmでのIAUトレイル世界選手権で女子13位とトレイルランナー、スカイランナーとしての幅広い実力を発揮しました。VKで世界一を、という目標も今シーズンの活躍をみると決して荒唐無稽なものではないと思えてきます。大杉哲也さんについては、純粋に今年2016年のレースでのパフォーマンスに限ってみるならば、他のノミネートされたアスリートに比べて群を抜いているとはいえないかもしれません。しかし、一般投票に重きを置いた今回の選考においては大杉さんが今年の稲葉賞の一番の適格者として選ばれました。地元関西で活躍しながらも、全国、海外へと挑戦したこと、日頃の公務員としての仕事と5人の子どもの父親という役割を果たしながら活躍する大杉さんの姿に支持が集まりました。
特別賞に選ばれた男女4人の中ではやはり上田瑠偉さんに注目しなければなりません。当サイトの投票において示した通り、純粋に今年2016年のレースでのパフォーマンスに限っていえば、他の候補者よりも一段高い成果を上げました。特にCCCでの2位、ウェスタンステイツ出場権がかかるGolden Ticket Raceであるアメリカの100kレースでの優勝といった海外の注目レースで、前年の経験を生かして結果を出したことに驚かされました。日本を代表するトレイルランニング界のプリンスとして周囲からは認められた存在の上田さんですがまだまだ成長が止むことはなさそうで、きっと2014年に続く稲葉賞をこれから何度も手にすることになるでしょう。
ノミネート者を選ぶために今年一年の各地の大会を振り返っていると、今年は例年以上に台風、大雨、地震といった天災によって中止となったり、コースを大幅に短縮して開催することとなった大会が多く、自然の中で行うスポーツの厳しさを感じます。
そうした事情はあったにせよ、今年は国内の有力選手が一つのコースに集まって力を競い合う場面を固唾を呑んで見守る、という場面は減ったように感じました。それぞれの魅力を持つ大会が各地に増え、かつて三大レースと呼ばれてファンを賑わせた大会も相対的に普通の大会に。各地から今までとは違う様々なバックグラウンドを持った有力選手が現れるものの、以前に比べれば交流の機会が減っているかもしれません。国内のトレイルランニング人気はその裾野を着実に広げているといわれますが、当サイトの日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤーを続けていく上では、やや気がかりな一年でした。