雨上がりの蒸し暑さが多くのランナーを苦しめる中、上位選手のレースも生き残りの様相となりました。第24回日本山岳耐久レース(ハセツネCUP)は10月9日日曜日にあきる野・奥多摩山域で開催されました。事実上の日本選手権として注目を集める71.5kmの長距離トレイルランニングイベントを制したのは、男子が川崎雄哉 / Yuya Kawasaki (TRAQ)、女子が高村貴子 / Takako Takamuraでした。
(写真・2016年のハセツネCUPで優勝、笑顔を見せる川崎雄哉。Photo by Koichi Iwasa / DogsorCaravan.com)
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川崎雄哉は長崎県出身の自衛官で31歳。昨年から本格的にトレイルを走るようになり、今年は北丹沢44kで優勝、Red Bull白龍走2位、比叡山50kで3位。50キロを超える距離をレースで初めて走る今回のハセツネが優勝。そのタイム、7時間27分51秒は歴代5位の好記録です。北海道在住の23歳の医大生、高村貴子は昨年のハセツネCUPで3位になって注目を浴びました。今回は苦しみながらも9時間41分37秒で念願の優勝を手にしました。男子では菊嶋啓 / Kei Kikushima(inov-8)、荒木宏太 / Kota Araki(ASICS)が2位、3位に続きました。女子では2009年優勝の星野緑 / Midori Hoshino(La Sportiva)が2位、3位に浅原かおり / Kaori Asaharaが入りました。
今年の当サイトのハセツネCUPのライブ速報はMountain Hard Wear、montrailのご協賛によりお送りしました。
レースの展開
台風や前線の影響で雨となる週末が続いていましたが、ハセツネCUPの当日となる9日の正午ごろには雨は上がりました。秋の長雨の後のひんやりとした空気の中での大会となるかに思えましたが、実際には曇り空の下のトレイルは気温が高め。湿度も高くて濃い霧が立ち込めるハセツネCUPにはよくあるコンディションです。スタートからようやく水分の補給が受けられる42km地点の月夜見第二駐車場までに脱水症状を訴えてリタイアするランナーが目立つことになりました。
男子のレースをリードしたのは上田瑠偉 / Ruy Uedaと川崎雄哉。醍醐丸/15.3kmには1時間32分で二人がほぼ一緒に到着。2014年の上田の通過タイムに2分遅れのペースです。二人に3分差で菊嶋啓、荒木宏太、河野健一 / Kenichi Kawanoが後続集団で続きます。さらに奥山聡 / Satoshi Okuyama、三浦裕一 / Yuichi Miura、地下翔太 / Shota Jige、牛田美樹 / Miki Ushidaがトップ10で醍醐丸を通過します。
2014年大会優勝で大会記録を持つ上田瑠偉は今回の優勝候補の筆頭でしたが、この日はトレイルの登りに入るとペースが落ちてしまいます。足のケガや胃腸の不具合といったトラブルはなかったものの、スカイランニング・ユース世界選手権優勝やCCC2位と活躍が続いた後の疲労回復に時間がかかっている様子。第一関門となる浅間峠(22.7km)には川崎雄哉が2時間16分で単独トップで現れます。5分差で菊嶋啓、その背後に上田瑠偉が続きます。二人から1分差で荒木宏太、小川壮太 / Sota Ogawa、奥山聡、三浦裕一、河野健一が続きます。
第二関門となる月夜見第二駐車場(42.1km)も川崎雄哉が4時間31分で単独トップで到着。2位の菊嶋啓との差を10分まで広げます。3位には荒木宏太がトップの川崎から17分後、4位に奥山聡が19分後、5位の河野健一は23分後と早くも上位選手の前後の間隔が広がります。上田瑠偉はトップから1時間以上遅れて20位で月夜見第二駐車場に到着しますが、ここで大事をとってリタイア。月夜見では上田のほか、三浦裕一、地下翔太、小川壮太もリタイアすることになりました。
川崎雄哉にとっては月夜見から先は経験の少ない夜間走のセクションとなり、御前山までの大きな登りや大岳山前後のテクニカルな岩場が待ち受けます。しかし第三関門となる御岳(58.0km)にも6時間26分でトップで到着。第二関門から第三関門のラップは2014年の上田瑠偉よりも11分長くかかっているものの、7時間半での完走がねらえる好タイムでクリア。2位の菊嶋啓との差は18分と川崎が独走態勢に入りました。3位には荒木宏太がトップから24分差で続き、4位に奥山聡がトップから27分後、5位の河野健一は36分後と順位は変わらず。
そして71.5kmのフィニッシュとなる五日市会館には7時間27分で川崎雄哉がトップでフィニッシュ。ハセツネCUPへのデビュー戦で見事優勝。そのタイムは歴代5位(上田瑠偉<2014>、東徹<2013>、奥山聡<2014>、ダコタ・ジョーンズ<2012>に続く)となりました。2位には菊嶋啓が7時間48分と川崎から21分差でフィニッシュ。ハセツネでは2012年に7時間53分で3位になっていますがそれを上回る記録で、厳しいコンディションの今年のハセツネCUPを完走しました。3位は8時間1分で荒木宏太。最終盤の金比羅尾根の下りでコースを見失い5分ほどロスしたものの、トップ3の座を守りました。4位には奥山聡、5位に河野健一。河野は実業団のエリートランナーとして活躍した経験を持ち、そのスピードを初出場のハセツネで発揮。今後もトレイルでの活躍が期待されます。
6位には伊藤健太 / Kenta Itoが入りました。伊藤は浅間峠ではトップから27分差の29位、御岳ではトップから66分差の14位でしたが、最終盤で先行する選手を捉えて一気に6位、トップから61分差まで追い上げてフィニッシュし、表彰台に登る快挙を見せました。伊藤は一昨年のハセツネで24位(8時間44分)、昨年は7位でした。【追記・一昨年、昨年のリザルトについて追記しました。2016.10.12】
7位には加藤晶文 / Akifumi Kato、8位に牛田美樹、9位に山谷良登 / Yoshito Yamatani、10位に小島弘道 / Hiromichi Kojimaとなりました。昨年のハセツネCUPチャンピオンでハセツネの顔ともいえる奥宮俊祐 / Shunsuke Okunomiyaは9月のTrans Alpine Runからの疲労が残ったといいながらも、21位・9時間17分で11回目のハセツネCUPをフィニッシュしました。
女子のレースはここ数年のハセツネCUPで上位を占めていた選手の多くが出場を見送る中、前回3位の高村貴子と松岡宏美 / Hiromi Matsuokaがレースをリードします。しかし今回の優勝候補の高村は今シーズンは国内外でのレースが続いたせいか「今回は前半にペースが上がらなかった」といい、昨年優勝の北島良子の通過タイムと比べると醍醐丸(15.3km)では11分差、第一関門の浅間峠(22.7k)では15分差。浅間峠では2位の松岡宏美が20秒差と背後に迫ります。二人を背後から追うのは2009年優勝の星野緑で「順位を意識せず、特に前半は追い込まないように」とベテランらしい余裕で進みます。
第二関門の月夜見第二駐車場(42.1km)に高村は5時間54分でトップで到着。自身が昨年トップで通過した時よりも13分遅いタイムですが、背後に迫っていた松岡は浅間峠を通過後に体調を崩して大きくペースを落とします。月夜見に2位でやってきたのは星野でトップの高村から15分差でした。3位に浅原かおり、4位に松岡が続きます。
第三関門となる御岳(58.0km)は高村がトップで通過、2位の星野との差は24分と大きく引き離し、昨年3位となった時の自身の通過タイムとの差も2分遅れまで縮める快走ぶり。そのまま高村貴子が9時間41分で五日市会館にフィニッシュして優勝しました。昨年の自身のタイムと比べると4分差でした。
女子2位には10時間7分で星野緑が入りました。星野は2009年に10時間10分で優勝、2008年には9時間57分で4位となっていますが、当時に迫る実力が健在であることを示しました。3位は浅原かおり、4位に大庭知子 / Tomoko Oba、5位に野間陽子 / Yoko Nomaが続き、6位には齋藤美紀 / Miki Saitoが入りました。松岡宏美はその後苦しみながらもコースを進み続け、24位、13時間23分で初のハセツネCUPをフィニッシュしています。
観戦記・今年も新しい才能が花開いたハセツネCUP
トレイルランニングの人気が高まり国内外に魅力あるレースが増える中で、初心者からトップアスリートまで実力を試す場は国内にも国外にも増えているといえます。日本のトレイルランナーの誰もがハセツネCUPを目標にする、という時代ではないのかもしれません。しかし、ハセツネCUPが事実上の日本選手権として注目を集め、そこでの結果や経験をもとにアスリートとして飛躍していく舞台であることには変わりありません。
今回男子優勝の川崎雄哉は九州出身、在住のランナーで、トレイルランニングをはじめたのは同郷の先輩であるバーティカルの皇帝・宮原徹に勧められたのがきっかけ。昨年の多良の森トレイルランニングレース、RedBull白龍走で優勝、西米良スカイランニングクエストで2位となっており、今年は比叡山50kで3位、北丹沢44kで優勝と関東、関西のトレイルランナーにもなじみのある大会で頭角を現していましたが、今回のハセツネでの優勝を予想した人はいなかったでしょう。初めてハセツネに出るにあたって試走できたのは、五日市と御岳の間、金比羅尾根の往復を一度だけだったといいます。その川崎が後続を大きくリードしながら7時間半を切り、歴代5位となる好タイムで優勝したことは今年のトレイルランニング界の大きなニュースとして振り返ることになるでしょう。
女子優勝の高村貴子は経験豊富なベテランが活躍する女性選手の中で、昨年22歳で初出場のハセツネCUPで3位となって話題となりました。それからの1年、スカイランニング・ユース世界選手権で2位となるなど、バーティカルキロメーターから50キロ超まで様々な大会で経験を重ねました。今回はスタートから先頭を走り続けたとはいうものの、夏の間のレースの疲労もあって前半はベストの走りには遠い様子でした。しかし「ハセツネでの優勝は今年一番の目標だった」といい、あきらめることなく前半を耐えることで後半は優勝を確実に。タイムは昨年の自身のタイムに及びませんでしたが、最後まで諦めない強さを身につけることになりました。
男子2位の菊嶋啓も思いがけない蒸し暑さで上位のランナーが脱落していく中で、粘り強い走りを見せました。2012年にハセツネで3位となった頃の菊嶋は今後の日本のトレイルランニング界をリードする若手として注目されていましたが、その後はレース後半で失速したり、ケガで思うように走れないという時期が続きました。昨年からは富士登山競走で2位、信越五岳で2位など粘り強さを発揮することが増えています。ハセツネCUPではこれで4位(2011年)、3位(2012年)そして今回の2位ときて「次は優勝したい」を意欲をみせました。女子2位の星野緑は今回のレースの前後とも、楽しんで走るだけ、とリラックスした表情でしたが、今回のタイムは出産・育児でこのスポーツから離れる前とほぼ同じレベル。女性トレイルランナーの強さを示す活躍でした。
一方で、今回のハセツネCUPも厳しい自然環境に参加選手が試されることになりました。前述の通り、今回はさほど気温は上がらないとの天気予報で、あきる野は雨が上がった後も暑い雲に覆われたままでしたが、実際にコースに入った選手は蒸し暑さに苦しめられ、持っていたドリンクを早々に飲み尽くしてしまうことになりました。もちろんそうした条件はどの選手も同じですが、これまでの経験の有無や今シーズンの疲労の蓄積度合いなどが重なって各選手の明暗を分けることになりました。
リザルト
全体のリザルトはこちら。
男子 / Men
- 川崎雄哉 / Yuya Kawasaki 7:27:51
- 菊嶋啓 / Kei Kikushima (inov-8) 7:48:46
- 荒木宏太 / Kota Araki (ASICS) 8:01:45
- 奥山聡 / Satoshi Okuyama (inov-8) 8:02:09
- 河野健一 / Kenichi Kawano 8:16:29
- 伊藤健太 / Kenta Ito 8:28:38
- 加藤晶文 / Akifumi Kato (第1空挺団)8:30:45
- 牛田美樹 / Miki Ushida (Inov–8) 8:31:04
- 山谷良登 / Yoshito Yamatani 8:32:56
- 小島弘道 / Hiromichi Kojima 8:40:33
- 山室忠 / Tadashi Yamamuro (montrail / Mountain Hardwear) 8:42:20
- 土屋克則 / Katsunori Tsuchiya 8:50:11
- 伊東努 / Tsutomu Ito 9:03:24
- 石川朋奈 / Tomona Ishikawa 9:04:36
- 柴田幸生 / Yukio Shibata 9:05:14
- 貝瀬淳 / Jun Kaise (ASICS) 9:06:27
- シン・ジェドク(沈在徳) / Jae Duk Sim (montrail / Mountain Hardwear) 9:07:54
- 田中良 / Ryo Tanaka 9:10:26
- 富塚翔亮 / Shosuke Tomizuka 9:11:49
- 吉田賢治 / Kenji Yoshida (La Sportiva)9:15:34
女子 / Women
- 高村貴子 / Takako Takamura 9:41:37
- 星野緑 / Midori Hoshino (La Sportiva) 10:07:20
- 浅原かおり / Kaori Asahara 10:32:09
- 大庭知子 / Tomoko Oba 11:07:48
- 野間陽子 / Yoko Noma 11:13:17
- 齋藤美紀 / Miki Saito (Salomon) 11:23:50
- 中村久美 / Kumi Nakamura 11:39:53
- 關利絵子 / Rieko Seki 11:41:47
- 林絵里 / Eri Hayashi 11:48:43
- 村井絢子 / Ayako Murai 11:54:05
謝辞
今回のハセツネCUPのライブ速報をお送りするにあたっては多くの方にご協力いただきました。特に大川裕代、大瀬和文、東徹、韮沢絵梨花、渡邊孝浩(五十音順)の皆さんにコース上からのレポートでご協力いただきました。岩佐比登美からは今回のレポート全体についてアドバイス、協力を受けました。今回も大会会場ではたくさんの皆さんから差し入れや励ましの言葉を頂戴しました。心より感謝いたします。