コロナ禍の海外レース挑戦記・スペイン Val d’Aran by UTMB(その7・完)二度目の夜の試練を経て、いよいよゴールへ【久保信人】

【編者より:経験豊富なアスリートである Kubo Nobuhitoさん(フィールズオンアース)が今年7月のVal d’Aran by UTMBを振り返る連載の最終回。レポートの最後では来年7月のVal d’Aran by UTMBオフィシャルツアー2022についての告知もあります。久保さんはまもなく12月9-12日にタイ・チェンマイで開催されるThailand by UTMBにも選手として参加する予定です。】

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やっと復活した103㎞地点

約70㎞地点から発症した内臓トラブルはなかなか収まることなく、約95㎞のエイド「Montgarri」まで約5時間も続き、大幅なペースダウンで苦しんだ(前回記事)。

しかしながら、やっとの思いで95㎞Montgarriのエイドにあった、パサパサの味の薄いビスケットが思いがけず美味しく食べることが出来て、大量にむさぼったおかげで体が動き出し、ついに5時間戦い続けた内臓トラブルから復活した!

95km、Mongarriのエイドでやっと復活!

95km、Mongarriのエイドでやっと復活!

ドロップバックエイドの「Beret」では2回目のカレーメシと、真空パックのじゃがバターを堪能し、すっかり内臓も回復。残り約60㎞でどれだけ挽回できるか、ここにきて俄然やる気が出てきた。

コース最高地点 Col de Podo 2633mを目指す

103㎞のBeretのエイドには、レース前にここのゲレンデで働く元オリンピックスキー選手のXaviさんに下見に連れてきてもらった。後半はコースの雰囲気がわかっているので安心だ。

Beretから次のエイド11・Salarduまではほとんどが林道の下り坂だ。抜けるような青い空と独特の白い砂利の真っ白な道を駆け下りていく。

再びアラン谷 Val d’Aran まで下りきって、谷の反対側の山々にアプローチしていく。標高約1200mの「Salardu」からコース最高地点のポド峠 Col de podo(2633m )までは約20km。上り基調で約1400mの標高差をひたすら登るこのレース最大の難所だ。

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内臓トラブルの苦しみから一転して嘘のように楽しく走れている。中盤もこんな感じで走れていたらどんなに良かっただろう。でもこれが100マイル。必ず苦しい時間があり、不思議なことにそれを越えて走れる時間がやってくる。

4回目の海外100マイルレース

初めて私が100マイルを走ったのは2017年の「グランレイドレユニオン」だった。その後、2018年にクロアチアの「100マイル・オブ・イストリア」、「」を完走し、この「Val d’Aran by UTMB」は3年ぶりで人生4回目の100マイルレースとなる。

2018年のUTMBを32時間40分で完走。

2018年のUTMBを32時間40分で完走。

これまでに経験した100マイルレースでは、いずれも中盤にひどい吐き気などの内臓トラブルに苦しみながらも、後半復活して巻き返してきた。今回こそは中盤の内臓トラブルを回避しようと意気込んでいたのだが、やはり結局同じ展開となってしまった。

2017年に100マイルへの初挑戦となったはグランレイドレユニオンを38時間44分で完走。この時もひどい吐き気で、途中で2時間動けなかった。

2017年に100マイルへの初挑戦となったはグランレイドレユニオンを38時間44分で完走。この時もひどい吐き気で、途中で2時間動けなかった。

進歩していないなあ、とがっかりする反面、後半に復帰してからは怒涛の追い上げができると過去3回の100マイルレースで立証している。「もうここからはひたすら抜き返していくのみ!」と自信に満ち溢れていた。

素晴らしく良くできたコース

Salarduの街に近づく。街の近くではしばらく舗装路を走るのだろうと思っていたのだが、このレースは実にうまくコースができている。「こんな所にもトレイルが!」という思うほど、街を縫うように古道やトレイルがつながっており、ほとんどロードを走らせない。

やがてピレネーの山々の石を組上げた美しい街並みの中を駆け抜ける。小さなカフェから応援の声援が聞こえ、街をめぐるトレイルをハイキングしているおじいさんやおばあさんたちは皆一様に「ベンガベンガ!アニモー(がんばれがんばれ!いいぞ!)」と、笑顔で我々ランナーを応援してくれる。

日本でもこんなふうにトレイルランナーとハイカーがお互いを尊重して笑顔で声を掛け合える文化が広まるとよいなあ、と思いながら、笑顔で声援に応えて進む。

アラン谷の底にあるSalarduの街はさすがに暑さを感じる。

今日はからりと晴れあがって日向は気温28℃ぐらいだろうか。

ここSalarduのエイドは112㎞地点となる。フラスクを水で満タンにして、すぐにエイドアウト。しかしエイドのすぐ隣にあったカフェテラスのバンガローで「マグナム Magnum」という欧州ではどこでも売っている人気のアイスバーを見つけてしまった。あまりの暑さに思わず購入、アイスバーをぺろぺろしながら走る。「うまい!」暑い真夏のスペインの日差しにアイスはたまらん!

Salarduエイドからいよいよ約20㎞の登りセクションが始まる。次のエイドは試走で訪れている「バンデトレドス Banhs de Tredos」だ。

ロードと林道の緩やかな登りを歩いているランナーを次々にジョグで追い抜いていく。やっと体が動く喜びをかみしめつつ、オーバーペースにならない程度で出来るだけ長くペースを維持できるように気をつけて進む。

次のエイド12まではずっとこの緩やかな林道かな、と思っていたら本格的なシングルトラックに入る。すぐに斜度も上がってきた。

ここでゼッケンにフランス国旗とFabriceと名前の書かれた選手に追いつき、ずっと彼と一緒に進む。非常にいいペースでぐいぐいと力強く登り続ける。

彼がフランス語で話しかけてきたので、フランス語で応えると「フランス人?」と聞かれたので「いや日本人だ」と答えたら、びっくりして振り返ってきた。

「このレースのために日本から来たのか!」

そこからしばしお互いのここまでの道中を語り合い、すごくきれいな景色だったことや「絶対UTMBよりきついよね」と共感したり、しばし話しながら進んだ。

思ったより相当傾斜のきつい登りだったがおかげで何とか乗り切ることができた。次のエイドまでの緩やかな下りに入ると、いつの間にか独りになっていた。日も傾き始めていて、夕方の様相だ。

そしてエイド12の123.6㎞地点「Banhs de Tredos」に到着した。ここには日本風にいえば山奥の秘湯の一軒宿があり、ピレネーのこうした宿としては最も標高が高いところにある。エイドの近くにあるというその温泉で知られるホテル知る人ぞ知る人気の宿だという。

私は無類の温泉好きだ。ここで無性に温泉に入りたい衝動を必死に抑えつつ、エイドイン。95㎞Montgarriで203位まで落とした順位は、ここで127位まで上昇していた。内臓トラブルで失速した分を取り返したことになる。

ここからはいよいよ標高2633mまで登る。エイドのスタッフが「上は相当冷え込むからしっかり着込んだ方がよいよ、10度以下になるだろう」と教えてくれた。ザックからFinetrackの長袖と、その上に着る長袖レイヤー、ロンググローブを着用し、装備を整える。スペイン名物料理のトルディージャをしっかり食べて、長いのぼりでエネルギー切れしないように補給する。

そしていよいよコース最難関のポド峠(2633m)を目指して出発した。

バンデトレドスのエイドを出て、トレイルを登る。

バンデトレドスのエイドを出て、トレイルを登る。

ついに2回目の夜へ

ここからはレース前に試走しているので、コースは熟知している。だんだんと日が落ちてきて、気温も下がっている。ピレネーの湖が点在するコースでの最も美しい国定公園のエリアなのだが、ほとんどの選手はここを夜間に通過することとなる。事前に試走しておいて景色を楽しんでおいてよかった!

私はといえば、最高地点2633mのポド峠を何とか日が暮れる前に通過できるかどうか、とうタイミングだ。試走した時に撮影したポド峠の様子は下のような感じ。

ここでも力強く登る大柄なランナーに追いつく。彼もグイグイ登っていくので、ここは無理に抜かずにペーサーになってもらう。彼としては私を振り切りたいのか、どんどんどんどんペースが上がっていき、付いていくのがちょっとしんどい。しかしこの時は周りに選手の姿も非常に少なく、単独行動よりは誰かと進んだ方がよいように思った。

かなりのハイペースで登り続けたが、なかなか前にランナーは見えず、ひたすら二人で進み続ける。美しい湖のほとりを何度も超えて、階段状に標高をあげてゆく。

Podo峠を目指す登り

Podo峠を目指す登り

コース最高地点のポド峠までは試走した時と同じように長い道のりと感じた。試走していない選手はなおさら堪えるだろう。120㎞を過ぎて標高の高いセクションでこの長い登りは辛い。山頂が近づいてくると、ますます風が強くなり、気温も低くなった。レインウェアをザックの上から着こみ、冷えないように気を付ける。

23時ごろ、コース最高地点2633mポド峠に到着!!テントも何もない吹きさらしの中、寒そうに待機していたスタッフが計測チップをチェックしてくれた。

ここからは長い下りだ。昼間に試走したときもわずかなケルンや消えかけたペンキを目印に進んだエリアだったが、夜はより難易度が増していた。一番マーキングに頼りたくなるエリアなのに、なかなか見つからない。風に飛ばされてしまったのか、牛が引っこ抜いたのか。

二度目の夜は試練が待ち受けていた。

二度目の夜は試練が待ち受けていた。

道がわからないランナーが前にいるせいで、後ろから追いついたランナーとあわせて8人ぐらいのパックになった。無理に追い越しすることもできずに一緒に進むうちに、気づけばこのパックのペースが落ちていた。

私もこのパックのペースに合わせてしまったせいか、なんだか眠くなってくる。今思えばこの下りはさっさとこのパックを見切って先行するべきだったと、反省している。

ここのスローダウンで脳内のアドレナリンがストップしたようで、この後強烈な睡魔に襲われることとなる。

サポートがいない!

次のエイド13の「Colomers」には今回サポートをお願いしている平橋さんが待ってくれている。「次のエイドでは焼きそばを食べよう!」と、焼きそばを楽しみに頑張って進んだ。

エイド13に到着して、あたりを見回すが平橋さんがいない。

おかしい、どうしたんだろう?少し待ってみるが現れない。携帯に電話しようとするがここは電波が届いていない。

「焼きそばがどうしても食べたい」

すっかり頭が「焼きそば」になっていたもんだから、他の物を食べたくない。結構、ショックを受ける。エイドに並ぶチョコレートやバナナ、ビスケットなどはあまり魅力的に映らず、あまり食欲をそそらない。待っても平橋さんが現れないので、諦めて進むことにした。

この辺りから実は自分の脳はバグり始めていた。コース上の距離とエイドの位置について勘違いしていたのだ。実は平橋さんがサポートに来る最後のエイドは次のエイド14 「Ressec」で、147㎞地点となっていた。にもかかわらず、この時の自分は138㎞地点のこのエイド13「Colomers」に平橋さんが来ているはずだと完全に思い込んでいた。

丹羽さんが事前に試走したといって話していた、最後のきつい登りの二連発が始まるのもこのエイド13を出てからだと思っていた。これも実は勘違いの思い込みで、実際は次のエイド14を出てからのことだ。

この思い込みは後に私に甚大なダメージを与える。

「もう俺は帰る、止めよう」

ちょうど日付が変わる深夜24時ごろにこのエイド13を出発する。数百メートルほど林道を進むとコースは突然左へ曲がり、そこにはとんでもない崖にマーキングがしてある!!

「なんだこれは!!」

ここまでのコースとは全く違って、腕を使ってよじ登らないといけない超急登が目の前に現れた!

「うおお!この後半にこの登りを持ってくるか!!」

コースを設定したのは今回招待してくれた主催者のクララさんではないと思う。しかしこの時頭がバグり始めた私は「クララさん、なんてエゲつないことを!」と毒づいていた。

コースの高低図ではエイド13「Colomers」を出た後は小さな登りに見えたが、実はエゲつない急登のつづら折れの連続だった。上を(前ではない!)見ると、ちらちらと前を行くランナーのヘッドライトが見える。遥か頭上にも明かりがきらめいている。

「あんなところまで道があるのかよ!」

漆黒の闇で山の形が視認できないので、まるで夜空に瞬く星に混ざって、移動してゆく星の光が見えるようだ。移動してゆく星はランナーのヘッドライトだ。

「丹羽さんのいうとおり、最後の2つの山はやばいな」

実はまだ私は最後の2つの登りにたどり着いていない。条件が一致したと勝手に判断して、最後から3つ目の山のことをラスボスの2つの登りと思い込んでいるのだ。

幸いまだ力は残っていたので、この難敵を登りきった。今度は下りがまたどえらいテクニカル!! 岩ゴロゴロの根っこ地獄で全く走れない。無理に走って捻挫や転倒でリタイヤはここまで来たら絶対に避けたい。

高低図では確かラスト二つの登りは連続しており、次の登りまで下りは長くなかったはず。ところが下っても下っても終わる気配がない。

「おかしい、こんなに下りが長いはずがない」

「もしかして気が付かないうちにもう2つ目を超えて、ゴールへの下りを進んでいるのではないか?」

そんなことを考え始めていた。このあたりでGPSウォッチのバッテリーが切れてしまい、距離も確認できなくなった。最後にきて私は重大な勘違いをしていたのに、気が付かなかった。

さらにこの辺りは標高が1200〜2000mなので、杉のような針葉樹の森と黒土のトレイルとなっていて、なじみのある日本の山のような雰囲気だった。次第にハセツネのコースを進んでいるかのような錯覚を覚え始める。

同時に猛烈な睡魔が襲い掛かる。今まで3回走った100マイル史上、最強の睡魔が私を襲う。なんだか同じトレイルをぐるぐる回っている感じがする。さっきもあの木を見たんじゃないか?あの岩さっきもあったぞ?岩が顔に見える。

「なんなんだ、この異常にきつくてテクニカルすぎる鬼コースは」

だんだん不機嫌になる。

「ダメだこんなコース、イベントで使ったら危なすぎて、小川さんに今すぐ電話して迎えに来てもらおう」

私はそう思い始めた。

私は世界のいいのわたる選手とともに、日本で毎月トレランイベントを開催している。そのイベントをサポートしてくださるのが小川さん。ここスペインに来ているはずのない小川さんに、私は本気で電話をかけようとしている。

あまりの睡魔で意識が混同して、自分は日本の山にいてトレランイベントの試走をしている、と認識していたのだ。

目の前のあまりにエゲつないコースに「これではイベント参加者の安全が確保できないし、こんなにきつかったらイベントには使えない」と全くこのレースには関係ないことを考え、こんなバカげたことは止めてすぐに帰りたいと思い始めていたのだ!

参加選手に声をかけられて我に返る

日本の山を独りで徘徊していると勘違いし始めた私。しかし時折現れる前を行く外国人選手を追い抜くと、我に返る。

「はっ!自分はスペインのレースに来ているのだ、頑張ってゴールしなければ」

それから少し経つと、またもや「小川さんに電話して次のエイドでピックアップしてもらってスーパー銭湯に直行しよう」と頭は考え始める。

脚はまだ元気なのだが、あまりの睡魔に再度スローダウンし始める。そして147㎞のエイド14、レサック Ressecに到着。ここで自分が約10〜15kmほどスタートからの距離を間違って解釈していたことにようやく気が付いた。同時に丹羽さんから教えられた「ものすごくきつい」というラスボスの2つの登りはこの先のことであることにも気付いた。

そしてその現実に、もうラスボスは超えたと思い込んでいた私はひどくショックを受けて脱力した…。

この147㎞、レサックのエイドはサポートが可能な最後のエイドだ。食べ物も充実していて、なんと巨大なピザがある!!電子レンジで温めてくれるという。

地元の中高生だろうか、ボランティアの学生スタッフたちが一生懸命選手一人一人に声をかけてピザを温めてくれたり、フラスクに水を入れてくれたりと、ありがたい。

ちょうどこのエイドに到着したサポートの平橋さんとも出会うことができた。ここは一般車両を乗り入れることが認められず、大会専用のバスに乗って来るしかない。なかなかバスが来なくてギリギリの到着となったのだ。

「焼きそばが食べられる!!」

食べたいと思い始めてから4時間経って食べる焼きそばは美味い。

本当にサポートはありがたい。大会のエイドにはない日本の味は日本人ランナーの海外レース挑戦にはとても重要だと思う。どうしても後半、なれない海外のエイド食は喉を通りにくくなる。そんな時、サポートがあるとないとでは大違いだ。

ピザと焼きそばを食べておなか一杯になり、いよいよ本当にラスボスの2つの最後の山に挑む。眠気覚ましにコーヒーも飲んでエイドアウト!

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やっぱり眠い!

147㎞のエイド14・Ressecを出るとしばらく林道の九十九折れを進む。単調な林道のせいで、再度睡魔が到来。さっきたくさん食べたこともあってか、またもや強烈な睡魔で抜き返され始める。まっすぐ進もうと思っても、ダブルトラックの林道を右へ左へ蛇行しているのがわかる。

「だいじょうぶか?がんばろう!」と抜いてゆく選手から声を掛けられる。「体は大丈夫だが眠すぎる」と答える。

独りになると睡魔に襲われるので、抜き去っていったランナーが視界から消えないように、できる限り追いかける。そう粘っているうちに次第に眠気が抜けてきた。こうなればペースが上がるので、先ほど抜かれたランナーたちを抜き返し始めた。

「もう満足した、早くホテルに帰って風呂に入って寝るんだ」150㎞あたりの私の頭の中はこの思いでいっぱいだった。

このラスト3つの登りは、激しい睡魔とナイトラン、加えてコース上でどこがピークかわかりにくい、とタフな条件が重なった。私にトラウマになるような記憶を脳裏に焼き付けてくれた。

「ペースを上げれば、早くゴールして早くホテルに帰れる」その一心で進み続け、ひたすらランナーを抜き続けた。

レース中盤に内臓トラブルを起こすと、ペースが上がらない一方で脚は温存されるので、後半は脚が元気、という副産物がある。順当にレースを進めてきた皆さんは順当に後半脚が動かなくなるが、私の場合は不幸中の幸いで後半は中盤よりはるかに速いペースで進むことができている。

最後のエイドとなるエイド15「Santet Escunhau」に到着。153㎞地点にあり、とても小さなテントでドリンクだけを補給できるエイドだ。この前のRessecのエイドでやきそばとピザをたらふく食べた私には補給は不要だったが、なぜかオレンジジュースだけ頂いて、すぐにエイドアウト。

このエイドでついに100位ちょうどまで順位が上がっていた。スタート前に参加者が約1000名と聞いていたので、上位10%の100位以内に入れたらよいな、と密かに思っていた。その目標へ近づいてきた!

いよいよゴールへ!

最後のエイドを発ち、目指すはゴールのビエイヤ Vielha。

最後の登りはほとんど踏み跡のないとても細いシングルトラックだ。茂みの中の急登をゴリゴリと登らされる。ついに二度目の夜が明け始める。太陽って素晴らしい。明るくなってくるだけで元気が湧いてくる。

そして遂に標高2100mのラスボス「Pujo Blanco」2100m」を登り切り、あとはひたすらゴールのビエイヤに向けて下るのみ!

「早く風呂に入りたい!早くふかふかのベッドで寝たい!」

そうつぶやきながら、ゲレンデの中の広い林道をひたすら駆け下りる。脚が痛むけれど、ペースを落としたらその分ゴールできる時間は遅くなり、風呂に入る時間も遅くなる。だから痛みの神経は取っ払ったつもりで可能な限り速いスピードで駆け下りる。大腿四頭筋が大変なことになっているが、とにかく走り続けた。

しかし、長い!この最後の下り、めちゃくちゃ長い!

UTMBでもフレジェールからシャモニーのゴールまで8㎞の下りが長いが、その比ではない。距離は6㎞程度のはずだが直線的に急勾配を下り続けるので、脚への負担が半端ではない。丹羽さんが「最後の下りはエンドレス」と話していたことを思い出した。まさしくエンドレス。眼下にゴールのビエイヤらしき町は見えるものの、一向にたどり着かない。

「大腿四頭筋が壊滅する!痛い!でも早く風呂に入りたい!」

全身に響く激痛に叫び声をあげながら、それでも走れば早くゴールできるから、と爆走し続ける。最後はスタート直後に上った舗装路の林道を通ってゴールに向かうはずだ。先ほどからトレイルから舗装路の林道に出て「もうゴールか」と勘違いすることを5、6回は繰り返している。

うんざりするほど下り続け、ついにスタート直後の36時間前に走った、スタート直後のあのロードに出た!!

「ああ!帰ってきた!遂に!帰ってきた!」

なつかしいビエイヤの街並み、162㎞、累積標高10,600mの旅が今終わろうとしている。ゴール前のホームストレートはインスタライブをしながら進む。


無事に帰ってこれた安堵感に包まれる!なんとも心地よいこの瞬間。早朝5時頃だったので、あまり観客はいなかったけど、それでもゴールを迎えてくれる人々からの歓声は嬉しい!

ゴールには「Val d’Aran by 」の栄光の鐘が下がっている。ついにその鐘を鳴らす時が来た!

「カランカラーン!!」思い切り大会のシンボルである栄光の鐘を鳴らした!36時間33分03秒、総合90位、マスター1クラス42位。私の第1回Val d’Aran by UTMBが完結した。

コロナ禍という未曽有の出来事で突然停止した海外レース挑戦、私の仕事、全てが変わってしまった日常。だけど今こうして再び約2年のブランクを経てスペインの素晴らしい壮大なピレネーの山々を超えて100マイルの旅を完結することができた。

100マイル共にしたゼッケンとフィニッシャーズメダル

100マイル共にしたゼッケンとフィニッシャーズメダル

今回の挑戦の為にご支援いただいたVal d’Aran by UTMBの皆さんをはじめ、応援してくださった皆さん、家族、明日香食品、ルーセントの皆さんにも心よりお礼申し上げます。

女子総合2位の丹羽さんと打ち上げへ

2日ぶりにホテルに戻り、念願の風呂に入り、朝食会場へ。先にゴールしていた丹羽薫選手に会うと、丹羽さんは女子総合2位の32時間22分、総合でも31位という素晴らしい結果でゴール!再び本場欧州の100マイルレースで表彰台に立つ成績を上げていた!

 

ランチは丹羽さんたちとレースのコースで通ったSalardu近くにある、ピレネーで最も標高の高いところにあるチーズ工房のレストランへ。

120㎞地点で走ったロードを抜けて、山に入っていく。Bagergueという小さな村の片隅にフォロマージュリーがある。

トニオさんと言う、まさにプロマージュ職人といった恰幅のよい風貌のオーナーが、チーズ工房を案内してくれた。

 

何か月もかけて熟成させるピレネーチーズ、中でも正方形のどっしりとしたハードチーズが「アラン谷チーズ」。

何か月もかけて熟成させるピレネーチーズ、中でも正方形のどっしりとしたハードチーズが「アラン谷チーズ」。

36時間かけて走りぬいたピレネー山脈の思い出として、ピレネーの岩のような四角い「アラン谷チーズ」をお土産に購入した。そしてピレネー産の材料をふんだんに使った料理を堪能しながら、今回のレースを丹羽さんと振り返った。

最後の最後までしびれる本格的山岳レース、「Val d’Aran by 」は来年の大会が2022年7月7〜10日に予定されている。

今回自分が走った経験を生かし、私も大会オフィシャルツアースタッフとして、挑戦される皆さんを最大限バックアップしたいと思っている。

ピレネー山脈の壮大な景色と、アラン谷の人々との温かいふれあいを、多くの方々に体験してもらえたらうれしい。

長文の連載にお付き合いいただき本当にありがとうございました!

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