10月13日(日)に開催された日本山岳耐久レース(ハセツネ・カップ)/ Hasetsune Cup。今年で21回目を迎えた東京・奥多摩をめぐる71.5km・制限時間24時間のトレイルランニングレースで、広島県在住でロードのマラソンで活躍する東徹が初優勝しました。東のタイム、7時間19分は昨年優勝のダコタ・ジョーンズ/Dakota Jonesのタイムを3分短縮して大会新記録となります。女子は大石由美子が2011年に続いて2度目の優勝を果たしました。
一方、活躍が期待された昨年優勝のダコタ・ジョーンズ/Dakota Jonesとキャメロン・クレイトン/Cameron Claytonは中盤からそれぞれ大きく体調を崩してペースを落としてリタイア。女子のエイミー・スプロストン/Amy Sprostonは3位でのフィニッシュとなりました。
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レースの展開
今年のハセツネは天候に恵まれ、五日市の最高気温は25℃近くまで上がって汗ばむ陽気。しかし、奥多摩山域の深夜はかなりの寒さとなりました。
午後1時のスタートからまもない醍醐丸(15.3km)を先頭集団でリードしたのはダコタ・ジョーンズ/Dakota Jones、上田瑠偉、東徹。2分後に菊嶋啓、大杉哲也、キャメロン・クレイトン/Cameron Clayton。さらにその3分後に近藤敬仁、相馬剛、加藤淳一、小川壮太が続きました。実力ある海外の若手二人と日本のトレイルランニング界をリードするランナーに加えて、先頭集団に入った東徹と上田瑠偉。東は広島県在住でフルマラソンで2:19という記録をもつランナー。もっぱらロードレースで活躍するランナーで、本人によればトレイルでの練習はほとんどしておらず、トレイルランニングシューズも持っていないとのこと。ただ、トレイルでも今年のキタタンで2位に入る実績があります。上田瑠偉は20歳の大学生、駅伝の名門・佐久長聖高出身。「今日は先頭のランナーについていこうと思った」とのこと。
浅間峠(22.7km)でも先頭の3人がレースをリード、浅間峠の通過タイムは2:13と昨年のダコタのタイムを6分上回るハイペース。
しかし、その先の三頭山への登りで異変が。トップの東が見える位置で2位につけていたダコタが遅れを取り始めます。鞘口峠(38km)ではトップの東に対して2位の大杉哲也は13分差。3位に奥山聡がつづき、ダコタはトップから28分遅れの10位に後退。ダコタは中盤から体調を崩して血尿が出る等のトラブルがあって結局、月夜見第二駐車場(42.1km)でリタイア。おなじくアメリカから参加のキャメロン・クレイトン/Cameron Claytonも中盤に胃の調子を崩して大幅に後退、月夜見でリタイアします。
結局、月夜見(42.1km)をトップ通過の東徹は、御前山と大岳山を越えた後の御岳(58km)でもリードを維持。ただ2位につける大杉哲也は4分差まで追い上げるなど力強い走りをみせます。そして3位奥山聡の後には少しずつ順位を上げてきた小原将寿。そのすぐ後に上田瑠偉と近藤敬仁が続きます。
しかし、御岳から金比羅尾根を経由する長い下りパートで東が再びリードを拡大。7時間19分という昨年のダコタの大会新記録を3分更新する快挙で東徹が優勝しました。2位には7時間29分で大杉哲也が入り、3位に奥山聡が続きました。
女子はアメリカで活躍するエイミー・スプロストン/Amy Sprostonが醍醐丸(15.3km)をトップで通過。続く江田良子、リア・ダーティ / Leah Daugherty、佐藤光子との差は数分。大石由美子は5位につけて序盤を走りました。しかし、月夜見までで大石由美子がトップに立ち、エイミー、佐藤、リアが続く展開に。その後も大石がリードを維持して9時間26分で2011年に続いて2度目の優勝を果たしました。2位でフィニッシュしたのは昨年優勝の佐藤光子。3位にエイミーが続きました。
リザルト
(男子)
- Toru Higashi / 東徹 7:19:13
- Tetsuya Osugi / 大杉哲也(Salomon) 7:29:05
- Satoshi Okuyama / 奥山聡(La Sportiva) 7:36:21
- Masatoshi Obara / 小原将寿 7:41:21
- Yoshihito Kondo / 近藤敬仁(La Sportiva) 7:45:26
- Rui Ueda / 上田瑠偉(Montrail/MountainHardwear) 7:45:27
- Takuya Yamada / 山田琢也(Montrail/MountainHardwear) 7:50:40
- Sota Ogawa / 小川壮太(Salomon) 7:56:34
- Shogo Mochizuki / 望月将悟(La Sportiva) 8:00:12
- Tsuyoshi Soma / 相馬剛(ZEN) 8:08:23
(女子)
- Yumiko Oishi / 大石由美子(La Sporitiva) 9:26:55
- Mitsuko Sato / 佐藤光子 9:40:07
- Amy Sproston / エイミー・スプロストン(Montrail/MountainHardwear) 9:44:47
- Leah Daugherty / リア・ダーティ(La Sportiva) 9:50:46
- Ryoko Eda / 江田良子 9:51:10
- Tomomi Kobayashi / 小林友美 10:13:36
- Kaori Niwa / 丹羽薫 10:15:32
- Haruka Yamanouchi / 山ノ内はるか 10:19:29
- Masami Nakamura / 中村雅美 10:27:40
- Tomoko Ooba / 大庭知子 10:33:20
観戦記・例外なくハセツネにもおよびつつあるトレイルレースのスピード化と世代交代の動き
今回優勝した東徹の名前を知っていたトレイルランニングファンは多くないはずだ。続いてフィニッシュした大杉哲也、奥山聡、小原将寿もこれまでのハセツネではあまり聞かない名前だ。優勝した東徹は実力あるマラソンランナーでその走力は日本の長距離界でもトップクラスにある。レース直後のインタビューで「練習のほとんどはロード、トレイルランニングシューズも持っていない」と語り、ロードマラソンシューズで大会新記録をたたき出した姿は新鮮だった。
トレイルランニングというスポーツが小さなコミュニティで、レースで上位に入るのはランニングだけでなく、山岳スポーツの経験が豊富なアスリートで、しばしば40代や50代といったベテランが大活躍して話題になる、という時代は去りつつある。そのことは既にファンの口に上るようになって久しいが、今回のハセツネはこうしたトレイルランニングのスポーツとしての成長を印象づける結果となった。
そうした意味では上田瑠偉が今回6位に入ったことも象徴的な出来事だ。高校時代に駅伝のエリート選手だった上田はまだ20歳の大学生。トレイルランニングはまだ初めてまもないランナーだが、序盤からトップ選手についていくという一見無謀な作戦をとって見事に上位入賞を果たした。
既にこのスポーツのファンは気づいているように、このようにランニングのスペシャリスト、20代の若い選手がトレイルランニングというスポーツのレベルを引き上げつつあることは世界的な傾向だ。今年のUTMBで25歳のグザビエ・テベナールが優勝したこと、Western Statesで学生時代に陸上競技の選手だったRob Krarが2位に入ったこと。さらには今年のUTMFでロードのウルトラマラソンで実績ある原良和が優勝したこと。こうした動きはハセツネでも例外ではないということだ。
小さなコミュニティで走ることよりも山を楽しむことを大事にするカルチャーが変質して、スピード重視で山の登り下りも障害物を越えるのと同じでトレイルを楽しむことが忘れられてしまうのではないか。そうなのかもしれない。しかし、トレイルランニングというスポーツが多くの人に知られ、才能あるランナーがより多くのトレイルランニングイベントを経験するにつれて、古き良き時代から大切にされてきたこのスポーツの魅力は次第に大きく拡散していくに違いない。それがかつてのような小さな顔の見えるコミュニティとは少し違ったものになるとしても。
今回のハセツネについてもう少し振り返ると、女子については大石由美子の復活が朗報だった。2011年にトレイルレースにデビューして出るレースほとんどで優勝という大活躍の一年からケガに苦しんだ2012年を経て、再び実力を発揮した今回の優勝は大石にとって格別に違いない。そして、上記の世代交代の動きは女子についてはかなり緩やかなのは世界的な傾向。日本でも佐藤光子をはじめとする女子ベテラン選手の活躍がまだまだみられるだろう。
海外勢についてはダコタ、キャメロンがリタイア、エイミーが序盤のリードから後退するなど、当方の予想したほどの活躍はみられなかった。その理由について判断する材料は十分でないが、彼らのように世界でトップレベルの実力を持つランナーであっても、レースを迎えるまでの自身のコンディションによっては手痛い経験をすることになる、ということだろう。願わくば、彼らが十分な準備をして走る一年のメインレースにハセツネ(や日本の他のレース)が位置づけられるようになることに期待したい。
ハセツネに関する記事、写真集(随時追加します)
謝辞
今回のハセツネのレース速報は、当サイト・岩佐が取材活動のためインド洋・レユニオン島に滞在しているため、多くの方に現地での情報を提供していただくことで速報が可能になりました。Takahiro Watanabe, Akihiko Fujikawa, Masakazu Sato, Midori Takahashi, Kumi Shiraiwaの皆様とそのご友人の皆様、そして、フィニッシュ地点で写真撮影やインタビューなどで長時間レースを追ってくださったMinoru Inaba, Hiroaki Shin, Hitomi Ogawaの皆様に感謝いたします。