トレイルランニングのオンラインメディア・DogsorCaravan.comが主催し、日本を拠点に活動するアスリートでその年にもっとも賞賛に値するパフォーマンスを示した人を選ぶ日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤー Trail Runner of the Year in Japan(TROYJ)は今年2017年で5回目となります。昨日締め切った一般投票の結果と当サイトが行う投票を経て受賞者を決定しましたので、この記事において発表します。今回の一般投票は前回を上回る投票件数でした。
【追記:高村貴子さんのハセツネCUP優勝について二回目の優勝と修正しました。2017·12·31】
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一般投票に先立って、今年のノミネート対象者として発表した男性24人、女性18人のアスリートの皆さんの紹介は以下の記事をご覧ください。
選考のプロセスについて
日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤーは日本を拠点に活動し、2017年中にトレイルランニングのパフォーマンスにおいて際立った成果を挙げたアスリートを讃えるため、トレイルランニングのオンラインメディア・DogsoCaravan.comが独自に行う企画です。もっとも際立った成果を挙げたアスリートに与えられる本賞はDogsorCaravan.comのご意見番であった稲葉実さん(2014年9月逝去)への感謝をこめて、稲葉実記念賞(通称・稲葉賞)とし、男女各1名を選出。このほか男女各2名に特別賞を授与します。
選考のプロセスは次の通りで、昨年と同様に一般投票と当サイトによる投票の結果を加重平均した結果に基づいて本賞受賞者を決定しました。ただし、加重平均する際の当サイトの投票の比率は引き上げています。また、特別賞については単に得票率の次点、次次点とするのではなく、当サイトが得票率を尊重しながら独自に選考しています。
- ノミネートの発表:当サイトにおいて、男女の候補者をノミネートし、この記事において発表(12月24日発表)。
- 投票の受付(12月30日午後6時まで):受賞者は一般投票と当サイトによる投票を合算した結果から決定します。一般投票と当サイトによる投票の比重は1:1とします(前回2016年は3:1でした)。
- 一般投票:この記事にあるオンライン投票欄において、当サイトをご覧の皆様からの投票を受付けました(お一人につき、期間中一票)。
- 当サイトによる投票:当サイトが百分率でそれぞれの候補者に投票します。投票は本記事公開前に行い、その内容は受賞者発表まで公開されず、投票内容も変更されません。
- 受賞者の発表(この記事):各候補者が一般投票で得た得票率と当サイトによる投票で得た得票率を1:1で加重平均。その結果、男女で最も得票率の高かった候補者を稲葉賞(本賞)受賞者とし、それに続いた候補者から特別賞を選考。
2017年日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤー(Trail Runner of the Year in Japan, 2017)受賞者
稲葉実記念賞(Minoru Inaba Memorial Award)《本賞》
女性の部:丹羽薫 Kaori Niwa
一般投票では丹羽薫、高村貴子の二人に投票が集まりました。一方、当サイトの投票では丹羽、高村、そして吉住友里に同率を投票。実際、この3人はそれぞれの得意とするカテゴリーで甲乙つけがたい活躍を今年みせました。投票を合算した結果、得票率でトップとなった丹羽薫 Kaori Niwaが今年の稲葉実記念賞に選ばれました。2015年に続く2度目の受賞です。
今年の丹羽は春に中国で開催のUltimate TsaiGu Trailでの優勝に始まり、Andorra Ultra Trail 170kで2位、UTMB®︎での4位、レユニオンで7位、スカイランニングアジア選手権・MSIG Lantau 50で3位と専ら海外に挑戦の場を移して活躍。とりわけUTMB®︎という世界最高峰のトレイルランニング・レースといわれる大会でトップ3に続くという好成績を挙げたことは、今年もっとも輝かしい成績を上げたのはもちろん、日本の女子トレイルランニング界の歴史に残る偉業でした。しかもUTMB®︎では4週前にTromso Skyrace(ノルウェー)で骨折してギプスをつけての参戦でした(UTMB®︎についての丹羽とのインタビューはこちら)。
こうした丹羽の活躍は丹羽自身のアスリートとしての素質やたゆまぬ鍛錬もさることながら、世界の舞台で自分の力を試してみたいという強い意志があったからこそ実現しました。シーズン初めに自ら目標を公開することで遠征費、活動費のクラウドファンディングに挑戦。トレイルランニングでは初めての試みでしたが、目標を大きく上回る額の調達に成功しています。自ら道を切り開こうとするその意志が今年の成果につながりました。
アスリートとしての丹羽をみた場合、走るスピードについては世界のトップ選手と比べてさほど恵まれているわけではないことに気づきます。そんな丹羽が好成績を挙げているのは、100kmや100マイルといったいわゆるウルトラトレイルのレースで自分の状況を冷静に見極めること、他の選手がリタイアするような厳しいコンディションでも前へ進むことを諦めないこと、に秀でているからです。今年のUTMB®︎では事前に上位が見込まれていた欧州・米国のトップ選手が中盤以降に続々とペースを落とす中で着実に順位を上げていきました。陸上競技やマラソンの自己ベストでは計れない力で活躍する丹羽に、励まされるトレイルランナーも少なくないに違いありません。
男性の部:上田瑠偉 Ruy Ueda
注目を集める大会が国内外ともに増えている近年、今年一年で活躍したアスリートを絞り込むのは難しくなる一方です。今回ノミネートされたアスリートはそれぞれに特筆すべき成績を挙げて選ばれているわけですから、誰が稲葉賞となっても違和感はないかもしれません。こうした状況を反映してか、一般投票では上位となった小川壮太、大杉哲也、上田瑠偉をはじめ、得票は割れる形となりました。こうした中で、当サイトによる投票は上田瑠偉を最も高く評価したことから、合算した結果により上田瑠偉 Ruy Uedaが2017年の稲葉実記念賞受賞者と決まりました。上田は2014年に続いて2度目の稲葉賞となりました。
今シーズンの上田はテクニカルな山岳コースを含む、20-50kmのレース、すなわちスカイランニングのいわゆるSkyカテゴリーのレースに集中して取り組みました。スカイランニングのレースの中でも本場欧州のトップ選手がしのぎを削るスカイランナー・ワールドシリーズの3つのレースに出場した上田は、ゼガマ・マラソン Zegama-Aizkorri Mendi Maratoia(スペイン)で4位、ドロミテ・スカイレース Dolomites Skyrace(イタリア)で9位、スカイレース・コマペドローサ Skyrace Comapedrosa(アンドラ)で3位に。日本では少なくともレースとして走ることは難しいような箇所を含むコースで、そうしたコースに慣れた欧州勢を相手にトップ10に連続して入ったことは日本の選手としては初めてのことです。
今年の上田は欧州以外でも、秋にはスカイランニングアジア選手権として開催されたZAO Skyrace 28kでも優勝。ハセツネCUPでは激しい競り合いで上位陣が中盤で次々に脱落する中でリードを守って2度目の優勝を達成したことも話題になりました。4月に参戦した韓国のKorea 50kでの圧勝は日本のみならずアジアのトップ・トレイルランナーとして知られるきっかけとなっています。
国内でも今年はハセツネ30k、スリーピークス八ヶ岳、モントレイル戸隠、日光マウンテンマラソンなどで勝利を重ねていますが、上田に期待されるのはやはり海外での活躍。来年2018年はスカイランニングであれば、ワールドシリーズのいずれかの一戦での優勝、あるいは9月の世界選手権(イギリス・スコットランド)でのトップ3入りに期待したいところ。2回目の稲葉賞を受けた上田ですが、その前途には大きな目標に向けた試練が待ち受けます。
特別賞(TROYJ Honorable Mention)、順不同
女性の部:高村貴子 Takako Takamura、吉住友里 Yuri Yoshizumi
上記の通り、ノミネートされた女性アスリートの中でも、丹羽薫、高村貴子、吉住友里の3人はそれぞれ甲乙をつけることは難しい活躍をしています。僅差で丹羽が稲葉賞を得ましたが、高村、吉住を今回の特別賞に選びました。
高村貴子 Takako Takamuraは今年2017年のハセツネCUPで初 2016年に続く二回目の優勝。歴代3位となる 9時間17分という好記録で20代の高村が優勝したことは、女子でも若手選手の活躍が始まったことを印象付ける出来事でした。この他にも高村はスカイランナー・ワールドシリーズのSkyrace Comapedrosaで女子3位で表彰台に登っている他、スカイランニングアジア選手権・ZAO Skyrace 28kでも圧倒的なタイムで優勝。この他にも菅平42k、びわ湖バレイ、OSJ山中温泉、身延山修行走で優勝という充実した一年でした。
現在はバーティカル・キロメーターで世界に挑もうとしている吉住友里 Yuri Yoshizumiですが、今年の活躍の中でもっとも注目されるのは初挑戦だった富士登山競走での優勝でしょう。3時間1分という近年の女子選手の中ではしばらくなかったハイレベルな記録で伝統ある大会に名前を刻みました。バーティカル・キロメーターでは5月に欧州のTransvulcania VKで優勝のほか、国内のシリーズ全7レース(粟ケ岳、上田、たかやしろ、野沢温泉、びわ湖、蔵王、尾瀬岩鞍)に全て出場していずれも優勝。さらに、UTMB®︎の姉妹レースである58kmのOCCで4位になったことも話題になりました。
男性の部:小川壮太 Sota Ogawa、三浦裕一 Yuichi Miura
男子の特別賞には一般投票で最も票を集めた小川壮太と、今年2017年に大きく飛躍した三浦裕一の二人を選びました。
プロ・トレイルランナーとして活躍する小川壮太 Sota Ogawaはトレイルランニングではベテランともいえる長いキャリアの持ち主。今年のハセツネCUPで3位となったのが印象に残りました。もちろん、小川は順位でいえばハセツネでは2014年に5位となっていてこの時のタイムは今年を上回っていたので、今年の3位はサプライズといういうわけではありません。しかし、前半にあえてペースを抑えて後半に順位を上げていく、という鮮やかなレースは展開には40歳になってさらに強さを増したことの現れでしょう。ハセツネだけでなく、志賀高原エクストリームトレイル、身延山七面山修行走でも優勝しています。
もう一人の特別賞に選ばれたのは三浦裕一 Yuichi Miuraです。得票率では三浦を上回るアスリートはいましたが、昨年までに比べての今年一年の活躍の目覚ましさという点に注目しました。2017年はスカイランニングの国内レースでは菅平42kで3位、美ヶ原80kで5位、アジア選手権のZAO Skyrunning 28kで4位に。このほかにも野沢トレイルフェス優勝、甲州アルプスオートルートチャレンジ優勝、信州峰の原優勝、須坂米子優勝、陣馬山優勝、ハセツネ30k4位、モントレイル戸隠2位、科野の国ラウンドトレイル2位といった記録を残していて、シーズン中は精力的に各地のレースに出場。そして秋には自身にとって初めてとなる100kmを超えるレースとなった上州武尊山120kで勝利をつかみ、新境地を開きました。また、12月のスカイランニングアジア選手権・MSIG Lantau 50では世界トップレベルの優勝選手に13分差の2位に。30歳となった今年は気力の充実を感じさせる一年でした。
受賞者のコメント
2017年稲葉実記念賞・丹羽薫 Kaori Niwaさん
DogsorCaravan.com(以下DC):今年は海外遠征で成果を出した一年でした。
2017年を振り返ると、目標を上回るいい一年にすることができました。成績についていえば、UTWT(Ultra-Trail World Tour、世界の魅力的な長距離トレイルランニング大会からなるシリーズ戦)の年間ランキングでトップ10に入ることを目標に掲げていましたが、実際には6位になることができました。今年春に遠征活動のためのクラウドファンディングをした際に応援してくださった方たち、そして献身的にサポートしてくれた夫に感謝しています。
ただ、例えばUTWTの年間ランキングも上位5人が大きく紹介されているのを見ると、「もう一つ順位が上だったら」、という思いが浮かんできました。来年はもっと上位を目指そうと計画を立てています。
DC:2017年を振り返ってうれしかった瞬間、悔しかった瞬間はありますか?
やはり、UTMB®︎を完走した瞬間は今年一番うれしかったですね。4位という成績そのものだけでなく、それまで想定して準備してきたことを生かすレース展開ができたことが自信になりました。私にとっては今年の会心の出来だったレースです。アンドラ・ウルトラトレイル(170kmのレースで女子2位に)はピレネー山脈の本格的な山岳コースが美しくて大好きになりました。日本からも60人を超える皆さんが参加され、初めて夫(112kmのレースを完走)と一緒に海外のレースに参加できたのもいい思い出になりました。一方、10月のレユニオンは序盤のペースが早過ぎたのか後半はいいレースができずに悔しい思いをしました。レユニオンでいい走りができていたらもっとUTWTの年間ランキングでも上位を狙えたのに、と考えてしまうんですよね。
DC:今年春にクラウドファンディングで遠征費を募られたのは、トレイルランニングの世界では画期的なことだったと思います。
クラウドファンディングではアスリートとしての目標を示して資金を出していただいたわけですから、責任や不安を感じることもありました。でも、多くの方が賛同してくだって目標を上回る額を集めることができたことが励みになったのはもちろん、選手としての今年の成果に直接繋がりました。例えば遠征費に少し余裕ができたことで、海外のレースに参加するのに少し早めに現地に入って準備することができました。これは今年の成功の大きな要因だと思います。
DC:2018年も挑戦が続きますね。
2018年は1月27日のVibram Hong Kong 100(香港)に始まり、4月のUTMF、7月のHardrock 100、8月のUTMB、9月のスカイランニング世界選手権(イギリス・スコットランド)などを予定していて、UTWTの年間ランキングで今年2017年を上回るトップ5入りを目指します。レースの他にも講習会やイベントを通じてトレイルランニングの魅力を伝える機会を増やしていけたら、と考えています。
2017年稲葉実記念賞・上田瑠偉 Ruy Uedaさん
DC:今年2017年を振り返った感想を聞かせてください。
国内ではハセツネCUPやZAO Skyrace(スカイランニングアジア選手権)といった目標にしていた大会で優勝したことが大きな成果だったと思います。夏にはスカイランナー・ワールドシリーズとなっているヨーロッパの3つのレースに出て、いずれもトップ10に入ることができました。でも海外のレースについてはもうひと頑張りすればもっといい結果が出せたはずで、悔しい思いをしたというのが正直なところです。
秋のハセツネCUPでは優勝したことも印象に残る出来事でした。2014年に優勝(7時間1分13秒で大会記録を更新)した時と比べて、周りからも注目され、期待されているのをひしひしと感じました。タイムこそ2014年にはおよびませんでしたが、これほどのプレッシャーの中で結果を残せてホッとしましたね。
DC:ここ数年の上田さんのレースをみていると、序盤から思い切って先頭集団で走って後半に失速したレースでは、その経験を生かしてか、翌年にいい結果を出すことが多いように思います。
どうなんでしょうね。最初から実力以上に飛ばしてしまうという失敗から学んでいないだけなのかもしれませんが(笑)。ただ、国内でも海外でもレースを走るのなら、ある程度の順位でまとめるのではなく、てっぺんを目指して走ろうといつも考えています。そうすると、最初から先頭を走る選手から離されるわけにはいかないのです。
今年のスカイランニングの欧州での結果については、今の練習の環境や練習量を考えれば納得せざるを得ません。言いかえれば、工夫をすればもっといい結果が出せるという自信はあります。世界のトップは手の届くところにあると思っています。
DC:ということは来年以降、アスリートとしてもっと充実した環境が必要になりますね。
いろんなアイディアを持っていて、自分の周囲の皆さんにも前向きに受け止めていただいています。
DC:来年2018年の目標をきかせてください。
来年9月のイギリス・スコットランドで開催されるスカイランニング世界選手権でトップ3に入って表彰台に立つことが一番の目標ですね。今年と同じく、スカイランナー・ワールドシリーズの大会でも上位を目指します。スケジュールにもよりますが、UTMB®︎のレースや今年始まるGolden Trail Seriesのレース、そして国内のレースにも出るつもりです。何れにしても、世界のトップ選手が集まるレースで勝負する機会を作って行きたいと思っています。
今年の審査を振り返って
2017年の日本トレイルランナー・オブ・ザ・イヤーが決まりました。女子については上でも述べたとおり、それぞれ強みを異にする3選手が歴史的な成果を残す一年になり、選考に当たっては悩まされることとなりました。今回当サイトを悩ませたのは3人だけではありません。まず、福地綾乃 Ayano Fukuchiのシーズン後半の躍進には驚かされました。今年前半までは地元の三重県から近い大会でトレイルランニングを楽しんでいた福地にとって、昨年11月の熊野古道トレイルランニングレースでの優勝がきっかけで出場した今年5月のIAUトレイル世界選手権が大きな刺激になったのかもしれません。その後は北丹沢優勝、ハセツネ2位、ITJ優勝といった結果を残していて、2018年は目を離せない存在となりそうです。また、日本のトレイルランニングの第一人者の一人である星野由香理 Yukari Hoshinoもスカイランニング日本選手権・美ヶ原80kで優勝したほか、ZAO VKで3位、ZAO Skyraceで2位、MSIG Lantau 50で2位。Korea 50kで2位と海外も含めて成果を残しました。
男子について稲葉賞の上田、特別賞の小川と三浦の他に、一般投票では昨年の稲葉賞受賞者の大杉哲也 Tetsuya Osugiや荒木宏太 Kota Araki、長田豪史 Goshi Osada、五郎谷俊 Shun Gorotaniが支持を集めました。このほかで当サイトで注目したのはまずは近藤敬仁 Yoshihito Kondoです。この5年間の近藤が国内外でみせている高いレベルのパフォーマンスは、ほかのアスリートにはみられないものだといわねばなりません。2017年もIAUトレイル世界選手権(イタリア)で17位となったほか、国内では比叡山50k、OSJ新城32kをはじめとする大会で勝利を重ねました。また大瀬和文 Kazufumi Oseの成績にも注目しなければなりません。2017年は国内外で30以上のレースに出場したという大瀬の成績は過密スケジュールのためか「優勝」は多くありませんが、高いレベルのパフォーマンスを出し続けています。中でも2017年のUltra-Trail Australia 100kでの9位は、UTWTのシリーズ戦でアメリカやヨーロッパのトップレベルの選手が集まる中で大いに健闘したといえる結果でした。
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