【編者より:久保信人 Kubo Nobuhitoさん(フィールズオンアース)の連載、Val d’Aran by UTMBの参加レポートは第5回目でいよいよレースをスタート。海外のトレイルランニングレースを自ら走った経験も豊富な久保さんの目からみたレースレポートが始まります。】
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2022年は7月7日〜10日に開催
先日2022年の「Val d’Aran by UTMB」の開催日程が発表になりました。来年は7月7日七夕から7月10日に開催される予定です。
フィールズオンアースでも、もちろん今回の参戦を最大限活用して「Val d’Aran by UTMBオフィシャルツアー」を開催予定です。ツアー詳細は随時こちらのサイト(https://www.fields-on-earth.com/tour/category/2080.html)より更新してまいります。
2022年ツアーの更新は10月中を予定しています。
いよいよスタート
いよいよ約1年半ぶりのロングレース、「Val d’Aran by UTMB」のスタートの日がやってきました。
コロナ禍により世界中で多くのレースがキャンセルとなり、世界中のランナーが一同に集まり、大観衆の中を駆け抜けるレースは長い間開催されることはありませんでした。
朝食の後、すこしビエイヤ(Vielha)の街を歩いてみると、たくさんのランナーたちやその家族、パートナーであふれていて、2019年のUTMB Mont-Blancを彷彿とさせます。
「ああ、またこういう時がやってきたんだな!」としみじみと感動をかみしめます。
世界のいろいろな山でトレーニングして、そしてこのレースを目指して日々努力し、そして世界中から同じスタートラインに並ぶ。その壮大なスケールのこのレースに参加できる喜びと、もうすぐスタートしてしまうというもったいなさで、なんだか複雑な気分です。
海外レースに挑戦する、ということは人生においてもとても大きな挑戦で、特に40代も過ぎた私のような年齢になってくると、10代20代のような感じで何か新しい大きな挑戦をする機会も減ってきます。
そんな中でも、まだこうしてトレイルランニングというスポーツの世界最高峰クラスのレース、そして最長距離カテゴリーの100マイルに挑戦する、という目標を持つのは素晴らしいことだと思います。目標に向かって一生懸命走ったり、仲間のアドバイスをもらったり、そのレースがきっかけで行ったことのない様々な山に行ったり、そこで見る美しい景色に感動したり、一つの海外レースに挑戦する、というプロセスの中で、とても大きな世界が広がっていることに気が付きます。
海外レースに挑戦するたびに新たな出会いや挑戦があり、新しい世界が広がってゆく、これこそが海外レース挑戦の醍醐味ではないでしょうか。
この「Val d’Aran by UTMB」はコロナ禍という全世界を巻き込んだ難しい状況の中で、そんな希望の光を与えてくれたかけがえのないレースにいつの間にかなっていました。
最高潮に興奮が高まったビエイヤの街
レースのスタートは夕方18時、本家のUTMBと同じ時間です。しかしこの時期のスペインは夜22時くらいまで明るいので、4時間は明るい中を進むことが出来ます。
14時くらいまではひたすら昼寝を心がけて、それからテーピングや補給食を再確認して、17時ごろホテルの部屋を出ます。
受付のホールにドロップバックを預けに行くと、スタート前にせわしなく電話をする、今回招待してくださったクララさんに会います。クララさんは第一回大会のメインイベントとなる100マイルのスタートということもあり、なかなか緊張した面持ちでしたが、私を見つけると笑顔で「いよいよね!頑張って絶対フィニッシュして!!」とエールを送ってくれました。
ビエイヤの中心街は、まるでUTMBのスタート前のように多くのランナーや応援の家族、仲間であふれていました。この景色、ずっとこの景色を待ち望んでいました。コロナ禍で消えていた、この景色がまた戻ってきたことに胸の高鳴りは最高潮を迎えます。
当初スタートはウェイブスタートと聞いていましたが、スタートラインには約1000名の参加者が一斉に並んでいます。全選手がマスクをしているほかは、コロナ禍以前と変わりない景色です。
スタートラインに並ぶ入り口でランダムに装備チェックをしていますが、全員はチェックされません。私はチェックスルーでよい、とスタッフさんにそのままスタートラインに誘導されました。
沿道にはすでに多くの観客が集まり、UTMBやレユニオンを走ってきた時の感動がよみがえります。この景色と大観衆と、ハイテンションなMC、そしてDJが奏でる音楽が参加者をいやでも盛り上げます。
ポレッティさんの涙
刻一刻とスタートの18時が近づいてきます。天気は抜けるような青空、暑いくらいです。
100マイルを走るのは前回が2018年のUTMBだから、約3年ぶり。私自身、4回目の100マイルレースです。累積高度は10600mと、これまでの100マイルレースでもっとも険しい。不安や緊張もありますが、なによりもワクワクが止まりません。
UTMBのトップ、カトリーヌ・ポレッティさんがUTMB Mont-Blancの時のようにスタート前にマイクで話し始めます。
「世界中で多くのレースがコロナによって中止となり、UTMBも昨年開催することができませんでした。By UTMBという新しい試みを始めて、2020年にコロナが発生してから、全てのレースを断念するしかありませんでした。でも今、このVal d’Aran by UTMBが、コロナの厳しい時間を乗り越えて、新しいコロナかを乗り越えた最初のレースとしてスタートします!」
そうコメントしながら、言葉を詰まらせ涙を流していました。
それを聞きながら、多くの選手も同じように涙を流し、長くつらかったレースの無い時間を乗り越えてきたことを思い出し、私自身も涙をこらえきれません。
トレイルランニングはあくまで趣味の一つにすぎませんが、それでも自分の人生にとって、どれほど大きな存在であるか、100マイルレースにたくさんの練習を積んで挑戦するということが、どれほど大きなことであるかを再認識します。
そして改めて、この素晴らしいスタートを用意してくれた全ての人たちへの感謝の思いで胸がいっぱいになります。
この景色を記録しようとフィールズオンアースのインスタグラム @fieldsonearth に、スタートシーンをライブ配信したIGTVのムービーがあるので、興味がある方はぜひ覗いてみてください。
ビエイヤをスタート、序盤は抑えて慎重に
スタート数分前になり、UTMBのテーマ曲「コンクエスト・オブ・パラディ」が流れます。もうこれは反則です。涙が止まりません。
多くのレースが中止になり、フィールズオンアースも2020年の3月から全ての海外トレイルレースのツアーが中止となり、実質仕事を完全に失いました。
ずっと耐え続けてきた思いがあふれだしてきて、ビエイヤの街に響き渡る「コンクエスト・オブ・パラディ」の音楽があまりにも心に響きすぎて、ただ涙が溢れます。
「絶対にゴールする。そしてコロナを乗り越えるんだ」
その思いが湧き上がります。
カウントダウンが始まり「10!9! 8! 7! 6! 5! 3! 2! 1! GO!!!」
ついに3年ぶりの100マイルの旅がスタートしました!この感動を少しでも日本の皆さんに伝えようと、スマホでインスタライブを続けたままスタートします。
ものすごい観衆です!!UTMBの時に見た景色と同じ景色が広がっています!!あふれ出るアドレナリンを必死に抑えながら、ビエイヤの街を抜けていきます。
丹羽薫さんと試走した山に登っていく峠道にもたくさんの応援が来ています。「とにかく前半をしっかり抑えて、丹羽さんを抜かないように」と言い聞かせながら、スタートします。
いままで丹羽さんとは多くの海外レースで一緒に走ってきましたが、調子に乗って丹羽さんより先行したレースは毎回つぶれて胃腸トラブルを起こしていたので、絶対に抜かさないようにしようと心がけて走ります。(笑)
たぶん150番手くらいでスタートし、どんどん抜かされますが気にせず心拍を上げないように気を付けます。
ビエイヤの標高は700m程度なのでかなり暑く、オーバーペースは内臓トラブルを引き起こします。かなり慎重に入ります。2㎞ほど進むと丹羽さんの背中が見えてきました。
丹羽さんは100マイルレースの入りをとにかくしっかり抑えて、後半どんどん追い上げるスタイルです。丹羽さんと一緒に100マイルレースを2回走りましたが、スタート後のペース配分は目からうろこで「こんなに抑えるんだ!」と学びました。
それがなかったら、毎回オーバーペースでリタイヤしていたかもしれませんが、最高のお手本と一緒に走れたことで、100マイルレースは全て完走してきました。
息まく男性ランナーたちがどんどん丹羽さんを抜かしていきますが、きっとほとんどの男性ランナーは後半丹羽さんに抜かれることになるでしょう。
それを何度も見てきているので、私も出来る限りセーブして、丹羽さんと話しながらリラックスしてスタートします。
こちらはスタートから15kmあたりまでの動画。標高2276mのMontpius、2173mのMontcorbisonのあたりの稜線です。
スタートから1時間でピレネー山脈の稜線が目の前に広がる
Val d’Aran by UTMBの100マイルのレース「VDA」はスタートから3㎞程はロードの峠道の登りで、ここで選手の間隔が開くように意図されているようです。しかしUTMBやレユニオンと比較するとすぐにシングルトラックの山道に入っていきます。おそらく私と丹羽さんは250番手あたりでそのシングルトラックに入りますが、ここが急登となっていて早くも渋滞し始めます。
おそらく後方は結構な渋滞になると思いますが、このシングルトラックは1㎞あるかないかで、またすぐに広いフラットな林道に出るので、あまり焦らず渋滞に身を任せた方がよい感じです。
やや混雑した最初のシングルトラックを登りきると、しばらくフラット基調の林道で、渋滞は解消されます。右手にビエイヤの街を見下ろしながら、美しいピレネー山脈にどんどん近づいていきます。
丹羽さんは早くから現地入りして全コースを試走されていたので、この先の地形などを聞きながら一緒に走ります。こんな贅沢なレースはありません。日本トップランナーの丹羽さんがコースのアドバイスをしてくれながら、一緒に走っているのですから!!
丹羽さんはフラットな林道も非常にペースをセーブして走ります。丹羽さんがいなかったら、私は絶対もっと速いペースで走っていただろうなあ、と思いながらゆっくりジョグで進みます。どんどん抜かされますが気にしません。
しばらく広い林道を進むと、一気にコースは山に向かってシングルトラックに直登していきます!
はるか上の方に連なるランナーの列を見て「おお!いよいよ始まった!」。ピレネーの美しい稜線に向かって、限りなく直登していきます。
急な登りは丹羽さんが速くて、無理についていくのは断念します。丹羽さんは急登にはいるとゴリゴリ男性ランナーたちを抜かしていきます。私は急登は出来るだけ抑えて、フラット基調な走れるパートはリズムよく走るタイプなので、ここは無理せず流れに任せます。
1500mくらいで、早くも背の高い木はなくなり、果てしなく続くピレネー山脈の稜線が見渡せます。
Val d’Aran by UTMBは、UTMBやレユニオンのレースに比較しても、スタートしてから1時間少しで、早々に絶景のピレネーの稜線に入っていきます。UTMBはコンタミンまでは殆どフラット基調とLes Houcheの低山を超えるだけなので、初日はあまりアルプスらしい絶景を日中に見ることが出来ませんが、このVal d’Aran by UTMBはどんなレベルの方でも、スタート後1、2時間で素晴らしいピレネーの稜線の景色を堪能できます。
ややフラットな区間でまた丹羽さんと一緒になり、「めっちゃきれいですね!!さいこー!!」とピレネーの絶景にただただ感動しながら、走ります。
「すばらしい、ただただすばらしい!!」
これからの100マイルの道のりにワクワクしながら進みます。
(続く)