【編者より:7月9-11日にスペイン・カタルーニャで開催されたVal d’Aran by UTMBの162kmのレース「VDA」に参加した久保信人 Kubo Nobuhitoさんに今回のレース参加の旅のレポートを寄稿していただきました。海外各地のトレイルランニングレースに参加するツアーを提供するフィールズオンアースの責任者である久保さんは、かつてフランスを拠点に活動するプロのサイクリストだった経験を持ち、現在も国内外のトレイルランニング大会に積極的に参加しているアスリートでもあります。昨年からの新型コロナウィルスのパンデミックで海外旅行が事実上できなくなったのは久保さんには大きな打撃でした。その久保さんが一年半ぶりに経験する海外渡航とレース参戦の様子を綴ります。コロナ禍によってヨーロッパへの渡航や欧州のスポーツシーンがどう変わったか、海外経験豊富な久保さんが伝える注目の連載です。】
ようやく渡航の制約が緩和され始めた欧州
新型コロナウィルスの世界的パンデミックにより、 2020年2月のニュージーランド・Tarawera Ultra Marathon 参加ツアー以降は当社がツアーを企画していた海外レースは次々に中止となりました。それからは世界のだれもが予想しなかった長い長い海外渡航のできない時が続きました。
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しかし2021年の6月ごろから、ワクチンの普及に伴い欧州各国の感染状況が改善し、徐々にまたトレイルランニングレースの大会が再開され始めました。
6月24日に、日本からスペインの渡航に関しては、ヘルスコントロールの指定アプリケーションをスマートフォンにインストールすることで、PCR陰性証明も不要に。欧州内でもスペインは最も渡航規制が緩和された国となりました。
そこでVal d’Aran by UTMBに参加予定だった丹羽薫選手からも助言をいただきながら、もともと2020年に大会オフィシャルツアーを開催予定だった主催者に連絡したところ、「是非視察を兼ねて大会に招待したい!」という大変ありがたいご提案をいただき、大会の約1か月前にエントリーを決断しました。
このようなコロナ禍での海外レース挑戦を記録に残しておきたいと思い、レポートを作成することにしました。
スペインへの渡航
私が海外渡航をしたのは2020年1月のUltra Trail Tai Mo Shan(中国・香港)が最後です。それ以来、現在まで海外渡航に関する規制は各国ごとに異なり、またその内容も刻一刻と変更されています。1週間前の規制条件が今日はもう違うということも少なくありません。
今回もフライトを手配してから何度も何度もエミレーツ航空に「本当に陰性証明はいらないのか?変更になっていないか」と問い合わせました。
私は旅行会社のフィールズオンアースのスタッフとして、UTMBオフィシャルツアーをはじめ、香港のトレイルレース、グランレイドレユニオンオフィシャルツアー、アンドラウルトラトレイルオフィシャルツアーなどをはじめ、様々な国の海外レース参加ツアーをこれまで企画してきました。年間に5〜8か国を訪問していたのが一転、コロナが始まるとそれらすべては完全にストップしてしまったので、今回は本当に久々の海外レース渡航となりました。
あれほど慣れていたはずの海外渡航ですが、今回はとても不安で緊張しました。渡航のための必要書類に不備があったため送還されたり、目的地に入国できないといったトラブルが頻発していることを聞いていたからです。
渡航の必要条件や準備しなくてはならない書類などの情報は、渡航者自身が探さなくてはならず、しかもその内容が非常に頻繁に更新されるため、昨日はOKだったものが明日はNGになるという悲劇が頻発していました。
Val d’Aran by UTMBが開催されるスペインのVielha(ビエイヤ)はフランス国境にほど近く、フランスのトゥールーズからの方が圧倒的にアクセスがよい。しかし東京からトゥールーズの航空券は、東京からバルセロナの航空券よりかなり高額なうえ、いまいち乗り継ぎもよくありません。結局、7万円台で購入できるバルセロナ行きのエミレーツ航空で行くことにしました。
2021年7月現在、日本からスペインへの渡航にはパスポートに加えて、SPTH(Spain Travel Health)というアプリを自分のスマートフォンにインストールし、そのアプリに渡航情報を全て記載すると発行されるQRコードを取得していれば渡航が可能となっています。
一方、スペインから日本への帰国時は次のように厳しい条件が課されます。【編者注・最新の情報については厚生労働省「水際対策にかかる新たな措置について」などで確認できます。】
1.帰国72時間前以内のPCR検査陰性証明(指定の検査方法厳守)
2.到着後3日間の空港近郊ホテル隔離
3.3日目のPCR検査陰性確認後さらに11日間の自宅自主隔離
4.監視アプリ3つをインストールし、毎日健康チェック、居場所チェックの連絡に対応
行きはよいよい、帰りは恐い、という状態です。
しかしながら、以前は往路のスペイン入国時にも日本帰国時と同様の隔離があったため、渡航は限りなく不可能だったことを考えると、かなりハードルは下がったといえます。
まだまだいろいろな規制はあるものの、またあの海外レースの素晴らしい景色や現地の方々との交流、世界中から集まる選手たちとともに走るあの感覚を取り戻したくて、コロナ禍の参戦を決意しました。
UTMB Mont-Blancより厳しいコース? Val d’Aran by UTMB
約1か月前に突如参加が決まったVal d’Aran by UTMBは、実はUTMB Mont-Blancを凌駕するほどの難関コースでした。
距離は162㎞、累積標高は10600mのコースには、標高2400mを超えるピークが前半、中盤、後半にまんべんなく配置されています。最も厳しい難所とされるのがレース後半の約130㎞地点に位置する標高2610mのColl de Podo(コルデポド)。
UTMB Mont-Blancは距離170㎞で累積標高が10000mであるのに比べて、距離は8㎞短く600mの山が一つ多いというのは、なかなかタフなコースに違いありません。
こんなチャンスをいただいたからには、何が何でも完走しなくては!と、約1か月と時間がないながらも、2400m以上の高所順応のために富士山や八ヶ岳全山縦走などのトレーニングも積みました。
欧州の2000m級の山々をコースとするレースは一つ一つののぼりとくだりが非常に長いことから、出来るだけ長い登りと長い下りを入れた練習を心がけます。
7月2日いよいよ出発
ついに出発の日です。あんなに慣れていた海外渡航ですが、今回はなぜか不安でたまりません。空港で何か不備があって飛行機に乗れないのではないか。やっぱりPCR検査をしなくてはならないのでは?もし陽性だったら??本当に行けるのか不安でしょうがありませんでした。
成田空港にはマイカーで移動。下調べしたところ、帰国時の隔離施設には特定のホテル数ヵ所が充てられているようなので、それらに近い民間の有料駐車場に駐めておくことにしました。事前にネットで予約することで約2週間の駐車料も一万円以内で収まりました(時期により料金は変動するようなので、実際の金額は要確認です)。
成田の民間パーキングもいつもなら、結構込み合う時期なのに今回はガラガラで空いています。
そして久々の成田空港に到着。しかし出発ゲートの景色に唖然としました。ほとんどのチェックインカウンターは閉まっており、同じ時間帯に出発するフライトはたった2便。私の登場するエミレーツ航空のほかはカタール航空だけです。それ以外のフライトは欠航、そもそも予定便がほとんど存在しないという状況。テレビのニュースで見ていたものの、実際にその場に立って衝撃を受けました。
一体誰がこんな事態を予測しただろう。2019年の今頃はこんなことになるとは夢にも思わず、私は渡航客のあふれる空港から夏のツアーに飛び立っていたのです。
ほんの十数名が並ぶエミレーツ航空のチェックインカウンターに並び、搭乗手続きをします。パスポートを提示し、SPTHアプリのQRコードの提示を求められ、事前に取得していたQRコードのスクショを提示。するとボーディングパスが発行されて、搭乗手続きは完了。
念のため「このあとPCR検査はないですよね?」と再確認すると、大丈夫、スペインへの渡航の場合はPCR検査は不要です、とのこと。しかし、渡航条件はいつ変更になるかわからないので、今後渡航される方は必ずスペイン大使館のサイト(駐日スペイン大使館、在スペイン日本国大使館)や使用する航空会社への再確認をお勧めします。
成田空港内は全ての店が休業中
7月2日の夜20時頃の成田空港は2便しかフライトがないこともありガラガラです。スムーズに手荷物検査、パスポートコントロールを通過できました。
少しお土産でも見てからラウンジでお茶でもしようか、と先に進むと店が全く開いていません。お土産屋はおろか香水やタバコといった免税店も含め、全く営業していませんでした。
シャッターには休業中の張り紙、空港内案内板には閉店したショップの名前に黒いビニールテープが無惨にも貼られていました。。。
もっと早い時間帯なら営業している店舗もあったのかもしれません。今回はお土産を事前に用意しておいてよかったと思いました。
ガラガラのエミレーツに搭乗
7万円台でバルセロナ往復を手配したエミレーツ航空にいよいよ搭乗。これに乗れれはドバイまではいけるので、少し安堵します。
機内はガラガラで、横一列の座席に乗客一人が割り振られているようです。一人で隣り合った3〜4シートを独占でき、ゆっくりフルフラットで寝ることもできるので、非常にお得。
この搭乗率でエコノミー7万円台だと完全に赤字運航でしょうが、それでもフライトを飛ばし続ける中東系航空会社の強さを実感します。
日系や欧州系の航空会社は殆ど中東系航空会社と共同運航便にしていて、フライトには中東系の機体を使用していることが多いようです。事前に聞いたところでは、このコロナ禍で海外渡航や日本帰国している方々の大半は、ドバイやドーハを経由したとのこと。こうした中東系航空会社のおかげでかろうじて日本と海外を結ぶフライトは維持されているのでしょう。石油王国の底力を見た気がしました。
ドバイ経由
フルフラットな状態で快眠ができて、あっという間にドバイ国際空港に到着。ここは成田空港とは様子が違います。早朝4時到着のフライトながらほとんどのショップが営業していて、以前と変わらないきらびやかな様子です。
フライトが集中するBターミナルではかなりの数の乗客が行き交い、フライト案内ボードにもたくさんのフライトがずらり!!さすがUAE、さすがエミレーツ。世界を震撼させたこのコロナ禍でもなお、これほどのフライトが発着しているとは!
ドバイからバルセロナのフライトでも座席を横一列使って寝れるといいな、と期待したものの、フライト待合室には欧州系の乗客であふれていました。
乗り継ぎの手続きは手荷物検査だけで非常に簡単でしたが、バルセロナ行きの搭乗ゲートでのチェックは入念です。乗客の出発地によってスペイン入国の必要書類や提示物が異なるので、一人ずつパスポートと必要書類の確認を行っていました。
欧州系の乗客のほとんどはPCR検査の陰性証明書を提示していたようです。私はパスポートとSPTHアプリのQRコードの提示のみで無事搭乗できました。しかし、日本からドバイへの渡航の最中にスペイン渡航の条件が変更になったとしたらいったいどうなるのでしょうか。かなり面倒なことになりそうです。
ドバイからバルセロナへ
バルセロナへのフライトは搭乗率80〜90%で空席はわずかでした。小さな子供連れのファミリー客が多く、機内はにぎやかです。やはり徹底的に自粛の日本と欧米の考え方の違いはこの機内でも感じました。
渡航規制緩和がはじまって、旅行好きの欧米人はここぞとばかりに旅行に繰り出しているのでしょう。PCR検査などの様々な規制があるにもかかわらず、みな様々な書類を用意して待ちに待った旅行に出かけているようです。
スペイン入国
約6時間のフライトを経てついに最終目的地のスペイン、バルセロナ・エルプラット空港に到着。2019年まではアンドラウルトラトレイルのオフィシャルツアーでこの時期に3年連続で訪れていました。ああ、またここに来れた!と嬉しくなる一方で、無事に入国できるだろうかと不安が尽きません。ここにきてまさかの日本送還になったらどうしよう、と最後まで不安がよぎります。
事前の調べでは、状況によって入国手続きにかなりの時間がかかるという情報があったため、フライトの予約時にかなり前方の席を取って、より早く降機できるようにしていました。降機後もかなり速足で歩いて、出来るだけ早くイミグレーション(パスポートコントロール)の列に並びます。
空港内のスタッフはみなしっかりマスクをしています。イミグレーションカウンターの列でマスクを顎にかけてしゃべっていた利用客に警察官が駆け寄って、マスクをきちんと着用するように警告する様子も見かけました。
イミグレーションでは滞在期間と帰り航空券を所持しているかだけを確認され、あっけなく通過できました。そのあと預け荷物回収の手前に「健康チェックカウンター」が新たに設置されていました。ここで一人ずつ入国に必要な追加書類を確認するという流れで、私の場合はSPTHアプリのQRコードをリーダーでピッと読み取られると、それで終了。実にあっけなかった。
他の方たちは出発地に応じてそれぞれ定められた陰性証明書などの書類についてここで確認されるようでした。
無事最後の関門を通過。久しぶりの出番となった愛用のぼろぼろのサムソナイトスーツケースを回収し、ついにスペイン入国です!
閑散としたバルセロナ空港
バルセロナといえば、コロナ禍の以前は多すぎる観光客が問題だとして観光客の規制すら始めるほどの人気の都市として知られています。空港はいつだって出迎え客や送迎ドライバーが何十人も到着ホールで待機していたものです。
しかし今回は様子が違ったのです。到着ホールに出迎えの人々の姿は全くなく、ショップは全て閉店していました。いつも待ち合わせ客でにぎわう到着ホールのカフェもロープで閉鎖され、いつも携帯のSIMカードを購入していたショップも閉まっていました。結局SIMカードはレンタカーを借りに空港の外に出た時に一軒だけ開いていたキオスクを見つけ、そこで買うことができました。
空港内のお店がすべてやってないことを尋ねると、コロナ対策で搭乗客以外、出迎えや見送りでの空港内の立ち入りを制限しているとのこと。集客が見込めないのでカフェやショップは全部休業しているとのことでした。
空港の外はいつものようにカラッとした暑さ。バルセロナの心地よい夏の空気が流れています。レンタカーの左ハンドルのマニュアル車の運転も久しぶりですが、すぐに感覚を取り戻してバルセロナ市内に入ります。
バルセロナ到着
バルセロナ市内はすさまじい数の観光客でにぎわっていた以前と比べると、人が減ってちょうどよいと感じました。しかし、たくさんあったカフェテラスやバールの多くは閉まっているようです。
スペインでは政府の規制緩和により、6月28日から屋外でソーシャルディスタンスを確保できる場合のマスク着用は不要になったと聞いていました。実際には街を歩く人たちの7割くらいはマスクをしていて、思ったよりみんな気を付けているな、という印象です。
スペインはコロナ対策の初動の遅れから感染が急拡大し、一時は甚大な被害で危機的な状況と伝えられていました。欧州各国と比べても非常に多くの犠牲者が出たせいか、人々の様子にはいまだに警戒心が見て取れました。それでもジョギングしたり、空いているカフェテラスでのんびりビールを楽しむも見受けられました。
今夜はバルセロナで最も有名な世界遺産、サクラダファミリアがテラスから見えるという部屋をAir B&Bで予約しています。ただ、車で到着しても例によって駐車場所がないのに閉口します。市内には有料地下駐車場がたくさんあるはずなのですが、ほとんどが閉まっているのです。これもコロナ対策でバルセロナ市内への流入を抑制しているせいなのでしょうか。
となると路上駐車するほかありません。しかしヨーロッパの大都市ではどこも地上の路駐スペースは市内に存在する自家用車の数より少ないのが普通です。仕方なく一つの駐車スペースを見つけるためにうろうろしていると、ちょうど一台の小型車が出ていきました。早速そこに駐車しようとすると、激烈にギリギリのスペースしかありません。
以前、パリなどで磨いた縦列駐車のテクニックを駆使して、前後約15㎝のギリギリ縦列をはめ込みます。なんとかまた延々と駐車場所を探すことにならずに済みました。こんな縦列駐車さえもなんだか懐かしく、またヨーロッパに来れたんだな、と実感します。
古めかしい雑居ビルのドア開閉式の古くて狭いエレベーターで、8階にあるAir B&Bで予約していた部屋に着くと、二人の男性が出迎えてくれました。今回は貸切の部屋だと思っていたので驚きましたが、この二人が部屋のオーナーで私が予約したのはこの部屋の一室だったようです。
意外な展開に驚いたものの、チェックインして部屋に入るとテラスからはバルセロナの道並みと、世界遺産のサクラダファミリアが一望出来て、評判通りの素晴らしい景色です。
時刻はまだ16時頃、夕食までは時間があります。早速ランニングウェアに着替えて、レースで使う予定のトレイルシューズをはいて、バルセロナの街を走り出しました!
(続く)