思いもかけない形で新しいヒーローが誕生。いや、落ち着いて考えてみればその勝利は必然だった。
ゴールデンウィークの始まりの4月26日(金)から3日間にわたって開催された、ウルトラトレイル・マウントフジ/ULTRA-TRAIL Mt.FUJI。161kmのUTMFは午後3時に富士河口湖町の八木崎公園をスタートして山梨・静岡両県をめぐって八木崎公園へ戻るコースで開催。男子は海外から来日した経験豊富な有力選手を抑えて、ウルトラマラソン日本代表選手で40歳の原良和が優勝。2位に昨年優勝のジュリアン・ショリエ/Julien Chorier(Salomon, フランス)、3位にセバスチャン・シニョー/Sebastien Chaigneau(The North Face、フランス)が続いた。この他昨年6位の山屋光司が8位に入賞した。
女子はフランスのUltra Trail du Mont Blanc(UTMB)で優勝経験のあるクリッシー・モール/Krissy Moehl(patagonia/UltrAspire、アメリカ)が優勝。2位にショーナ・ステファンソン/Shona Stephenson(Inov8、オーストラリア)、3位には小川比登美(patagonia/Vasque)が入賞する快挙。4位に網蔵久美子、5位に鈴木博子(Salomon)と日本人選手が続いた。Sponsored link
レースの展開
スタート直後からJulienがレースをリード。A2本栖湖(24km)には1:58でJulienとシリル・コワントル/Cyril Cointre(HOKA One One、フランス)が到着。3分後にブレンダン・デイビス/Brendan Davies(Inov8、オーストラリア)、さらに2分後にジェレミー・リッチー/Jeremy Ritcey(Salomon、香港)、ゲーリー・ロビンス/Gary Robbins(Salomon、カナダ)、クリストフ・ルソー/Chiristophe Le Saux(HOKA One One、フランス)、横内宣明が続く。続く6−7人の集団はSebasitienと小川壮太(Salomon)がリードし、海外有力選手のほか、山屋、望月将悟(La Sportive)、山本健一(Houdini)などが続いた。A2本栖湖ではエイドから竜が岳への登りの入口のコースマークが不明瞭でJulienとCyrilがエイドに戻ってコースを確認するなどして約3分のロスというハプニングがあった。
W1麓(36km)から雪見尾根への入口ではJulienが一人でリード。Cyril(6分後)、Gary(2分後)、Brendan(2分後)が続いた。さらに4分後に5位で原良和。ロードのウルトラマラソンで実績を持つ原は端足峠からの比較的平坦なトレイルで集団から抜け出していた。その後はJeremy(2分後)、さらにアントワーヌ・ギュイヨン/Antoine Guillon(Lafuma、フランス)、Sebastien、リオネル・トリベル/Lionel Trivel(Lafuma、フランス)、Chiristopheのフランス人のグループ。11位に小川壮太でさらにその後ろに日本人の有力ランナーが続いた。
A3西富士中学校(55km)には6:13でJulienが到着、2位のCyrilとの差を8分に広げた。その2分後には3位で原良和。原は天子山地の険しいトレイルで一気にトップとの差を縮めたが、大きな下りが近づく天子が岳付近で手持ちの水が切れるピンチに陥ったとのこと。原の1分後にGaryが4位で続き、その後8分差でSebastien、Antoine、Lionel、小川壮太、Brendan、Jeremy、山本健一が続いた。
ここまでで日本人有力選手で抱えていたケガが悪化してリタイアが続出。奥宮俊祐(Montrail/Mountain Hardwear)がW1麓で、望月将悟、菊嶋啓(La Sportiva)、横山峰弘(The North Face)がA3西富士でリタイア。
その後、レースは大きな動きを見せる。A3からA4こどもの国(79km)の送電線下と林道の比較的緩い登り区間で原良和が加速。100マイルレースは初挑戦ながら、体の仕上がりは絶好調だったという原は当初から序盤は集団の中で様子を見ながら、得意とする比較的フラットな区間で加速して上位を狙うという戦略をもっていたとのこと。W2粟倉(64km)まででCyrilをかわして2位に浮上。A4こどもの国まで続く舗装路と林道でついにトップのJulienを捉えた。原は冷静に一旦Julienと並走、声をかけて様子をみたのちに一気にJulienを振り切って加速。A4こどもの国(79km)には8:47で原がトップで到着。2位のJulienとの差は5分。その数十秒後にはGaryが続いた。
その後も結局、原はフィニッシュまでリードを維持。A5水が塚(89km)は2位のJulienが5分差。さらに5分後にGary、3分後にSebastienが続く。A6太郎坊(96km)でも原はJulienに6分のリード。
A7すばしり(105km)では原のJulienへのリードは8分に拡大。Julienの8分後にGary、さらに5分後にSebastien。その後にBrendan, Cyril, Antoine, Lionel, 小川壮太が続く。
A8山中湖(122km)までの区間では原が三国山への登りに苦しんだというものの、Julienもペースダウン、Garyにかわされ、Sebastienに捉えられる。A8山中湖には原が14:18でトップで到着。13分後にGary、さらに6分後にSebastienとJulienが一緒に到着。日本人選手では10位で野本哲晃、11位で山屋光司。その後に続く小川壮太は体調が冴えず、歩きながらA8に到着。山本健一も膝の故障から大きく減速し、A9二十曲峠でリタイア。
A9二十曲峠(128km)から杓子山への登りではJulienとSebが追い上げ、一旦2位となったGaryをかわし、杓子山付近では先行する原との差を5分まで縮めた。しかし、その後の林道の下り区間で原は再びリードを広げる。A10富士小学校(143km)には原が17:21に到着。続くJulienとの差は10分に拡大。1分後にSebastien、14分後にGaryが続いた。
A10富士小から霜山への尾根の登りをすぎたところで、原は補給の遅れからかジェルを取ろうとしたところ刺激で2度嘔吐してしまったとのこと。しかし、冷静に水分中心の補給に切り替え、得意の林道の下りを加速。下りを得意とするJulienの追撃をかわして19:39で八木崎公園にフィニッシュして優勝した。
リザルト・ウルトラトレイル・マウントフジ/ULTRA-TRAIL Mt.FUJI(プレス向けでUTMF/STYの男女上位50名程度)
男子リザルト
- 1st 原良和 / Yoshikazu Hara 19:39:48
- 2nd ジュリアン・ショリエ / Julien Chorier (Salomon, FRA) 19:48:28
- 3rd セバスチャン・シニョー / Sebastien Chaigneau (The North Face, FRA) 19:50:13
- 4th ゲーリー・ロビンス / Gary Robbins (Salomon, CAN) 20:20:39
- 5th ブレンダン・デイビス / Brendan Davies (Inov8, AUS) 20:38:17
- 6th ジョン・ティッド / John Tidd 20:50:44
- 7th アントワーヌ・ギュイヨン / Antoine Guillon (Lafuma, FRA) 21:04:44
- 8th 山屋光司 / Koji Yamaya 21:05:12
- 9th シリル・コワントル / Cyril Cointre (HOKA One One, FRA) 21:10:16
- 9th リオネル・トリベル / Lionel Trivel (Lafuma, FRA) 21:10:16
女子は終止、Krissyがリードを維持。エイドでは焼きそばなどの地元の補給食を試し、笑顔を振りまきながら24:35で優勝。小川比登美は序盤はペースを抑えながら、後半に徐々に加速。昨年2位の鈴木博子をかわし、一旦は2位のShonaに追いついて並走。粘り強い走りで3位に入った。
女子リザルト
- 1st クリッシー・モール / Krissy Moehl (patagonia / UltrAspire, USA) 24:35:45
- 2nd ショーナ・ステファンソン / Shona Stephenson (Inov8, AUS) 25:56:52
- 3rd 小川比登美 / Hitomi Ogawa (patagonia / Vasque) 26:15:25
- 4th 網蔵久美子 / Kumiko Amikura 27:26:33
- 5th 鈴木博子 / Hiroko Suzuki (Salomon) 27:52:06
日本のウルトラマラソンランナーの高い実力とUTMFのコースの特性が明らかに
事前に原良和の優勝を予想したファンがいただろうか。原は昨年の信越五岳、おんたけウルトラで優勝しているとはいえ、100マイルは初挑戦。Julienをはじめとする海外の強豪ランナーの前ではその存在は目立たなかった。
しかし、原は自身では今回のUTMFでの勝利を視野に入れていた模様だ。レース前の体の仕上がりは絶好調。冷静な分析で得意とする起伏の少ない区間で勝負しようとあらかじめ戦略を練っていた。原はロードのウルトラマラソンでは日本を代表する存在であり、昨年は国内の100kmのレースで6戦中5回優勝。100kmの世界選手権大会に日本代表に選出されて出場している。日本のロードのウルトラマラソンのレベルの高さは世界レベルに達しており、昨年の100kmの世界選手権大会では日本の中台慎二が優勝している。そう考えれば原が、世界の有力選手が集まるUTMFで上位に入ることは順当なことだった。
また、原の活躍を通じて、UTMFのコースの特性も明らかになった。160kmのトレイルレースで累積獲得高度は9,164mに達するとはいうものの、トレイルをつなぐ未舗装林道や舗装路は20キロを下らないはず。その分、登り下りの急な区間が続くとはいえ、UTMBやHardrockのような世界屈指の山岳レースに比べるとフラットなパートが多く、険しくテクニカルな山岳地帯を登り下りする力よりも、走る力がUTMFでは問われる。こうしたコースの特性について、原は冷静に見抜いていた。UTMFについては、天子山地の上り下りの厳しさや水が塚以降の気候の厳しさが強調されて厳しい山岳レースという印象を持ちがちだが、全体としてみれば走力が問われるレースだといえる。
レース後に原は「今年のUTMFは海外の強豪ランナーが集まった。でも日本で行われるレースなんだから日本人が活躍しないと盛り上がらないでしょう?だったら、自分ががんばろうとおもった。たとえ途中でつぶれてしまったとしても、このレースを盛り上げるために自分が先頭に立とうと思った。」と語った。医師という職業柄からくる冷静な判断力と世界に通じる走力を持った40歳が、日本の、いや世界のトレイルランニングのヒーローとなった一日だった。