コロナ禍の海外レース挑戦記・スペイン Val d’Aran by UTMB(その3)コースを試走、夏のピレネーの美しさに感涙【久保信人】

【編者より:久保信人 Kubo Nobuhitoさん(フィールズオンアース)の連載、Val d’Aran by UTMBの参加レポートは第3回に。先月の7月9-11日にスペイン・カタルーニャで開催された大会を前に、コースを試走。海外旅行とスポーツの経験が豊富な久保さんの気持ちを揺さぶったピレネーでの経験が綴られます。】

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丹羽薫さんとVal d’Aran by UTMB®︎のコースを試走

7月4日にスペイン北部、フランス国境にほど近いアラン谷(Val d’Aran)に到着。丹羽薫さんと会えたので、早速その日の夕方にスタートから最初のエリアを軽くジョグに行くことに。スペインの7月は夜21:30くらいまでは明るく、ヘッドライトがなくても走ることができます。

バルダラン by UTMB®︎(Val d’Aran by UTMB®︎)の100マイルレース「VDA」のスタート、ゴールは街の中心にある教会の前。本家のUTMB®︎ Mont-Blancもシャモニーの中心にある教会の前の広場をスタートするので、どこか似た雰囲気を感じます。

アラン谷の中止都市、ビエイヤ(Vielha)の教会

アラン谷の中止都市、ビエイヤ(Vielha)の教会

ヨーロッパの街は教会を中心に街が形成されていることが多い。中世のヨーロッパにおいて教会は人々が集まる場所であり、日曜日に礼拝に訪れるだけでなく、様々な学者や医者などもいて、人々の相談や時には学校のような役割も果たしたそうです。こうしたことから、教会を中心に街が広がっていったといわれています。

イタリアのラバレド・ウルトラトレイル(Lavaredo Ultra-Trail)もコルティナ・ダンペッツォの教会の前の広場をスタートし、アンドラ・ウルトラトレイル(Andorra Ultra-Trail)もオルディノの教会の前がスタート、ゴールです。ヨーロッパのレースの景色として、教会をスタート・ゴールとするレースは少なくありません。

丹羽さんとビエイヤ(Vielha)の街から石畳の旧市街を抜け、ロードの上り坂を走ります。UTMB®︎ Mont-Blancではスタートのシャモニーからしばらくフラットなロードや遊歩道を走りますが、こちらはすぐに峠走が始まります。

走り始めたのは夕方17時頃でしたが、かなり暑い!しかも意外と湿度を感じます。丹羽さんも「意外と湿度あるんですよね!結構日本的な気候かも」とのこと。確かに結構汗をかきます。シャモニーやアンドラは暑いけれど比較的カラッと乾燥していましたが、不思議とここアラン谷は地形の関係からか、湿度があります。

予想外の蒸し暑さに不安がよぎります。トレイルランで最大の難敵は湿度の高い暑さです。内臓トラブルが起きやすく、リタイヤが多くなりやすい気候条件だからです。

3kmほどコンクリートで斜度8-10%を登り、砂利の林道を4-5kmほど走ると、シングルトラックに突入します。集団を引き延ばす区間がUTMB®︎ Mont-Blancなどと比較してもかなり短いので渋滞が発生しそうですが、今回はウェイブスタートとのことなので、大丈夫かもしれません。

シングルトラックにはいると、結構きつい斜度で早速上り始めます。丹羽さんは「この走れるか走れないか微妙な斜度ですよね~」といいます。私は「そうですね~」といいつつも(いやいやこれ100%自分は歩きますけどね)と思うほどの斜度でした(笑)。

トレイルの急登から砂利の林道に出ると、アラン谷を見下ろせる見晴らし台に出ました。今日はここで折り返して、ビエイヤに戻ります。コースはここからしばらく緩やかな林道を進むそうです。

戻る途中で100マイルの最後に降りてくるトレイルの出口を教えてもらいました。それを見つめながら「絶対ここまで帰って来よう」。そう改めて自分に強く言い聞かせます。

またビエイヤの街に帰ってくると、「カオリ!ノブ!」と誰かが呼ぶ声がします。道の向こう側に我々を呼んでいる女性がいました。

丹羽さんの右隣が主催者のクララさん

丹羽さんの右隣が主催者のクララさん

呼んでいたのは、大会主催者で今回私と連絡をずっと取り合ってくれていたクララさんでした。メールやWhatsAppではずっと連絡を取り合っていましたが、お会いするのはこれが初めて。

このコロナ禍で昨年予定されていた第一回大会が開催できず、相当苦労されたと思います。にもかかわらず、丹羽さんや私を積極的に招待し、この規模の大会の開催にこぎつけた行動力は本当に尊敬に値します。ずっと地球の反対側でインターネットを介して交流していた私たちですが、やはりこうして直接約10000㎞の距離を移動して、直接会ってお話しできることの尊さを改めて感じます。

100マイルレース、海外レースの魅力とは

こういう海外100マイルレースを通じた現地の方々との交流が海外レースの魅力の一つだと、私は思っています。

レース参加やツアー作成のプロセスの中で、色々な方とメールなどを通じて連絡を取り合いますが、その時は顔を見ることはありません。今ではズームなどを通じてビデオミーティングをすることもあるとはいえ、やはりリアルでお会いすることとは大きく違います。

遠く離れた地球の反対側で生活している方たちと、こうしたトレイルレースを通じて偶然にも接点が生まれ、大会参加やツアー作成のために連絡を重ねて、何か月もたって初めて現地でお会いする。そしてより一層関係が深まり、新たな国や土地に新しい仲間が増えていく。こうした出会いや交流が人生をより豊かにしてくれると思っています。

コロナ禍によって1年半以上、毎回感動を与えてくれる出会いや交流がとまっていました。今回は約10000㎞の距離を超えてお会いできた感動を久しぶりに感じて、やっぱり海外レースの旅ってすばらしいな!と再認識しました。

主催者チーフのグザビエさん(右)とクララさん(左)にトレーニングで行った富士山グッズをプレゼント

主催者チーフのグザビエさん(右)とクララさん(左)にトレーニングで行った富士山グッズをプレゼント

クララさんは大会の初開催を控えて相当多忙だったに違いないのですが、いつも丁寧に迅速に連絡してくれて、約1か月前という直前のエントリーも受け付けてくれました。本当にありがたかったです。心からの感謝を伝え、また時間のある時に少しゆっくりお話ししましょうと約束してホテルに戻りました。

VDA162㎞の最難関セクションを試走

7月5日は大会スタートの4日前で、予定の中ではコース試走できるのはこの日だけ。そこでレース後半の約130㎞前後にあり、コース中の最高標高地点となる「Colle de Podo(コルデポド、標高およそ2610m)」を見に行くことにしました。

朝6時30分にホテルのレストランでサンドイッチを作り、レンタカーで123㎞地点となる第12エイド「Banhs de Tredos(バンデトレドス)」へ向かいます。今日は最高の快晴!まぶしい朝日を浴びながら、第11エイドとなるサラルドゥの場所を確認して、小さな路地に入っていきます。

すると「ん?なんかここ前に来たことあるような?気のせいか?」と感じます。こうした山に囲まれた狭い峠道はこれまで無数に通ってきたので、気のせいかもしれません。しかし峠道を登って行き止まりに到着すると、それは確信に変わりました。

「ココ来たことある!」そう、2016年にバルデボイで開催されたスカイランニング世界選手権のサポートで、世界の階段王こと渡辺良治選手とここに5年前に来ていたことを思い出しました。あの時はこんな山深いところにもう二度と来ることはないだろうと思っていたのに、また偶然にも来てしまったのです。

ここバンデトレドスはヨーロッパで最も高い場所にある温泉だそうで、VDAのハイライトともいえるアイグエストルタス国立公園エリアの入り口となります。「初めての景色にワクワク」していたのが、思いがけず「懐かしい景色にときめく」こととなりました。

駐車場には大会のエイドとなるであろう大きなテントが既に設営されていました。今日はここからコースを試走します。

走り始めてすぐに始まる絶景の連続。明らかに日本とは違い、UTMB®︎ Mont-Blancのアルプスともまた違う、ピレネーの美しすぎる景色に、気が付くと涙があふれて止まりません。すばらしい、素晴らしすぎる。

シルクドコロマーズ(Circ de Colomers)と呼ばれるこのエリアには、数えきれないほどの氷河湖があり、登ってゆくたびに美しい小さな湖や池が次々に現れます。標高2000mを超える高地にたくさんの湖がある景色はピレネーらしい景色の一つでしょう。

7月上旬から中旬にかけて、アルプスやピレネーは高山植物が一斉に咲き乱れる最高の季節を迎えます。見渡す限りの様々な花々と真っ青な青い空、そしてそびえたつ雄大なピレネーの山々、もう感動しかありません。「本当に来れてよかった、来てよかった」心から湧き上がるその思いを、抑えきれませんでした。

絶景が目の前に広がるたびに写真や動画を撮りまくるせいで、コースを全く進むことができず。午後13時からクララさんとお会いする予定が完全に間に合わない状況に。。

何とかメッセージを送り、VDA162㎞のコースで最高地点のコルデポドを目指します。しかし、上に行けば行くほどトレイルのトレースが薄くなり、GPSが示すコースには全く道らしいものが見当たりません。GPSデータを携帯とウォッチに入れてきて本当に良かった。これがなければ完全に迷ったでしょう。

コルデポドに近づくと、ゴロゴロと巨大岩だらけのエリアが繰り返し現れます。消えかかった薄い岩のペイントと、登山客たちが作ったわずかなケルンを頼りにコースを必死に探しながら進みます。「道ないし!!」と一体何回つぶやいたことか。

UTMB®︎ Mont-BlancはTMB(ツール・ド・モンブラン)という非常にメジャーなモンブラン一周トレッキングルートをコースとしていて、トレイルは非常にはっきりとしていてわかりやすい。一方、Val d’Aran by UTMB®︎の100マイル、VDAは実に野性味にあふれるマイナールートをふんだんに盛り込んでいるようです。それはそれでワクワクするではないか!

標高が上がるほど、岩のエリアは厳しさを増し、ところどころ腕を使ってよじ登るような急登も現れます。日本で八ヶ岳全縦の練習をしてきたことは無駄ではなかったようです。あの時はVDAはこれほどきつくないだろう、と高をくくっていましたが、なかなかそうでもなさそうです。

最高地点のコルデポドは、山のピークではなかったせいか、気づかないうちに通過したようです。

2610mのVDA最高地点を少し過ぎたあたり

2610mのVDA最高地点を少し過ぎたあたり

まだまだ周りには2800〜3000m級の稜線が自分を見下ろしていますが、ここからは岩だらけの壮大な景色の中を駆け下りていきます。相変わらずトレースはほとんどなく、目を凝らしてケルンと岩のペイントを探し、GPSで確認しながら下ります。

美しすぎて永遠にこの景色の中を走り続けたい!そんな思いがあふれる素晴らしいコース。しかも、アルプスよりも圧倒的にハイカーが少なく、この壮大な景色を独占しているような気分になります。

コルデポドから5-6㎞ほど下るとコロマーズ小屋を経て、第13エイド(138㎞地点)のコロマーズに到着します。

Colomers小屋に向かうトレイル。

Colomers小屋に向かうトレイル。

レースでもこのダムの上を走ります。

レースでもこのダムの上を走ります。

コロマーズ小屋から1-2㎞下ると林道に出て、チャータータクシー乗り場に到着します。ここも2016年に来ていて、懐かしい景色です。このエリアは国立公園で一般車両は入れないため、許可を受けているタクシーのみ乗り入れることができます。

今日は予定外にもう18㎞も走っていたので、レース本番のことを考えて、タクシーでバンデトレドスに戻ります。タクシーは4ユーロと良心的でした。車に戻り急いでビエイヤに戻ります。

この日、試走したシルクドコロマーズはレースの進行状況によっては夕方から夜間に通る可能性が高く、今日は強行して午前中に絶景を観れたことはとてもラッキーでした。試走して本当によかったです。

元オリンピック選手チャビさんとコース視察

スペイン滞在4日目の7月6日の朝は昨日とはうって変わって一面の濃霧。外に出ると寒くて、とても半袖では耐えられません。朝7時の気温は10℃でした。標高約700mのビエイヤVielhaで10℃であれば、2000mを超えるコース上の山の気温は。。。気が引き締まります。これは防寒装備を気を付けなければ。昨日の快晴時は全く防寒着なんて必要性を感じないほど暑かったのに、今日はいきなり10℃以下なのです。

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豪華なホテルの朝食ブッフェを楽しみ、今日は午前9時からVDAのコースが通過するスペイン有数のスキーリゾート「バケイラ・べレ」(Baqueira Beret)のチャビ (Xabi)さんに、コースを案内していただくことになりました。

リレハンメル、アルベールヴィル五輪に連続して出場したチャビさんとモンガリ(MontGarri)の教会で

リレハンメル、アルベールヴィル五輪に連続して出場したチャビさんとモンガリ(MontGarri)の教会で

ここビエイヤは冬にスキーを楽しむためのリゾート地で、通常は夏はオフシーズンです。しかし、UTMB®︎などで大成功したシャモニーに倣い、夏の集客にも力を入れていこうとバルダランのエリア全体が一致団結。Val d’Aran by UTMB®︎の大会を誘致、開催することをバックアップしています。

そのため、冬の集客にもつなげたいとの意味合いもあって、スペイン有数のスケールを誇る「バケイラ・べレ」のスキー場内をVDAは通過します。

またUTMB®︎ Mont-Blancではシャモニーで開催されるキッズレースやOCCにあたるスカイレース40㎞も、ビエイヤから30㎞ほど離れた「バケイラ・べレ」のゲレンデエリアで開催するといった工夫がされています。

ホテルに迎えに来てくれたチャビさんは、なんと以前はスペインを代表するスキーヤーで、リレハンメル、そしてアルベールビルとオリンピックに2回出場したスラロームスキーヤーなのだそうです。

ビエイヤから車で約40分、どんどん峠道を登ってゆき、たくさんの大きな牛や馬が道に現れると、突然広大なスキーゲレンデエリアが現れます。

見渡す限りの山々がすべて冬はゲレンデとなり、ヨーロッパでも屈指の大きなゲレンデだそうで、アルプスの有名なゲレンデを滑ってきたスキーヤーも、ここ「バケイラ・べレ」のスキー場のスケールに驚くそうです。

スキー場としては世界のファンを魅了できる設備が整っているとのこと。チャビさんは「Val d’Aran by UTMB®︎を通じてもっとたくさんの人たちに知ってもらえたら」と話してくれました。

この全てが冬はゲレンデに!

この全てが冬はゲレンデに!

欧州ではトレイルランニングの愛好家の多くが冬はスキーやスノーボードを楽しみます。夏のトレイルランで素晴らしいゲレンデを走る経験が冬の集客にも繋がる可能性は大いにあると思います。

チャビさんの案内で、VDA162㎞の110㎞地点、二つ目のライフベースでドロップバックを置けるエイドとなるべレにやってきました。

ここはとても開けた壮大なピレネーの景色、放牧された牛たちのカウベルの音が心地よく響いています。スキーハウスのレストランがエイドになるらしく、ボランティアの方々がエイドの設置を始めていました。ここまで元気でたどり着きたい!絶対ここでリタイヤとかしないぞ!と自分に言い聞かせます。

ハイキングの名所、MontGarri

べレの次はさらに奥にある100㎞地点のエイドがあるモンガリ(MontGarri)に向かいます。

ここは丹羽さんも試走で宿泊したとのこと。かわいらしい山小屋のある、今は住民のいない廃村の小さな小さな集落です。

べレから先は舗装路がなく、砂利のダート道をすすみ、周りをピレネーの山々に360度囲まれた谷にモンガリの小さな教会と山小屋が見えてきます。すぐそばをきれいな小川が流れていて、マウンテンバイクやハイキングを楽しむ人々が、このモンガリの山小屋のカフェテラスで楽しそうに休憩しています。まさにピレネーの山村を絵にかいたような、素敵な場所です。この日は結構肌寒かったので、モンガリのカフェでホットココアをいただき、小さな教会を見学しました。

VDAのレース本番では、ここモンガリからが勝負どころ。ここまではできるだけ温存して、内臓トラブルを起こさないように!とこのときは心に誓っていたのですが。。。

これで、昨日の120-138㎞地点の試走と合わせて、VDAのコース後半がイメージできるようになりました。おそらく満身創痍で走ることとなる後半パートのイメージがかなりできたのは、とてもありがたかったです。

あの絶景の山々をもうすぐ走れると思うとうれしくてワクワクしますが、トレースが薄く思っていた以上に厳しいトレイルに少し不安も感じます。でも、こうしてドキドキしている感覚自体が、本当に久しぶりでその時間さえ愛おしく感じます。

ビエイヤの中心街とピレネーの山

ビエイヤの中心街とピレネーの山

(続く)

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